有馬トモユキ

#10.意外と伝わらないもの

ウェブやスマートデバイスの普及にともなう「科学と芸術の融合」がもたらす環境の変化は、デザインをどう変えたのか。最先端の話題を紐解きながら、ゼロからデザインを定義する革新的なコラム連載第10回!

「強いチームはオフィスを捨てる」

おそらくデザイナーという仕事の性質上、普通の職種よりも多くの写真やテキストデータを日常的にオンラインでやり取りしている。私の場合は共同作業をしているチームのメンバーが、普段通っているオフィス以外にも複数箇所にいるため、コミュニケーションの絶対量は膨大だ。だが、全員が同じスペースにいなければ仕事が回らない、というのは今は昔で、遠隔地にいるメンバーと仕事をすすめるのも段々ではあるが効率的になってきた。

具体的にはオンライン状のツールにとても助けられている。Skypeやチャットツール・Slack、ファイル共有にDropbox、スクリーンショット共有にDroplr……という意思共有の補助をしてくれるソフトウェアについては一度やり方を勧めるために本にまとめたことがある(画像1)。最近のコミュニケーションの傾向は、チーム全体の意志としてはメールの送受信量を0に近づけていく方向に傾いていて、大事ではないやり取り(雑談と言ってもいい)が簡単に発生するようになっている。そうした敷居の低さやルールの少なさが、普段から忙しくしているメンバーたちの円滑なやり取りに必須だと、いつも考えている。

画像1 意志共有の補助をしてくれるソフトウェアたち

 

このような便利なツールに助けられていると、やがていつかオフィススペースが不要になるのではないかと錯覚してくる(格好いいオフィスを持っている同業者の方々のところへ遊びに行くと、それだけで興奮するものだが)。しかしそれでもいくつか課題が残っていて、その一つが「同じ空間で見ないとわからないものの対処」である。

ちなみに章タイトルにした「強いチームはオフィスを捨てる」は本の名前である。チーム作業のためのグループウェアを開発している37signalsの共同創業者であるジェイソン・フリードが著した本だが、とても今らしいアプローチでオフィスのあり方についてフィジカル・メンタル両方の解説がなされている名著だ。

 

なかなか伝わらない質感と色について

同じ空間で見ないとわからないもの、と婉曲的に表現してしまったが、要は色や質感について共有するのがオンライン上だととても難しいということだ。デジタルで私たちは圧倒的な利便を手に入れたが、トレードオフしてしまったのは情報量の多い、これらの要素である。例えばデジタルコンテンツにおいては「まったく同じ環境で見る」ということが保証されない。まったく同じスペックのPCやスマートフォンですべての人が閲覧してくれればいいのだが……というのは、デジタルに関わるデザイナーは、少しでも夢想したことがあるのではないだろうか。

しかし、実は印刷物やプロダクトにおいても色や質感を完全に再現するというのも意外に難しい。四季に富むのが日本の魅力だが、季節によって図版を印刷した後に紙を乾燥する時間も変わってくるし、冬には乾燥して割れてしまうので取扱い注意、というチップボール(いわゆるボール紙である)も存在する。そして色については、たとえばあるピンク色を夏と冬にまったく同じ色味に再現するのも、インクの配合に変化が生じるのだ。わたしたちが雑誌やパンフレットを安定した品質で手にしているとき、そこには職人たちの静かな努力が存在する。

PANTONEという言葉を聞いたことはあるだろうか。鮮やかな携帯電話なども話題になったことがあるが(画像2)、PANTONEは本来デザイナーが色を、上記の工程を行う職人たちに指示するための仕組みだ。電話やメールで赤色、と伝えても赤色も無限に存在する。色はデジタルでは「#ff0000」(赤色)と256段階 ✕ RGB3色の16進数で言い表し、それをテキストとして伝えることができるが、無限に存在し得る現実世界の色の指標となるのはPANTONEやDIC、TOYOといったカラーマッチングを専門とした企業やインキメーカーが用意している仕組みに頼っている。

画像2 PANTONEの携帯電話

 

