短短小説

最終回 探し物

ちくま文庫のロング&ベストセラー『うれしい悲鳴をあげてくれ』の著者であり、作詞家・音楽プロデューサーのいしわたり淳治による書き下ろし超短編小説の連載企画!!今回が全24回の最終回!! 最後までお楽しみください。

 

「あの、すみません。これのネイビーのSサイズって、ありますか?」
 初めて訪れた原宿のセレクトショップで、マネキンを指して店員に訊ねた。胸元に複雑な幾何学模様が編み込まれた白いニット。間違いない。色は違うが、私が探していた服だ。
「お調べします。少々お待ちください」
 モデルのようにスタイルのいい女性店員が店の奥へ消えて行った。
 上品で大人っぽいアイテムばかりを扱う落ち着いた店内。音楽のボリュームも静かめで、咳払いひとつするのにも緊張する。鏡に映った安価なファストファッションの服に身を包んだ自分の姿が恥ずかしい。こんな店だと知っていたら、もっといい服を着て来たのに。
 昨日、雑誌を見ていて、一目でこのニットが気に入って、インターネットで調べた。通販サイトではいくつかヒットしたが、取り扱っている店がなかなか見つからなかった。決して安い買い物ではないから、出来ることなら試着してから買いたいと、夜遅くまで検索して、ようやくこの店に置いていることを突き止めた。店員が戻って来た。
「お客様。やはりホワイトのみの展開でして、ホワイトでよろしければこちら、Sサイズのご用意がございますが」
 店員が手に綺麗に畳まれた白のニットを持っている。
「いえ、そんな。私、雑誌で見たんです。ネットにも、ほら。ネイビーが、ほら。これも、ほら」
 店員に向かってスマホの画面を見せた。懸命に探していたから、検索履歴のほとんどがこの服だった。
「そうですか。ですが、当店ではホワイトのみの取り扱いでして」
 店員がマネキンのような無表情で言った。
「じゃあ……取り寄せはできますか」
「お調べします」
 店員が白のSサイズを持ったまま、また店の奥へ消えて行った。後からネット通販で買う可能性を考えて、白でいいからサイズ感を試してみたかった。しかし、今からではそれも言い出しにくい。店員との噛み合わないやり取りに苛立って、惰性で手に持っていたスマホのゲームアプリを立ち上げた。最近は戦国武将を育成するゲームにハマっていて、暇があればそればかりやっている。

 数分後、店員が戻って来た。
「お客様、お待たせしました。一点ずつ手作りで作られている商品でして、数が大変少ないため、お取り寄せは出来かねます」
「そうですか。わかりました」
 まったく相手にされていない感じがした。いたたまれなくて、一秒でも早く店を出たかった。もうこの服は一か八かネット通販で買うしかない。

 店を出ると、もう原宿には用事はなくて、さっきまでのワクワクした気分も一気に冷めてしまって、途方に暮れた。友達は何をしているだろう。SNSを立ち上げた。
 一番の親友は、今日は彼氏とデート中だった。数分前にラブラブな写真がバシバシあがっている。へえー。いつからか、こんな写真を見ても全然うらやましいと思わなくなった。もう何年恋をしていないだろう。一人で過ごす気楽さを覚えてしまったし、会社と家を往復するだけの毎日でいい男に出会う予感もしない。
 別の友達は今、ハワイ旅行に行っているようだった。綺麗なビーチの写真に混じって、美味しそうなパンケーキの写真があがっている。この店は原宿にも支店があると書いてある。へえー。そうなんだ。ネットで地図を調べてみるとここからすぐ近くのようだ。最近は原宿に来ることも減った。せっかくだし、このパンケーキを食べてみてもいいかもしれない。GPSと地図アプリを頼りに店へ歩き出して、路地を曲がった瞬間、店に長い行列が出来ているのが見えて、すぐに断念した。
 別の友達は今、音楽フェスに行っているらしい。へえー。フェスか。ネットで出演者のラインナップを調べてみる。うわっ、懐かしい。解散したはずのバンドが出ていた。急に懐かしくなって音楽配信アプリで、そのバンドの好きだった曲を検索した。イヤホンから流れ出したメロディが、一瞬で心を青春時代に引き戻す。初めて付き合った彼氏の顔が浮かんで、胸がきゅんとした。調べたら、このバンドはつい最近再結成して、このフェスが最初のステージなのだそうだ。もしかしたら、友達もこのバンドを目当てに行っているのかもしれない。

 懐かしい音楽を聴きながら原宿の街を歩いていると、雰囲気のいい小さなカフェを見つけた。さっきパンケーキのおあずけを食らったせいか、何となく小腹が減った気がしていた。そのカフェの評判をネットで調べて見ると、接客が悪いだの、見掛け倒しだの、コスパが悪いだのと、否定的な書き込みが目立った。すると、〝この店を見た人は、ここもチェックしています〟というメッセージとともに、数軒のカフェの画像が画面にポップアップ表示された。その中に「お一人様におすすめ」という書き込みのあるパクチー料理専門のカフェを見つけて、パクチー好きで、ベテランのお一人様女子である私は、そこで遅めのランチにすることにした。

