ちくま新書

科学報道はなぜうまくいかないのか

なぜ新聞・テレビの報道で失敗がおこるのか。そして市民の不信感を引きおこすのか? 1月刊、瀬川至朗『科学報道の真相』の冒頭を公開します。

†新聞社でのロマン論争

 新聞社のデスク時代に、ロマン論争をしたことがある。
 といっても、美術や音楽、文学でいわれるロマン派についての議論ではない。
 私がデスクをしていた日に、米国のハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天体の新しい画像が公開された。どんな画像だったかは残念ながらおぼえていない。紙面を組んでくれる整理部との事前の話では、朝刊の第二社会面に載せてくれる予定になっていた、はずだった。ところが、紙面のゲラ刷りにはハッブルの記事がはいっていない。私は整理部のデスク席に行き、載っていないことにクレームをつけた。整理部デスクからは「要らないでしょ。意味がわからない」と言われてしまった。
 たしかに、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影する天体や銀河の画像は、何かストレートな新発見を意味するというよりも、宇宙の神秘さや魅力をイメージで伝えるという要素が強かった。そこで、わたしがとっさに言ったのが「ロマンがあるじゃないか」という言葉だった。
 人の世の殺伐とした記事、暗くなるような記事が少なくない紙面で、宇宙の写真は、紙面のすき間に「宇宙の窓」があいているようで、読者にとっての清涼剤になる。そんな意味でロマンという言葉を使った。
 整理部デスクからは「ロマン? そんなもの、わからん」と反論された。私も負けていなかった。二人のデスクは立ち上がって「ロマンがある」「いや、ない」「ある」「ない」……という言い合いがしばらくつづくことになった。口角泡を飛ばすような、かなり大きな声だったので、編集局中から「何がおきたのか」と好奇の眼でみられた記憶がある。
 このロマン論争の話をなぜここで紹介させてもらったかというと、政治、社会、経済などの人間社会のニュースが日々ヤマのように流れてくるなかで、日々の紙面に科学のニュースはなかなか載りにくいということを知ってもらいたかったからである。いま発生した生ニュース、役に立つニュース、重要なニュース、異常性が高いニュースなど、多くの編集者が共有する「載せる意味」(ニュース・バリュー)からは外れているということである。紙面の制作中に大きな事件が発生すれば、ハッブルの画像は真っ先に紙面から弾き出される可能性が高いだろう。「ロマン」もニュース・バリューだとおもうが、なかなか理解してもらえない。
 それだけではない。紙面に記事を掲載できるかどうかは、出稿部のデスクと整理部のデスクの力関係にもよるのである。その点、編集局の社内力学においても科学部の立場は弱かった。科学ニュースに興味のない整理部のデスクが載せないと判断すれば、一般的には、科学部のデスクはそれにしたがわざるを得ない。そのような構造なのである。

†科学部創設の背景

 マスメディア、とくに新聞における科学部の役割というものを少し振り返ってみたい。
新聞社の編集局のなかでは、科学部(毎日新聞の場合は科学環境部)は歴史が浅く、政治部や社会部などと比べて小世帯であり、部員の数も少ない。
 朝日、毎日、読売などの日本の全国紙に科学部(あるいは科学報道本部)が創設されたのは、戦後の一九五〇年代だった。高度経済成長の始まりのころであり、米国のビキニ環礁水爆実験による第五福竜丸乗組員の被曝事件がおきたり、原子力予算が初めて計上されて国の原子力行政が動きはじめたり、原子力関係の動きが目立っていた。また、国際的な南極観測がスタートし、旧ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げており、「科学技術の華々しい応用」が科学部創設の背景となったのである。
 そこから長いあいだ、科学部は科学の問題をわかりやすく伝え、解説する部署として機能していた。たとえば、地震や火山噴火といった自然災害がおきたときには、取材の中心は社会部であり、科学部記者は、専門家を取材し、科学的な面から解説記事をまとめて補佐する役目をになってきた。