実際のワークフローの中ではカラーチップに記述されている番号で伝える。たとえば私のスマートフォンはそれを指示するときにチップを撮影した「カラーチップの写真」でいっぱいだ(画像3)。この写真自体は正確な色を表現することはできないが、同じチップセットを先方が持っていた場合にうまく機能する。番号とチップの写真を送ればかなり正確に色をイメージ通りに再現してもらうことができる。しかし、問題は先方がチップセットを持っていない場合や、実際に印刷された仕上がりが想定外の色をしていた場合だ。こういったときにオフィスは有り難い。色や質感をともなう物理的なグラフィックデザインにも、デジタルコンテンツと同じようなインタラクション(ユーザーが起こした行動に対する反応)があると感じる。物理的なものを作っている限り、同一の空間で色や質感……照明に対する照り返しや重量、感触などを検討できる環境がまだ必要なのだと感じる。

画像3 カラーチップの写真

 

一度こういったことがあった。僕は出張でドイツにおり、東京に届いたポスターの色校(テストプリント)はすぐ確認して先方にOKか、もう少しオレンジを強くするか返事をしなければならない。そのとき、とっさに編み出した対処方法が以下のものだ。かなりバッドノウハウなのでオススメしづらいが……。それは自分と同一機種(当時はiPhone5S)のスマートフォンで、同一の部屋で撮影してもらい、以前自分が撮影したポスターのテストプリントと比べるというものだ。たとえ同一機種間でも品質誤差というものはあるので心中穏やかではなかったが、前のテイクからどう変わったか、実際見てどう思うかなど後輩にインタビューを繰り返した末におおむねうまくいったので、帰国後に胸をなでおろしたが、緊急の手段として一応心に留めている。

時間に余裕があるときは、用紙の質感も含めて結果をすぐに確認できる「刷り出し立会い」というのがある。これは色校を送ってもらうよりも仕上がりをすぐ確認できる面で有利だ。画集の表紙など色味にかなりの精度が求められる際は、実際に印刷工場に赴いて確認専用の部屋で赤をもう少し強く、ここをもう少し鮮やかに、と調整を繰り返す。個人的には色校の結果にドキドキするよりもずっと優雅な時間である。

 

サムネイル時代の質感と伝達可能性

関連して、質感についてもなるべく多くを伝えたい。シズルという「モノそのものが持つ質感的な魅力」が単体の言葉(広告用語として発生した印象がある)として育ったように、冷たそう、美味しそうという感情が受け手の心に立ち上がれば嬉しい。

最近のデザイナーの仕事は、サイズが可変的なwebの画像という、今までとはまた違った見せ方のノウハウが要求される。例えばだが、8000円の書籍がどういった質感を持っているかAmazonのサムネイルだけで判断するのは難しい。購入者としては数センチ角の画像でそれが8000円たりえるのか判断しなくてはならないという、デザイナーからすれば戦慄するべき状況である。対処法として、私のチームでは最終的なグラフィックの成果物をより正確に表現するためにCGを用いるようになった。

これはアニメーション作品「ブブキ・ブランキ」のブルーレイディスクのパッケージである(画像4)。完成品を撮影することも候補に検討したが、続きもの(現在第4巻まで発売されている)の場合、撮影するタイミングがバラバラになってしまうと色の整合性を正確に取るのが難しくなってくる。そこでチームのグラフィッカー・宮崎真一朗と協力して作った画像はディスクのトレイやホチキスの針に落ちた影まで、こちらが本来意図したとおりの再現性を確保できている。今回のこの記事で「ネタバレ」してしまったが、これがいわゆる商品写真として自然に受け入れられていれば幸いだ。

画像4 アニメーション作品「ブブキ・ブランキ」のパッケージ

 

こうした色再現や質感の伝達についてはもっと標準的なプロトコル(言語)が出てきても良いように感じている。おそらく匂いと同じで、かなり大掛かりな装置が必要になってくるのかもしれない。だが「冷えた、サンドブラストしたアルミニウムの表面」など、不正確な文でしかまだ伝え得ないものについて、例えば3Dプリンタの出力設定などとして簡易にやり取りすることができれば、デジタルコンテンツのように、より遠くに(ほぼ)同一の体験を提供できる可能性が広がっているように感じる。

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