多摩川飲み下り刊行記念

川を下って世界の酒でべろんべろん
『多摩川飲み下り』(大竹聡著 ちくま文庫)刊行記念対談

『多摩川飲み下り』(大竹聡著)刊行を記念して、下北沢の書店B&Bで大竹聡氏と高野秀行氏の対談が行なわれた(2016年12月26日)。 この本は、多摩川の川沿いに歩いては居酒屋や河原で酒を飲むエッセイだが、大竹氏は、この本に書かれなかった、とんでもエピソードを、そして高野氏は、アジアやアフリカの地で出会ったユニークな酒の話を、それぞれたくさんの写真を見せながら語った。 一杯やりながら、未知の酒の味を想像してご堪能ください。

●北上川下り、多摩川下りで見たものは?

大竹 北上川は何キロあるんでしたっけ。

高野 250キロぐらいですね。

大竹 多摩川よりだいぶ長いですね。

高野 盛岡のちょっと先が源流なんですよね。

大竹 それで、石巻で終わる。

高野 そうそう。北上川を辿ってみるとはっきりわかるんですけど、盛岡・花巻・一関などといったメジャーな都市はすべて、北上川沿いの支流が分かれているところにある。昔は川が道路だった。支流が分かれるところに荷を下ろし、そこに市場ができる。そこで荷を積み替えたりものを売ったりして、ひとつの町になっていく。

大竹 カヌーで支流にも入るんですか?

高野 上れないのでカヌーをたたんで、電車とかバスに乗って支流の上まで行くんですよ。

大竹 それでまたカヌーを出して、下っていくわけですね。

高野 そうそう。物好きとしか言いようがない。

大竹 それはすごく面白そうですね。

高野 いやぁもう、本当に子どもの遊びですよ。遠野川に行ったんですけど、そこには誰もいない。僕と先輩と一緒に行ったんですけど、そこを下っていくと、熊笹が茂っているところが突然ザワザワザワッとざわめいた。「河童か!」と思ったんですけど鹿の親子だった。それでまた戻ってきて、夜は河原でたき火して酒盛りする。川のいいところは、たき火ができるところです。日本の山はだいたい国立公園なので、たき火が禁止されている。川も厳密にはどうなのかわからないんですけど、中州に行って何かやってても誰も来られない。そこで騒ごうが何しようがみんな近づけないので、火を焚いて酒盛りしてた。

 1週間ぐらいして平泉に着いた頃には、もう汚いんですよ。風呂も入ってないし、川臭くなる。もちろん僕らはそんなこと気にしないし、気が付かないんですけど。あと、すごく日に焼ける。物資調達で買い物に行くと、他の人の見る目が違うんですよ。川っていうのは低いから、町に行こうと思うと必ず上がっていく。そこで何か買うんですけど、町の人が何か蔑んでるような、不気味がっているような独特の目で見る。

大竹 下のほうから上がってきて食い物を買い、また下に消えていく。

高野 川に帰っていく(笑)。

大竹 そういう時は何を飲むんですか?

高野 まあ、何でも飲んでますね。日本酒、焼酎、ワイン。ビールも買ってましたね。ビールは重いから、できればビールじゃないほうがいいんだけど、やっぱり最初はビールが飲みたいということで。

大竹 やっぱり季節によって、酒の種類は変わりますよね。夏だと、どうしてもビールが飲みたくなる。

高野 そうですね。この本ですごく感心したのは、ポカリスエットか水のペットボトルを凍らせて缶ビールと一緒に入れておくという方法です。

大竹 簡易保冷パックみたいな感じですね。凍らせた水のペットボトルを1本入れておくと、缶ビールがよく冷える。

高野 これは素晴らしいですよ。

大竹 なかなかの発見ですよね。あまりご賛同が得られませんけど(笑)。炎天下の河原で真夏の日差しを浴びて、にやにやしながらよく冷えたビールを飲んでる人って目立ちますよね。川ってだいたい低いから、上のほうにいる人たちは「何やってるんだ」と思うんでしょうね。

高野 「駅、あっちだよ」って言いたくなる(笑)。なんであいつは、あそこで弁当を広げてるんだろうと。

大竹 途中途中で、そういうのはけっこうありましたね。けっこう下流のほうでもやってましたから。もつ焼き屋があればお土産のもつ焼きを買って、焼酎とか買ってきて河原で飲む。

●飲み屋で隣に座ったおじいちゃんと大盛り上がりに

高野 外で飲む酒って美味いですよね。

大竹 何なんですかね、あれは。1時間ぐらいで妙にフワーッと酔っ払う。途中からはすごいパターン化しちゃって、1杯目の酒は河原で飲んで、もうひと頑張り歩いた後はどこかで飲み屋を見つけるようになった。「どうも苦手な街だな」と思うと電車で別の駅に行っちゃうとか、そういうこともやってるし。「どうも俺は二子玉にはいられねぇ」とか(笑)。

高野 それはわかります(笑)。

大竹 そうすると、前から行ってみたかった店にぶち当たったりして。ひょっと入ってみたら、すごくよかったり。「多摩川を飲み下りしてます」って言うに言えなくて。間近になってから「実はこういうことをやってまして」と言いに行ったら「俺に何の断りもなく本が出るのか!」っていう目で、飲み屋の親父にじろりと見られてね。すごく怖かった(笑)。それで「お願いします」って言って。「原稿は見せないのね?」って言うから「はい、見せません」と言って(笑)。

高野 苦労されてますね(笑)。

大竹 その店のことは、隣にいた80代のおじいちゃんの風体とか話の面白さについて書いちゃっていたので、「いや、店のことをあれこれ書いたわけじゃないんです」とか言ってね。店のことを書いたわけでは、ほぼないんですよ。今でも「隣にいたそのおじいちゃんが、後から聞いて怒らなきゃいいんだけど」という気持ちがあるんだけど。そのおじいちゃんは酒を禁じられてたんだけど、その店に飲みに来てた。横に座ってすごく嬉しそうな顔をしていた。そのおじいちゃんは昔のヤクルトスワローズの話をしていたんで、「サンケイアトムズですね」とか言ったら、もう大騒ぎになっちゃって(笑)。「武上(四郎)っていういい内野手がいましたよね」って言ったら、「君は武上を知ってるのか!」みたいな感じで。そういうのが好きなんですよね。「多摩川飲み下り」にかこつけて、そういうことをやってたんですよ。

2017年2月20日更新

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大竹 聡(おおたけ さとし)

大竹 聡

1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。2002年10月、雑誌『酒とつまみ』創刊。著書に、『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』『酒呑まれ』『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)、『愛と追憶のレモンサワー』(扶桑社)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』(双葉文庫)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)などがある。

高野 秀行(たかの ひでゆき)

高野 秀行

1966年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞受賞、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。近著に『地図のない場所で眠りたい』(角幡唯介との共著、講談社文庫)がある。

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多摩川飲み下り (ちくま文庫)

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