†地球環境問題や原発問題で報道の主役に

 一九八〇年代後半からは、それまで端役に徹していた科学部が、マスメディア報道の主役をになうケースが増えるようになった。地球温暖化問題がその端的な例である。環境問題においては、公害問題が深刻だった一九五〇年代から七〇年代にかけての取材の中心は社会部であった。地球規模の環境問題、とりわけ地球温暖化問題が注目されはじめた一九八〇年代後半からは科学部が取材の中心になる機会が多くなった。NHKが科学文化部を新設したのも一九九〇年代であった。
 原子力の問題は、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故(一九九五年)や茨城県東海村のJCOにおける臨界事故(一九九九年)、さらには東京電力原発トラブル隠し事件(二〇〇二年)が相次ぐかたちでおこるようになり、科学部の出番は次第に増えていった。
 世界のグローバル化が影響し、新型肺炎(SARS)や鳥インフルエンザ、新型インフルエンザといった新しい感染症が次々と登場し、二一世紀をむかえた日本社会に強い危機意識がめばえた。科学専門記者の知識の蓄積と取材力がますます貴重な存在となってきた。新聞各社においては科学部の人員が少しずつ増強されていった。科学技術が社会の隅々まで浸透し、日常の出来事が科学技術を抜きには語れなくなったことが、大状況としてあるだろう。
 そして、二〇一一年三月一一日。東日本大震災とそれにともなう東京電力福島第一原子力発電所の「全電源喪失」事故が発生した。とりわけ、福島第一原発の事故では、科学部記者が取材の中心にいた。緊急事態だからこそ、原子炉の状況分析や、漏れる放射能(放射性物質)の量や影響の推定にいたるまで、日頃の蓄積がモノを言うはずである。どのメディアにおいても、科学部は連日、総動員のかたちで原発事故の最前線を取材し報道した。

†福島第一原発事故報道におけるマスメディア不信

 本書の問題意識はここからはじまる。
 私自身は、二〇〇八年に、それまで記者として仕事をしていた毎日新聞から早稲田大学へと籍を移した。この年の四月、高度専門職業人としてのジャーナリスト育成をめざす早稲田大学ジャーナリズム大学院(政治学研究科ジャーナリズムコース)が創設され、その運営と授業を担当するためであった。二〇一一年の福島第一原発事故は、一人の読者・視聴者として、外側からマスメディアの報道に接するようになっていた。
 福島第一原発で発生した全電源喪失は、日本がかつて経験したことがない深刻な事故であった。事故発生当初を回想すると、当時の私は、この原発事故の最悪の事態とは何なのか、その事態が起きたときに人々はどう対応すればよいのか、ということをひたすら思案していたようにおもう。最悪の事態として自分なりに想定したのは、炉心にある核燃料棒が高温になって溶解し炉心全体が溶け落ちてしまう「炉心溶融」がおきることであり、炉心溶融の影響で原子炉内から大量の放射性物質が環境中に拡散し、二〇〇キロ余り離れた東京の人々も避難を余儀なくされるということだった。
 しかしながら、新聞やテレビは、その時々の官房長官、原子力安全・保安院、東京電力の記者会見の様子を熱心に報じるのだが、炉心溶融や最悪の事態についてはほとんど言及しないようにおもえた。何か、最悪のシナリオを語ることを避けているように感じ、もどかしさと不安はよけいに強まったのを覚えている。私と同じようにマスメディアの報道に不信感をいだいていた人は少なくないはずである。東日本が壊滅するという最悪の事態も想像しながら、底知れぬ不安のなかでマスメディアだけでなく、ソーシャルメディアの情報にかじりつき、自らの行動の糧にしようとしていた。
マスメディアの原発事故報道を人々はなぜ信頼しなかったのか。理由として考えられるのは、市民に伝えてほしいことがマスメディアからは伝わってこない、そこに何か統制がはたらいているのではと感じたからだろう。
 そしてその問題は、科学報道に特有の問題というよりも、マスメディアに共通する、もっと大きな、構造的な問題のようにみえた。

†STAP細胞報道と地球温暖化報道でも見えてきた問題

 科学報道という点では、二〇一四年一月にあった、理化学研究所のSTAP細胞論文にかんする報道が議論をよんだ。「生物学の常識を覆す」とも評された科学の基礎研究の報道であった。当初、マスメディアは研究成果を一面トップで大々的に報道した。科学研究の本筋とは関係がない部分で、研究グループの中心となった若い女性研究者の個人的な側面にスポットライトがあてられた。マスメディアははしゃぎ過ぎでは、と厳しい声があがった。研究データの不自然さに疑いの目が向けられると、今度は一転して、理研と研究グループにたいする批判と追及の報道が強まった。徹底的な持ち上げから徹底追及へと変わり身が早いようにみえた。マスメディアは、なぜもっと当初から冷静に報道できなかったのかと指摘された。
 近年の報道では、二〇一五年一二月に「パリ協定」が採択された地球温暖化問題でも、科学記者が活躍している。地球温暖化問題は見えにくい、わかりにくいテーマである。
 温暖化の仕組みはまだ解明されていない部分が残っており、いわゆる「科学的な不確実性」の問題が常につきまとう。温暖化については人間活動によって出される二酸化炭素などの温室効果ガスが原因だとする温暖化人為起源説が主流である。ただし、人間活動ではなく自然変動によるものだと考える温暖化懐疑論も根強い。
 二〇〇九年には、温暖化のデータを都合のいいように操作しているのではという疑惑が発覚し、クライメート事件と名づけられて注目された(結果として疑惑は否定された)。クライメート事件がきっかけで温暖化懐疑論が脚光を浴びることにもなった。温暖化報道では、懐疑論の扱い方が、日本と米国では対照的だという指摘がある。「公平・中立」な温暖化報道というとき、どのような報道が適切なのか。日本のマスメディアは温暖化懐疑論を扱わなさすぎるのではないか。そこにマスメディアの構造的な問題はないのだろうか。

