人はアンドロイドになるために

5. 時を流す(1)

アンドロイドと人間が日常的に共存する世界を描き、「人間とはなにか」を鋭く問いかける――アンドロイド研究の第一人者・石黒浩が挑む初の近未来フィクション、いよいよ連載開始!

石黒氏による「僕が小説を書く意味」は→こちら

1.

九月六日正午、老舗ショッピングモール「ミナミ屋」で一五人が死傷する事件が発生。「自分がメンテナンスしていた接客用女性型アンドロイドを破壊された」として、同モール勤務のロボット技術者・片山直人(三〇)が逆上。破壊した相手である宇田川静雄(二四)ともみあいになり、宇田川は近くのエスカレーターから転落、巻き添えで一五人が死傷。

 

 自分のような人間をもう二度と生まないために、この手記を書く。

 一五人を死傷させた人間・片山が僕だ。「ショッピングモール・アンドロイド殺傷事件」はニュースになった。

 僕は事件当時、怒れる三〇歳だった。理系で博士課程まで進学してから就職したから、社会人経験は三年目。テレビのコメンテーターが形容された僕の外見的特徴は「チャラチャラとした雰囲気の茶髪の男性」。「イケメンがなぜアンドロイドに恋を?」などと報道された。どうでもいい。

 僕は東京に生まれ、幼少期から科学技術全般に親しんだ。思春期以降はエンジニアリングに関心をもち、ハードウェアづくりが好きだった。そして旧帝大の工学部に進学。それでも三人兄弟のなかでは彼がもっとも成績が悪い、末っ子だった。

 父は都市銀行に勤め、母は官僚。ふたりは性格的にも保守的なエリート。

 僕は集中力はあるが飽きやすく、学校の成績も浮き沈みが激しかった。つまらないこと、気に入らないことがあると爆発した。注意力に若干の欠陥があるとわかったのは高校生になってからだ。まんべんなく出来のいい兄貴ふたりと比べられて、つらかった。それがイヤで、僕は「他人からの評価ではなく、自分の興味を追求して生きる」と高校入学時点で決める。

 機械工作が狂ったように好きだった僕は、ロボット・アンドロイドに関してだけは飽きなかった。技術は着実に、ロボットの動きを変える。だんだん、思いどおりにできるようになっていく。「これができるならこうすれば……」というアイデアもいくらでも浮かんだ。それが楽しくて、(自分で言うのもなんだが)目をきらきらさせながら勉強した。ロボットは総合芸術、総合格闘技だ。僕はとくにサービスロボットに興味があって、夢中で研究開発に励んだ。自分でつくった機械の手ざわりは、何よりも愛おしかった。

 父母は高校で進路を決めるころまでは自分たちの望むエリートコースを僕が選びそうにないことを悟る。だが三男ということもあり、進学先や就職先に執着しなかった。ただ、兄ふたりに比べると扱いはよくなかった。なぜだ?

 両親も兄たちも世間の目をやたらと気にしている。いや、「世間の目を気にする」という言い方はおかしい。他人のせいにしている。そうではない。うちの家族のような人間こそが息苦しい「世間」を構築しているのだ。自分でつくりだした「世間」のイメージやルールに、勝手に従い、支配されている。こういう人間たちばかりだから「世間」は、世の中はつまらない。うちの家族のような人間が世の中をつまらなくしている。想像力のない、虚無だ。世の中は、変えられなければならない。

 僕は、その可能性をアンドロイドに託していた。わくわくするサービスロボットをつくって、世に広めたかった。そういうものが社会に普及すれば、窮屈さを感じずに人々は生きていけると、僕は夢想していた。われながら単細胞である。

 学歴からすれば大学で研究職に進むなりハードウェア開発や生産を手がける大手企業に進んでもおかしくなかったが、駅や病院、商業施設で稼動するサービスロボット、エンターテインメントロボットの研究開発から生産、現場での運用までを手がける中堅企業に入った。企業規模が大きいところは、分業が進んでいる。僕はなんでも自分で手を出したかった。現場か、それに近いところでアンドロイドをいじくっていたい。それには小さい会社のほうがよかったのだ。アンドロイドに、技術者として触れ続けていたかった。強がりではない。本当だ。

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