冷やかな頭と熱した舌

第12回 
さわや書店が本当に売っているもの―「さわベス2017」を通じて

「さわベス2017」第一位の作品は……

 決意を持って臨んだその戦いで、裂帛の気合とともに繰り出した正面突破は効果的だった。開口一番「今年はこれ以外に考えられない。なぜなら……」と昨年の実売数を引き合いに出し、今年僕が推すこの作品でなければ、昨年の数字を超えられない旨を熱く論じた。その場にいた長江くんが賛成の意を表し、長老こと大池隆上盛岡店店長が「じゃあ、それで」という決定的な一言を放った時点で、僕は戦いに勝った。「さわベス2017」の1位作品に、柚月裕子さんの『慈雨』(集英社)が決定した瞬間だった。

『慈雨』柚木裕子著 集英社刊

  「去った過ち=過去」を正そうともがく男に降りそそぐ慈しみの雨の物語。主人公の神場は元刑事、それもいわゆる「僻地」の駐在所で働いた経験も持つ叩き上げの刑事である。定年までの42年間に及ぶ警察官人生の中で、神場には家族にも言えないある後悔を抱えていた。その心のうちの後悔と向き合うため、退職してから妻とともに念願のお遍路巡りを始めるのだが、巡礼の最中に神場が後悔を持つに至った事件と、非常に似かよった手口の事件が発生する。ある種の直感が働き、居ても立ってもいられなくなった神場は、古巣の警察署にいまも勤める元部下・緒方と連絡を取る……という内容。
 後述するが、今年の「さわべス」1位を本作に決めた理由の一つには12月9日に予定された「文庫X開き」とコラボしたいとの強い思いもあった。その後、居酒屋へと流れ2位以下に朝から考えていた自分好みの作品を入れようと、さらなる熱弁を奮う。最終的に例年通り酒に飲まれ、日付が変わる頃に店を出ると外気は酔いがさめるほどに冷え込んでいた。それもそのはず都心ではこの日、観測史上初めて「11月の積雪」を記録したのだった。

さわや書店の"長い一日"

 そして12月9日、「さわベス2017」と「文庫X開き」の記者会見&トークショー開催の日の朝。青みがかった薄墨の街並みに弱い光が射してゆく。世界が色づき始めるなかにあって、道路わきの日の当たらない場所には前日に積もった白い雪が、まだ闇をまとっていた。陰日向の境目を歩きながら、今日のイベントの成否へと思考が引きずられる。何をもって成功とするのか。その線引きをどこに置くか考えながら歩いていると、クウォークウォーと下手なトランペットのような鳴き声とともに、頭上を4羽の白鳥が南へと飛んで行った。どんよりとして変に明るい空から落ちてくる雪を視界にとらえて、確かにここは寒すぎるよなとひとりごちる。その雪は昼前に雨に変わった。
 午前中に通常業務をこなそうとするが、ほとんど終えられぬまま会場の下見へと向かう。全体の運営統括的な立場の田口店長と「文庫X開き」関連のイベント担当の長江くん、新潮社の営業担当M村さんと一緒に早めの昼食を取りながら、最後の打ち合わせをする。食後、田口店長は茶菓の買い出し、長江くんと僕はイベント会場で販売する書籍の搬入、M村さんは文庫Xの著者である清水潔さんを出迎えに改札へとそれぞれ別行動となった。

全てはこの日のために

 インタビュー兼記者会見の会場となる駅ビル内の会議室へと向かう。マスコミ約30社を集めて行われる記者会見の前に、13時から各社の著者インタビューを入れていた。当日、長江くんは清水さんとともに17時30分の記者会見に臨み、18時30分から始まる清水さんのトークショーの相手方を務めることもあって、清水さんに張り付きで動くことになっていた。一方、僕は柚月裕子さんのアテンドである。各メディアの取材対応とサイン本を作成していただいた後、17時から記者会見場において「さわベス2017」のランキングを発表する。「文庫X開き」の注目度に便乗して、さわベスの認知度も上げてしまおうとの目論見が各マスコミの方々に受け入れられるかどうか。考えただけで心臓が口から飛び出しそうだった。

会見場に掲げられた共同記者会見の看板

  13時に先んじて清水さんの取材が始まる。13時5分の新幹線で盛岡に到着した柚月さんを出迎えに改札へと向かうと、ちょうど改札を出るところだった。12月の頭に「盛岡文士劇」に出演した柚月さんが、通し稽古の際にお店に寄ってくださったのは10日ほど前のことだ。岩手ゆかりの作家や文化人が出演することで、毎年大人気となるお芝居「盛岡文士劇」。今年初参加の柚月さんは舞台を数日後に控えた緊張の最中に、編集さんを通じて「さわべス」受賞の打診を快諾くださり、しかもお店へと足を運んでくださったのだった。その時に初対面の挨拶はすませていたので、挨拶もそこそこに控室へと向かい13時30分からのインタビューに備える。
 柚月さんはとてもお綺麗だ。そして失礼を承知で言わせていただければ天然である。半日ご一緒させていただいて、そう感じた。なんとなく分かっていただけるエピソードを以下に挙げる。

 ・平野啓一郎さんと文士劇で一緒になったのに『マチネの終わりに』のサイン本を本人に頼めず、さわや書店フェザン店で買った。
 ・文士劇において平野さんと夫婦役であったのだがコンタクトを入れてなくてよかった。顔がよく見えていたらドキドキしたと思うので。
 ・新帯に推薦文を書いてくださった松本大介さんのお姿が見えないけど、今日はいらっしゃらないのかしら(3時間前から一緒にいました)。

 最後の一つは、僕の存在感のなさなのだが「それ僕です」と答えると、「ごめんなさい。わたし本当に人の顔を覚えられなくて」と焦っていた。「松本さんのことは店長さんとして記憶していたので、本当に失礼しました」「いえいえ。僕は店長になれない星の下に生まれ、万年次長なのですよ」というやり取りが続く。その後、僕の宛名入りサイン本を作成してくれた時、茶目っ気たっぷりに「松本大介(私のなかでは店長)様へ」と書いてくれた。作品はもちろんだが、その人柄にもすっかり魅了されてしまった。

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