†第1章から終章までの構成

 以上のような問題意識から、本書では、福島第一原発事故、STAP細胞問題、地球温暖化問題という三つの「科学事件」についてのマスメディア報道の考察を試みることにした。本書で使う「マスメディア」とは、定期的に日々(あるいは二四時間)の報道をしている新聞・テレビ・通信社をさすことにしている。週刊あるいは月刊の雑誌は、報道の特徴が新聞・テレビと大きく異なるため、今回は対象としなかった。
 本書の第1章から終章までの構成と概要は以下のようになっている。
 第1章はSTAP細胞論文の報道を取りあげ、「メディアはなぜ見抜けなかったのか」という視点で考えた。マスメディアは、理化学研究所という「権威」による記者発表を過度に信用し、「学術誌掲載型報道」の枠を超えた「ノーベル賞型報道」をしていた。研究不正については積極的に報道したものの、マスメディア自身の「誤報」の自己検証はおこなっていない。論文発表報道の背景には、ネイチャー誌などの学術誌によるマスメディア報道の統制という問題がある。
 第2章は福島第一原発事故を取りあげ、「大本営発表報道は克服できるのか」という視点で考えた。事故発生当初の原子炉内の炉心溶融に関係して、マスメディアの初期報道は、政府・東京電力の記者会見の内容にほぼ沿った「発表報道」になっていた。記者会見をする原子力安全・保安院と東京電力は炉心「損傷」という言葉を使って事故の矮小化を図り、新聞報道も「本格的な炉心溶融はおきていない」というメッセージを読者に伝えた。そのなかでは、朝日、毎日の二紙は「炉心溶融は一部でおきている」とするポジティブな言説が目立つのにたいし、読売・日経の二紙は「おきているのは炉心損傷だ」とするネガティブな言説が目立ち、四紙の態度が分かれた。1号機、2号機の「全電源喪失」事故については、「想定外」だったという東電の認識を、マスメデイアがそのまま踏襲した報道がつづいている。
 第3章は地球温暖化問題を取りあげ、「公平・中立報道」が意味するところを考えた。科学的な不確実性が指摘され、温暖化懐疑論も主張されるなかで、地球温暖化報道における公平さや中立性に絶対的なものは存在せず、「科学者集団からみた公平さ」「市民からみた中立性」というように、特定の立場や視点に依存した相対的なものであることをしめした。また、日本のマスメディアにおいて懐疑論の報道が少ないのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)という公的組織を「権威」として強く信頼していることが背景にあることが推察された。
 第3章までの事例の考察から、権力や権威に依拠する発表報道というマスメディアの構造がみえてくる。また、「客観報道」あるいは「公平・中立報道」といったジャーナリズムの規範といわれるものが、じつは規範にはなり得ない可能性が示唆された。
 そこで第4章では、マスメディア組織がそれぞれの報道を介して自己完結的に結びつく「マスメディア共同体」という概念を提唱し、記者クラブのA記者の仕事ぶりを想定しながら考察を加えた。取材者―取材対象者のカップリングが構造的な問題として浮かびあがってきた。
 第5章では、米国のコヴァッチらが提唱している「ジャーナリズムの一〇の原則」を参考にしながら、「客観報道」と「公平・中立報道」の問題点を考察した。この二つの「規範」はジャーナリズムの原則にはふさわしくなく、重要なのは、一〇原則にはいっている「検証の規律」と「独立性」だということを提示した。
 終章では、「科学者と科学ジャーナリスト」という視点で、両者の関係性について考察した。研究機関や大学の外部資金の獲得競争が激化し、科学研究の成果主義が強まり、そうした点が研究の過剰なPRや研究不正とつながりやすいことを指摘した。科学ジャーナリストは、権力や権威に頼ることなく、研究者からの不適切なアプローチに自ら対抗できる力を身につける必要がある。また、科学は確実なものであるという「固い」科学観が日本の社会に広く流通しており、そのことが、マスメディアの科学報道を歪めている可能性を推察した。