確認ライダーが行く

第17回 カラオケの確認

  初めてのカラオケは自宅だった。近所の人が機材を持っていて、一晩貸してあげる、という流れで我が家にカラオケセットがやってきたのである。確かわたしは高校生だった。いや、中学生だったかもしれない。
 せっかくだし、ちょっと歌ってみるか。
 こたつの天板の上にカラオケセットをスタンバイしつつも、家族で歌うことがどんどん恥ずかしくなっていったのを覚えている。
 付属のカセットの中から曲を選んだ。母は演歌だった。父は童謡のようなものを歌った。そういえば、父のカラオケを聞いたのはこの一度のような気がする。父の歌にはモヤッとするものがあった。普通に歌い始め、キーが高くなり声が出なくなると、突然、低いキーで歌い、音痴ではないのだが、正解でもないなと思った。
 わたしは「瀬戸の花嫁」を歌った。親が知っている曲がいいだろうと選んだのだが、花嫁にはならぬまま今に至っている。
 貨物列車のコンテナの中でカラオケをしたのは18歳のときだった。駅裏の空き地にすすけたコンテナが並べられ、「営業中」の旗が立った。
「あの中で歌えるらしいで」
 近所でもすぐに話題になり、こんなので商売ができるんだなぁと感心したものだった。地元の同級生、女ばかり十数人で早速、歌いに行った。どれだけ騒いでも怒られないのも新しかった。そんな場所が、それ以前はどこにもなかったのである。
 そんなこんなで、カラオケ文化はがっつり定着。時代、時代でいろんな曲を歌ってきたが、最近はめっきりカラオケにも行かなくなった。たまに行っても、まわりまわって10代、20代の頃に歌った曲が中心になっている。
 聖子ちゃん、キョンキョン、ユーミン。
 歌うことによって、わたしは確認しているのだなと思う。
 ユーミンを歌いつつ、自分の心が過去にちゃんと引き戻されていくのかを知りたいのである。あのとき恋をしていた人のこと、将来が不安だった気持ち。細かな記憶は薄れても、輪郭は忘れないでいるのだろうか? 歌っている途中で思い出し、その懐かしさに安堵するのである。
 つい先日、十数年ぶりに、「時をかける少女」を歌ってみたら、京都の街の空気がよみがえってきた。
 京都の学校に通っていたので、河原町で遊ぶことも多かった。地元の友達に連れられ、カラオケステージの店にも行った。そこそこ広い店内。中央には小さいながらもキラキラしたステージ。紙に曲名と名前を書いて係の人に渡しておけば、司会者が名前を呼び、客はステージに上がって歌うわけである。
 その店でわたしは「時をかける少女」を歌ったことがあった。客席は超満員。京都の大学生のグループも多く、緊張でマイクを持つ手が震えたが、その初々しい震えと「時をかける少女」は絶妙だったのではないか。
 夜中まで歌って表へ出た。夜が明ける前の、鴨川沿いの道を友達と歩いた。空も川も薄青く、わたしはたった2回しかない短大生の夏の儚さを思ったのだった。