「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「一人なんですけど」
「カウンター席でよろしいですか」
「はい」
 落ち着いた雰囲気のアジアンテイストの店内は、ゆったりとテーブルが配置されて、居心地が良さそうだと思った。たしかに、性別にかかわらず一人客が多いように見える。
 メニューの中から一番人気だというビーフのフォーとホットのジャスミン茶を頼んだ。
 外していたイヤホンをまた耳に入れて、大音量で懐かしい音楽を再生した。いざ聴き始めると、どんどん甘酸っぱい記憶がよみがえって来て、あの曲も、この曲も、と止まらなくなる。このまま一人でカラオケに行きたい気分だ。
 ──トントン。
 肩を叩かれて、振り返ると、顔の前で手を合わせて、女性店員が申し訳なさそうな顔をしている。慌ててイヤホンを外すと、シャカシャカと音が漏れた。
「すみません! うるさかったですか」
 大音量で聴いていたせいで、謝る声まで大きくなってしまって、恥ずかしい。
「いえ。お客様、申し訳ありませんが、こちらのお荷物、椅子の下のボックスに入れて頂いてもよろしいですか」
「あ、すみません!」
 店員の横に一人の若い男性客が立っていた。脇の椅子の上に置いていた鞄を自分の椅子の下に仕舞った。
「隣、いいですか」
 私に頭を下げながら男性が座った。
「ええ、もちろん……あ!」
 私は驚いた。その男が、私が探していたネイビーのニットを着ているのだ。凝視したまま、思わず声を上げてしまった。
「この服、どうかしましたか?」
 私の熱視線に気づいて男が尋ねた。
「そのニット、実は私も探してて、今日それを買いに来たんです。ネイビーがなくて、諦めたんですけど……」
「そうでしたか」
「そうなんです。白しかなくて」
「でも、たしかメンズはネイビーだけで、レディースはホワイトだけだって、僕が買った店の人は言ってましたけど」
「えっ。そうだったんですか」
道理で見つからないはずだ。最近は女性誌でもモデルがメンズの服を着ていることも多い。私が雑誌で見たのはメンズだったのか。
「あ、その曲、懐かしいですね。僕も昔、大好きでした」
テーブルの上の外したイヤホンから音が漏れ続けていた。
「あ、すみません……」
「あれ? たしかそのバンド、再結成して、今度何かのフェスに出るはずじゃなかったかな」
「そう! そのフェスが今日なんですよ!」
 自分もさっき知ったばかりなのに、偉そうに知ったかぶってしまった。
「へえ、そうなんだ。ちょっと見たかったなあ」
 そう言って男は店員を呼び止め、談笑しながらメニューも見ずに数品オーダーした。いかにも常連客といった感じのやりとりに見えた。
「ここ、よく来るんですか?」
「うん。僕、男のくせにスイーツが好きでね。前は、そこのハワイアンのカフェによくパンケーキを食べに行ってたんだけど、混んでてなかなか入れないでしょ。しかも最近、彼女と別れちゃったから、男一人で並ぶのも恥ずかしいしさ。で、ネットで偶然見つけたこの店に入って通うようになって。美味しいですよ、ここのスイーツ」
「じゃあ、私も後でスイーツも頼んでみます」
「お勧めは、チェーっていうベトナムのスイーツかな」と言いながら、男はスマホを取り出した。その瞬間、体に電流が走った。男が戦国武将のゲームを始めたのである。
「そのゲーム……」
 こんなにも偶然が重なるなんて。

 それから、会話は途切れることなく続いた。話せば話すほど、何から何まで趣味が似ていて、すぐに自分は運命の相手に出会ったのだと確信した。
「私、こんなに話が合う男性に出会ったのは初めてですよ」
「僕も。こんなにシンクロするなんてね。うれしいなあ」
 男が腕を組んで、感慨深げに頷いた。
「良かったら連絡先を交換しませんか」
「ええ。もちろんです。今度、年末のフェスに一緒に行きましょうよ」
「いいね、フェス。でも、その前に一つ、お伝えしなくてはいけないことが……」
 男が申し訳なさそうに鞄から名刺を差し出した。名前の上に妙な肩書きがある。
「国家……少子化対策委員会?」
「ええ」男は急に真面目な顔になった。「実は今日、僕とあなたは、僕のプログラム通りに、出会うべくして出会ったんです」
「……プログラム?」
「このページを見て、ここに来ませんでしたか」
 男はスマホの画面を見せた。飲食店の口コミサイトが表示されている。
「はい。たしかに……。このホームページのお勧めの欄を見て、ここに」
「そう。それが僕の研究なんです」
「……研究?」
「はい。スマホの中にはあなたのすべてが入っています。インターネットの履歴には、あなたが好きな物や、気になっていること、行きたい場所、興味のすべてが刻まれているし、使っているアプリを分析すれば、あなたの生活サイクルや性格なんかも簡単に分かる。例えば、あなたがもう何年も恋人がいなくて、しょっちゅう暇してて、戦国時代の武将なら伊達政宗が好き、とかね」
「……私のスマホを盗み見しているってことですか?」
「盗み見っていうのは、ちょっと人聞きが悪いけど……。今、二十代で恋人がいない女性は65%、同じく恋人のいない男性は70%にものぼります。若者たちは恋人も作らなければ、結婚もしない。少子化は日本の永遠の課題になりつつあります。そこで、国家プロジェクトの一環として、スマホのデータを自動解析して、自然に運命の相手と出会うシステムを我々は開発しているんです。例えば、ネットで現在位置から近い飲食店を検索した時に、表示される情報の優先順位やお勧めの店を操作して、近くで同じく飲食店を探している人の中で性格の合いそうな人を探して、自然と同じ店に来るように仕向けるんです」
「じゃあ、この出会いは噓だっていうことですか?」
「噓ではありません。私は自分のプログラムに自信がありますし、事実、この数分で、私は本当にあなたに恋しました」
 男がまっすぐに見つめている。
「この恋が本物かどうか、追跡調査しなければならないので、僕とつきあってもらえませんか」
 男が微笑んで手を差し出した。変な人だと思った。奇妙なことに巻き込まれたと思った。でも、何だか面白い毎日が始まりそうな予感がして、私はその手を握った。

 

関連書籍