世の中ラボ

【第81回】ドラマになった「お仕事小説」を読んでみた

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年1月号より転載

 テレビドラマの四〇代以上のヒロインで、いちばん多い職種って何だと思います? 私見によれば、それは素人探偵だ。
 素人だから厳密には職業とはいえないが、二時間ドラマを思い出していただきたい。葬儀社の女社長だったり、温泉旅館の若女将だったり、家政婦だったり、バスガイドだったりする女たちが、本職もそこそこに持ち前のでしゃばり精神と推理力を発揮して殺人事件の解決に励む励む。中年女性は刑事ドラマや弁護士ドラマや監察医ドラマにも引っ張りダコだ。恋愛ドラマの適齢期をすぎた女優さんの役どころが母親かクラブのママに限られた時代は終わり、いまやみなさん、殺人事件の解決に余念がないのである。
 では、若い女性のお仕事事情はどうか。
 二〇代女性が主役のドラマがラブコメ中心になるのは相変わらずだとしても、恋愛だけが人生ではない、「仕事だってちゃんとやるのだ」的なドラマが最近目立つ気がする。単なる「OL」や「派遣社員」ではない、ちょっと専門職っぽい仕事に就いた女子を描いたドラマのタイトルは「○○ガール」。「ガール」という呼び方自体が差別的だという意見もあるだろうけど、正式な職業名ではないのだから、そこは許してやろう。ドラマの原作となった小説は、仕事をどんな形で描いているのか、読み比べてみた。

