人はアンドロイドになるために

7. 時を流す(3)

アンドロイドと人間が日常的に共存する世界を描き、「人間とはなにか」を鋭く問いかける――アンドロイド研究の第一人者・石黒浩が挑む初の近未来フィクション、いよいよ連載開始!

石黒氏による「僕が小説を書く意味」は→こちら

2.

 片山はどうしてこんな手記を書いたのだろう。

 

 ジャクスンこと私、早渡朱音と出会ってほどなく、片山はこの文章を私たちによこした。

 アンドロイド化に必要な作業を終えてすぐのことだ。

「これが僕の人生だ。君たちのアンドロイドは、これに基づいて開発してほしい」と言って。

 手記を読んですぐに気づいた。

 片山はウソをついている。

 彼に関するわれわれの調査内容とは、だいぶ情報が違う。話を盛ったり、都合のわるいことは言い落としたり、登場人物の入れ替えをしている。だいたい私との対話も、こちらの音声ログと比べれば一目瞭然のデタラメである。

 アンドロイドになる権利を得たことで、欲がめばえて、後世への記録を書き換えようとしたのか。自己顕示欲のあらわれとしてこの手記を遺そうとしたのか……。自己弁護まみれの捏造ばかりである。

 事件の成り立ちからして違う。

 モールの女性型アンドロイドをかついで逃げたのは片山である。彼は、自分が手塩にかけていじってきたアンドロイドが、担当者変更によってほかの人間に明け渡さなければならなかったことに耐えられなかったのである。片山の事件は反アンドロイド団体など関係ない。彼が犯人として名前を挙げていた人物は、別の事件を起こした人間だ。

 高田屋事件は、自分が育てあげたアンドロイドに感情移入しすぎて「勝手に触るな! 俺に許可を取れ!」という想いをこじらせたエンジニア、「かわいい」「かわいい」といういきすぎた執着を膨らませてしまった男が、仕事で携わったアンドロイドを私的に略奪するために起こした犯罪だ。アンドロイドがエスカレーターから階下に落ちたのは、彼の故意ではない。ただし片山が捕まりそうになったところで故意に多数の人間をエスカレーターから突き落とし、多数の死傷者を出したことは事実である。

 どうして彼は現場から外されたのか。アンドロイドの調整を「やりすぎた」のだ。彼が担当していた接客用アンドロイドは、来店者がタッチディスプレイを操作し、商品を購買するものだ。片山の仕事は、客を十分説得できる買い物のシナリオをつくること、その間のアンドロイドの動きを調整することだった。

 しかし踏み越えてはいけない一線を越えた。

 アンドロイドにウソをつかせ、詐欺師や暴力団が使うような脅しめいた話術を用いてまで商品を売ろうとしたのだ。

 彼には何の悪気もなかった。

 片山は弁舌が巧みで、平気で虚言を吐き、人を騙しても罪悪感を抱かない。

 彼をアンドロイド化するさいに私たちが撮った脳画像イメージングを見ると、片山は脳のなかで社会性を司る前頭前野の一部と原始的な感情を司る扁桃体、およびそのコネクションに障害があった。痛みや恐怖、不安を感じる能力、罰を罰として認識する社会的な学習能力が欠如していたと推察される。

 おそらく彼は、理性では「人を傷つけてはいけない」といった道徳的な文言を理解できた。本当はそう感じていなくとも、他者に対して共感するそぶりを演技できた。それは、人間の表情やふるまいを読み取り、機械的に反応するロボットと変わらない。彼はそうした意味でもロボットの同類であり、味方のはずだった。

 だからこそ、彼はアンドロイドに愛想や道徳的な振る舞いを実装する才能にも恵まれていた。

 本心と、外に表出される行動との微細な差異まで拾って再現することに長けていた。人間は、表面上は明るく元気よく「こんにちは」と言っていたとしても、それが本心に従った、感情のダイレクトな表出ではないことはよくある。情動は、そのまま身体を通じて外に出ていくわけではない。人間には、随意筋という意図的に制御できる筋肉と、本人にもコントロールできない不随意筋とがある。本当の感情は不随意筋に現れる。したがってロボットにも、外側に見える「こう見せたい自分」(随意筋の運動)と、内側で思っており、本人も意識しないうちに出てしまっている不随意筋の動きの両方を実装すればいい。

 片山はその再現が天才的にうまかった。悪用も。

 自らの衝動性を抑えることができれば、その才能をもっと使うこともできた。だが、そうはならなかった。

 アンドロイド化の契約が成立したあと、彼は「もう一度アンドロイドのエンジニアに戻りたい。受け入れてほしい」と言ってきた。だが断った。事件を起こさずに現役のままいられたら話は違っただろうが、彼の技術はあまりに古びている。

 すると数日のうちにあの手記が送られてきた。そして「僕のアンドロイドは僕に監修させてほしい。技術的なことは任せるが、方向性は自分で決めたい」と。私たちは再び申し出を断った。受け入れる理由がないからだ。

 彼は激昂し、契約を破棄するなどと言ってきたが、それが叶わないと知ると今度は一方的に連絡を絶ち、ネットに手記を発表した。

何の反響もなかった。

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