世の中ラボ

【第82回】城ってなに? ブームの成果を入門書に見る

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年2月号より転載

 ここ一〇年ほど、城が空前のブームである。
 キッカケのひとつは二〇〇六年に財団法人日本城郭協会が「日本100名城」を選定したことだろう。〇七年には公式ガイドブックの発売とともにスタンプラリーがスタートし、スタンプ帳を手にしたお城ファンが各地の城を訪れるようになった。
 私はディープな城マニアではないけれど、このスタンプラリーに参加しちゃったのが運の尽き。なんだかんだ、一〇年弱で九〇城を制覇するところまでは来た。「日本100名城」の特徴は、北海道から九州・沖縄まで全四七都道府県から最低でも一都道府県に一城(多い県は五城)が選ばれていること。また、古代から中世、近世まで各時代の城がバランスよく選ばれていることだ。つまり一〇〇城回れば、日本全国の城(と城下町)を訪れることになり、同時に城の歴史と変遷もつかめるという寸法である。
 ブームは書籍の世界にも飛び火して、このころから城関係の入門書が急増。啓蒙の甲斐あって「城といえば姫路城や松本城のような天守のこと」という旧来の認識も変わりはじめた。壮麗な石垣が残る兵庫県の竹田城が「天空の城」として話題になったり、NHKの趣味番組が城を取り上げたりしたのも奏功したはずだ。
 なんだけど、大多数の人にとって城はいまなお未知の領域である。中世の山城は一般人には「ただの草ぼうぼうの山」だろうし、お城ファンが狂喜する石垣も「あの城には石垣しか残ってないよ」などと地元の人にはあしらわれる始末。ブームに乗って出版された城関係の本も、カラー写真で各地の城を紹介した図鑑式のカタログか、通り一遍の概説書がほとんどだった。
 しかし、ファンが増えれば本も進化する。二〇一六年はじつは城本の当たり年だったのだ。齋藤慎一+向井一雄『日本城郭史』(吉川弘文館)という本格的な通史が八〇年ぶりに出版されたのは特筆すべき出来事だったし、中井均+齋藤慎一『歴史家の城歩き』(高志書院)もファンを唸らせる対談本だった。もっともこれらはすでに何度か城を訪れた経験のある人向きで、未経験者は眠くなるかもしれない。城のいったい何がおもしろいのか、ここでは一六年に出版された本の中から、おすすめの入門書を紹介しよう。

城とは何か――中世の城と近世の城
 その前に城とは何かを少しだけ。ざっくりいうと城とは要害、敵の攻撃から領土を守るために築かれた軍事施設である。このへんはどんな城本にも書いてあることだけど、西股総生『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』から引用すると――。
〈「城」というと、高く積んだ石垣の上にそびえ立つ天守を思い浮かべる人も多い。けれども、そうした城は、戦国時代の終わり頃に織田信長や豊臣秀吉がつくりだして、広めていったスタイル。/だから、戦国時代のほとんどの城には、天守も高い石垣もない。土を掘ったり、盛ったりしてつくった見ばえのしない土木構築物だ。戦国武将たちは、いつ攻めてくるともしれない敵に備えるために、そんな見ばえのしない城を必死で築き、しがみついていたわけだ〉。はい、そういうことです。
 そんな「土の城」が全国にいくつくらいあるかというと、なんと四万から五万(コンビニと同じくらいの数だそうだ)。一方、石垣や天守のある「ビジュアル系の城」は数百から多くても数千。それだって相当な数だけど、城全体から見ればほんの数パーセント。日本の城の大多数は「土の城」なのだ。
 そんなに多数の城が、ではなぜ築かれたのか。答えは簡単。四〇〇年~五〇〇年前の日本は戦争ばかりしていたからだ。
 城の発祥は弥生時代の環濠集落といわれるが(ちなみに「日本100名城」には吉野ヶ里遺跡も入っている)、城が発達したのは武家政権が誕生した中世からである。南北朝時代には要害としての山城が各地に築かれ(これらの城は戦が終われば用済みになって捨て去られた)、さらに応仁の乱(一四六七~七七年)以降、戦国大名が群雄割拠して戦争が恒常化してくると、城も恒常化し、防御と攻撃のための工夫が幾重にも凝らされるようになった。『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』が主に取り上げているのは、こうした戦国の城(いわゆる中世山城)である。
 この本がよいのは、城の構造を人の動きを中心に解説していることだ。中世山城を特徴づける遺構に、たとえば「堀切」がある。城は見晴らしのよい山上や尾根や小高い丘の上に築かれることが多く、ここに敵が侵入するのを防ぐためのもっとも重要な工夫のひとつが深い掘。そこを西股はこんな風に説明する。
〈ハイキングをしてみるとよくわかるが、山というものは尾根と谷からできていて、歩きやすいのは断然、尾根の上だ。ハイキングコースだって尾根の上をつたうようについていることが多い。ということは、城を攻める側も登ってきやすいのも尾根、ということだ〉。そこで尾根を分断するため、尾根の途中に深いV字型の堀を切る。〈山城を攻め落とそうと尾根づたいに登ってくると、堀切がズバンと口を開けている。落ちればケガをしそうだし、堀切の向こうには弓や槍をかまえた城兵たちが、頑張っている〉。こわー!
 わかっていただけたでしょうか。こんな調子で、土塁、曲輪、虎口、枡形、馬出、土橋といった城郭に欠かせない構造物を手際よく説明し、築城者や攻撃者の視点から城を見る。
 土の城は生々しいと西股はいう。〈土の城はパッと見て、人の手でせっせと土を掘って、積み上げていったのだと感覚的にわかる。重機もダンプもない時代にである。目の前にある堀や土塁を築き上げた人たちの労力が、身体感覚で理解できる〉。
 城の原点はあくまで土の城なのだ。
 さて、そうはいっても石垣や天守や櫓(天守以外の建物のこと)を備えた「ビジュアル系の城」もまた魅力的な存在だ。このような城は織田信長の安土城や、豊臣秀吉の大阪城あたりからはじまり、江戸時代初期に独特の発展をとげることになった。
 中井均『城館調査の手引き』は包括的な城の入門書だが、特に近世城郭の部分が充実している。たとえば天守。
〈天守という高層建築はどのように利用されていたのであろうか。藩主が最上層から国見をしているようなイメージが強いが、実は藩主は一生に一度、もしくは数度しか登っていない。居住空間を持つ構造の天守も存在するが、畳が入れられることはなく、ほとんど形骸化した居住空間であった〉。ではなぜ、そんなものをつくったのか。〈天守が権威の象徴であったからにほかならない。天守は城下から望むことのできる外観こそが重要だったのである〉。
 近世城に特有の巨大な堀の説明にも意表をつかれる。
〈一見すると水堀の方が防御機能が高いように感じられるが、高石垣に伴って構えられた空堀(筆者注・水のない堀)は、飛び降りることは出来ないし、何とか堀底に至ったとしても、姿を隠すことが出来ず、城内からの射撃に曝されてしまう。水堀であれば高石垣から飛び込むことも可能であるし、城内からの攻撃にも潜って身を隠すことができる〉。防御面では空堀のほうが強力なのだ。
 では水堀の役割は? 〈長大な横堀を掘ることによって水が湧く。こうした湧水や城内からの排水処理を考えて水堀としたと考えられる〉。そうだったのか。まだまだ多いね、知らないことは。

