昨日、なに読んだ?

file2.青木薫・選:
宇宙と人間の関係に思いを馳せる本

マックス・テグマーク『数学的な宇宙』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【 青木薫(翻訳家)】→三浦直之(劇作家)→???

 私が注目する科学者の一人に、スウェーデン人の宇宙物理学者マックス・テグマークがいる。テグマークは「ぶっ飛んでいる」とか「とんがっている」とか言われることもある研究者だが、それは「トンデモ」なのとは大違いで、私はかねがねこの人のことをとても面白いと思っていた。そのテグマークが、満を侍して一般向けの本を書いたというので、いったい何をどんなふうに語るのだろう、とワクワクしながら手に取った。その著書『数学的な宇宙:究極の実在の姿を求めて』のテーマは、マルチバース、すなわち多宇宙である。
 「マルチバースなんて、しょせんSFネタどまりでしょう?」とか、「検出できないものを考えるのは科学的じゃないでしょう?」という意見を聞くことも多い。しかし、そうではない、マルチバースを考えることには大いに意味があるのだ、というのがテグマークの主張である。むしろ、直感に反していてでも、論理的に考えてみなければならないことだってあるし、そこには重要な何かが潜んでいるかもしれないというのだ。テグマークはその点をはっきりさせるために、「理論はパッケージで買わなければならない」という。わかりやすい例として、一般相対性理論を考えてみよう。水星の近日点移動や重力場による光の経路の曲がりは「買う」けれど、ビッグバンやブラックホールは「パッケージから外してください」とは言えないということだ。そして実際、外さないのが正解だったことは、歴史が物語っている。
 実は、マルチバースが出てくる背景には、現代科学に潜んでいた思考の罠に気づくという出来事があった。その罠のことを、今では「人間バイアス(Anthropic bias)」、またの名を「観測選択効果」という。このバイアスは、「観測や実験の装置はそもそも人間がデザインしたものだし、得られたデータを受け取る人間が現に存在している」という単純な事実を考慮に入れそこなうせいで生じるのだが、これが意外にも気づきにくい盲点なのだ。このバイアスに着目するところから、興味深くて重要な例がたくさん見つかっている。ある哲学者などは、「観測選択効果は哲学者と科学者にとって、宝の山だ」と言っているほどだ。
 その観測選択効果をめぐる問題群の中でも、もっともセンセーショナルなテーマのひとつが、マルチバースなのである。だがマルチバースに関係する「人間バイアス」は、「人間原理(Anthropic principle)」という名前で科学界に登場したせいで、宗教的な人間中心主義を復活させるものだとして、科学者たちから袋叩きにあったという暗い過去がある。今でもAnthropic を、口にするもおぞましいA-wordだと思っている人は少なくない。それはちょうど、ニュートンの重力理論がオカルトだとしてヨーロッパの学者たちから攻撃されたり、ビッグバン理論が聖書の天地創造を科学に持ち込むものだとして嫌われたりしたのと、ちょっと似ているかもしれない。
 科学の世界にも、異端的な研究に手を染めると就職できなくなるという重い現実がある。そこでテグマークは長年にわたり、「まっとうとされる分野で十本論文を書いたら、自分へのご褒美として、本当に面白いと思う分野で一本論文を書く」という路線をとってきた。しかし功なり名を遂げてMIT教授となった今、本当に重要で面白いことを多くの人に知ってほしい、という思いで書いたのがこの本だという。『数学的な宇宙』は、私たちの宇宙観を著しく拡大するが、その一方で、宇宙における人間存在についても考えさせずにはおかない、刺激的でチャーミングな一冊である。

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