お仕事含有率が違う
 まず、宮木あや子『校閲ガール』から。設定その他ドラマとは異なる点も多いのだが、ここでは小説だけを見ていきたい。
 主人公の河野悦子は二四歳。景凡社の校閲部に配属されて二年目になる。景凡社は週刊誌と女性ファッション雑誌が主力の出版社で、悦子もじつはファッション誌の編集者志望。が、就職後すぐここに回され、何の興味もない文芸書の校閲をさせられている。
〈口が悪いのは校閲部に気に入られることなく早く文芸関連の部署から離れて女性誌に異動するための演技〉だったが、〈長いこと演じていると段々自分の本性が口の悪いナマイキな女子であるような錯覚に陥ってくる〉。悦子はそんな人物だ。
 ファッション雑誌しか読まない悦子だが、じつは仕事にかなり前のめりだ。校閲の本来の仕事である誤字や脱字の指摘だけでは収まらず、内容上の矛盾や問題点も気になって仕方がない。
〈女は血を流して自分の目の前で死んでいる。女の肌の滑らかさと温かさを思い返し男は恐る恐る女の胸に手を伸ばした。白く滑らかな乳房は揉んでみるとまだ柔かい〉。エロミス(エロが売り物のミステリー)の大物作家・本郷大作の新作の一部である。
 ひと通りの疑問出しをした後も、悦子は納得できず〈目の前で人が死んでるなら乳を揉んで硬度を確認するのではなく、まず首か手首に手を伸ばして脈の有無を確認すべきでは?/という疑問点は、指摘しても無駄なような気がするが一応あとで書き込む〉。
 こんな調子で、覆面作家・是永是之の意味不明な書き下ろし小説『犬っぽいすね』にも、セレブ御用達ブランドの代表者・フロイライン登紀子の古めかしいエッセイ『淑女の羅針盤』にも引っかかりを覚える悦子。作中には彼らが書いた文章と、悦子が赤字を入れた箇所が具体的に出てくるのだから芸が細かい。
 ここに、作家の接待が仕事だと思っている文芸編集者の貝塚、同じ校閲部の女子っぽい男子・米岡、悦子と同期入社の女子(文芸編集部の藤岩、ファッション誌「C.C」編集部の森尾)、悦子が住むオンボロな部屋の不動産屋に勤める加奈子など、多彩な人物がからみ、物語はテンポよく進行する。〈編集者と違って校閲担当者は普通、作家と顔を合わせたりしない〉といいつつ、作家と会いまくるなどフィクショナルな部分も多いけど、ゲラ(校正紙)を効果的に使った謎解きあり、出版業界の舞台裏あり、ファッションフリークな上に記憶力抜群な悦子のマシンガントークあり。
 テキスト全体に占める、その仕事特有の描写や説明部分の割合を仮に「お仕事含有率」と呼ぶならば、『校閲ガール』のお仕事含有率は六五パーセントくらいかな。
 では、こちらはどうだろう。碧野圭『書店ガール』
 物語の舞台は吉祥寺の書店。主人公の西岡理子は独身の四〇歳。ペガサス書房吉祥寺店の副店長だ。ここは都下中心に二〇店舗ほどあるチェーンの一号店で、入社した当初からこの店で働いてきた理子は仕事に対する誇りも高い。実家で父と二人暮らしである。
 もうひとりの主人公は北村(小幡)亜紀・二七歳。この書店で働く、理子以外の唯一の女子正社員である。出版社のマンガ編集者と結婚し、結婚後も仕事を続ける気満々だ。
〈本屋は本のショールームだもの。POPや飾り付けをして、本が一番魅力的に見えるようにするのが、私たちの仕事〉と考える亜紀と、〈一枚POPをつければ、その分、後ろの本が目立たなくなる。(略)そういう選別を、自分たち書店員がやってもいいものだろうか〉と考える理子。対称的な二人は反りが悪い。
 ところが理子が店長に昇進したことから、事態は大きく展開する。ペガサス書店初の女性店長という大抜擢の人事だったが、吉祥寺店はじつは閉鎖が決まっており、理子は閉店までのつなぎの店長にすぎかったのだ。もはや対立している場合ではない。売上げアップを目指し、吉祥寺店のメンバーは一丸となってあの手この手の企画を考え、閉店を宣言した社長への闘いを挑むが……。
 発想はちがってもそれぞれに本と書店を愛する理子と亜紀。
〈文芸書の棚の前で、理子はその作業を一段ずつ順番に繰り返していた。/『棚から五ミリくらい本が出ているのが理想だ。そうすると、背が並んで綺麗に見えるし、本の背の角のところに指を引っかけて取り出しやすいだろう?』/自分が書店で働き始めた頃、最初に先輩に教えられたことだ〉。
 なんていうマニアックな箇所もあるのだが、お仕事含有度は『校閲ガール』より低くて三五パーセントかな。
『校閲ガール』も『書店ガール』も私は単行本が出たときに読み、じつはどちらにもやや辛めの書評を書いたのだった。が、このたび読み比べてみて、二作の差に気がついた。それは『校閲ガール』が日常業務をひたすら描いているのに対し、『書店ガール』は人間関係のトラブルや非日常的な事件を描いていること。
 いいかえると『書店ガール』は、物語の要素が多すぎて散漫なのだ。理子や亜紀の家庭内問題(父の介護に悩む理子、仕事に理解のない夫といい争う亜紀)、会社の女子差別、女子社員同士の確執などは、どんな業界にもあるありふれた話で、はっきりいって邪魔。これならべつに書店が舞台である必要もない。仕事が小さなこだわりと小さな達成感の積み重ねだとしたら、狭く深い道を行く『校閲ガール』のディープさに『書店ガール』は遠く及ばない。