城の歴史は戦後も続く
 明治維新後、城は役目を終えたはずだった。しかし、城の歴史は今日もまだ続いている。加藤理文『日本から城が消える』はそんな明治以降の城と、今日的な課題を記した異色の城本だ。
 現在、日本各地に建つ城(天守)の多くは、戦後に建てられたコンクリート製の天守であることをご存じだろうか。名古屋城も大阪城も広島城も熊本城もそう。戦前までは残っていたのに空襲で焼失した建物も少なくないし、城とは名ばかりで、城を模した博物館や展望台というケースも多い。今日も現存する江戸期の天守は全国でたった一二城しかないのだ。すると、他の城は?
〈戦後復興が軌道に乗ると、地域住民から太平洋戦争で失われた天守復興の声があがりはじめた。戦前まで建っていた威風堂々とした天守が失われ、石垣だけになった姿に耐えられなかったのであろう〉と加藤は書く。名古屋城天守はまさに復興の象徴だったが、それが高じて〈戦前はなかった城まで次々と建てられ、現在、城跡に建つ天守や櫓は、じつに三百を超える〉。
 城ファンは「ああ、模擬天守ね(苦笑)」とかいって、戦後の天守を軽視する傾向が強い。しかし、加藤はいうのである。
〈再建された城は、復元・復興・模擬などと大別されて呼ばれるが、そこに住む地域住民にとっては「おらが町のお城」なのである。そこに差別は存在しない。たとえ架空の天守であっても、歴史的な裏づけがあろうとなかろうと、お城には間違いないのだ〉。
 そう、かつては軍事拠点であり権威の象徴だった城は、戦後、市民に開放され、いわば平和のシンボルに変わった。しかしながら問題は、こうした戦後の天守の多くが五〇年の耐用年数を超え、存亡の危機を迎えていることだという。取り壊してしまうのか。文化財として残すのか。資料の残っていない城はどうするのか。
 今般の城ブームもさることながら、戦後史学は軍事研究への忌避感が強く、城郭研究がスタートしたのは一九七〇年代~八〇年代だった。きっかけは田中角栄の日本列島改造論。日本中で発掘調査がはじまり、中世考古学にやっと光が当たったのである。
 こうして見ると、城は古くて新しいジャンルだったのだ。城は地域の歴史を知る重要なファクターだ。観光客の目から一歩脱した視点で見る城は、新しい発見をきっともたらすはずである。

【この記事で紹介された本】

『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』
西股総生、KKベストセラーズ、2016年、1400円+税

 

著者は大河ドラマ「真田丸」の戦国軍事考証も手がけたフリーライター。石垣も天守もない戦国時代の城(中世山城)に的を絞って解説した入門書。書名はダサめの学習参考書風だが、イラストも含め中身は充実。いまいちピンとこない山城のしくみがよく理解できる。自らの足で歩いて確かめることを基本とし、巻末で紹介された二八の城もメジャーな城はわずか。実践的なガイドブックだ。

『城館調査の手引き』
中井均、山川出版社、2016年、1800円+税

 

著者は中世考古学が専門の滋賀県立大学教授。口調は硬めだが、最新の研究成果も入れた中世城と近世城の総合的入門書。堀や土塁より重要なのは「切岸」だ、信長の安土城以前にも石垣の城があった、東日本に土塁の城が多いのは石が不足していたからではないなど、従来の城本とは一線を画した見解も多く、城好きをもって任じる読者にも楽しめる。カラー図版も多数収録されサービス満点。

『日本から城が消える――「城郭再建」がかかえる大問題』
加藤理文、洋泉社、2016年、900円+税

 

著者は中学教師でもある城郭研究者。多くの城本が無視する近代以降の城の歴史に、文化財保護や行政の観点から焦点を当てた本。復興のシンボルや観光の目玉として建設された鉄筋コンクリート製の城はまもなく耐用年数に達する。そのとき行政や市民はどうするか。城址の整備法、守るべき遺構の優先順位、名古屋城や江戸城の木造復元の是非など、城が直面する今日の課題がよくわかる。

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