業務とドラマの案配がむずかしい
 その伝でいくと、木宮条太郎『水族館ガール』は『校閲ガール』に近いタイプだろう。っていうか、こちらのお仕事含有率は『校閲ガール』よりも高くて八〇パーセント超。
 物語は市役所の観光事業課に勤務して三年目の嶋由香が出向を命じられるところからはじまる。出向先は千葉湾岸開発区の南端にある市の外郭団体、市立水族館「アクアパーク」。
 着任するや否や不穏な会話が聞こえてきた。〈予定では、アクアパークでの独自採用だったじゃないですか。募集を掛ければ、水産学か海洋学をかじった人間が、いくらでも来るんだから〉〈観光担当のお姉ちゃんなんて。どうして、そんな奴が〉。
 これが普通のお仕事小説なら、主人公がカッとして一悶着起こりそうなところだが、そういう無駄な騒動(?)に、この小説は紙幅を割かない。海獣グルーブのイルカ課に配属された由香には、調餌、給餌、イルカの個体識別から生態観察、イルカライブの練習まで、習得すべき(=小説的には読者に知らせるべき)要素が多すぎて、些細な騒動に寄り道している暇はないのだ。
 かくて小説には、こんな台詞が頻出することになる。
〈イルカにとって、笛の音は、本来、何の意味も無い。これも学習なんだ。実際、捕獲されたばかりの野生のイルカに何度笛を吹いても、知らんぷりで泳いでいる。だけど、笛を吹いたら餌を与えるということを繰り返すと、『笛が鳴ると餌だ』と理解する〉。
〈ラッコの主な生息地はアラスカなどの沿岸部だ。低温で低湿。むろん、海水温も低い。それを空調給排水の設備で再現している。プールのラッコを見てみろ。毛繕いしてる。ふわふわした毛だろう。つまり、毛と毛の間に空気の層があるんだ〉。
 なるほどとは思うけど、このお勉強感がね。
 飼育動物を擬人化しないためイルカにもあえて愛称はつけないとか、自然に近い形で動物を展示するため人工的な装置に頼る矛盾とか、水族館情報満載の小説ではある。ただし、『書店ガール』とは逆に『水族館ガール』は人間ドラマがあまりに弱い。
 由香の指導に当たる無愛想な梶良平、イルカの生態を教えてくれる獣医の磯川、魚類担当の今田修太など、魅力的な人物も登場してくるものの、肝心の嶋由香のキャラは平凡で「イルカに気に入られる女子」という設定も生かし切れていない。
 いや~、こうしてみると、お仕事小説って意外と難しいジャンルなんだね。業務内容を伝えなければ小説にはならず、かといって業務に拘泥しすぎると物語性が弱まる。それでもお仕事小説はもっと増えてしかるべきだろう。「○○ガール」であれ「○○ボーイ」であれ。だってドラマに登場するのは刑事や医者や素人探偵ばっかりなんだもん。仕事の多様性を知ることは未来を開く扉ですよ。

【この記事で紹介された本】

『校閲ガール』
宮木あや子、角川文庫、2016年、560円+税

 

2016年10月~12月、日本テレビ系で放映された「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」(主演は石原さとみ)の原作。出版社の校閲部に配属されたヒロインが業務に邁進する姿を、作家でモデルの是永是之、同期の女子社員らとの交流などを織り込みつつ描く。続編の『校閲ガール ア・ラ・モード』『校閲ガール トルネード』を含めて全三巻のシリーズに。

『書店ガール』
碧野圭、PHP文芸文庫、2012年、686円+税

 

2015年4月~6月、フジテレビ系(制作は関西テレビ)で放映された「戦う! 書店ガール」(主演は稲森いずみと渡辺麻友)の原作。吉祥寺の書店を舞台に、ベテラン書店員と若手書店員が対立を繰り返しながらも奮闘する姿を描く。単行本時のタイトルは『ブックストア・ウォーズ』だったが文庫化の際『書店ガール』に改題されてシリーズ化、五巻目まで発売中。

『水族館ガール』
木宮条太郎、実業之日本社文庫、2014年、639円+税

 

2016年6月~9月、NHKで放映された「水族館ガール」(主演は松岡茉優)の原作。水族館に出向を命じられたヒロインが、飼育員兼イルカトレーナーとして成長する姿を、先輩飼育員・梶との恋愛妄想なども織り込みつつ描く。単行本時のタイトルは『アクアリウムにようこそ』だったが文庫化の際『水族館ガール』に改題され、もっか三巻目まで発売中。

PR誌「ちくま」1月号

 

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