上田麻由子

第4回・まぼろしの星たちが連なる星座

『ALTAR BOYZ』

 教会の鐘の音が、三度鳴り響く。その荘厳さに心を静め聞き入っていると、ドラムのカウントを合図に、ディストーションを効かせたエレキギターと、きらびやかなシンセサイザーの音がなだれ込んでくる。ライトに照らされた5人の役者のシルエットが怪しくうごめくなか、もったいをつけたようなギターソロが終わり、歌が始まる。メインボーカルが歌ったフレーズを、4人のコーラスがアナログでエコーをかけていくスタイルが笑いを誘いつつも、その歌詞のなかに「ギデオンのバイブル」「教え広める」「ジーザス」とキリスト教のキーワードが込められているのに気づく。マシュー、マーク、ルーク、フアン、アブラハムという5人のメンバー紹介がおこなわれたあと、「救ってあげる、君の心を」という言葉とともに、5人は磔になったイエスのポーズでかっこよく決め、暗転。

 

究極の二次創作

 舞台『ALTAR BOYZ』は2005年から2010年までの5年間、オフ・ブロードウェイで2000回以上、上演された、オフ・ブロードウェイにおいて歴代9位のロングラン作品で、日本では2009年に初演、今年で5度目の上演となる。オハイオの小さな教会で少年時代に出会った5人は、天啓によりボーカル・ダンスグループを結成。アメリカ国内にとどまらず世界中をツアーし、「ソウルセンサー」という観客たちの魂の穢れを計測する装置の数字を「0」にする「魂の浄化コンサート」を行っている。

 聖書の4つの福音書を書いた福音書記者(マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ)と、ユダヤ人のアブラハムを合わせた5人がバンドを組んでワゴンで旅している……という物語は、聖書をもとにした究極の二次創作といえるかもしれない。もちろん、その前提として、劇中で言及される聖書のさまざまなたとえ話や金言が観客たちにあらかじめ共有されている、全人口の約4分の3がキリスト教徒だといわれるアメリカの土壌がある。もうひとつ、物語でパロディにされているの「ボーイ・バンド」の伝統についても、知っている必要があるだろう。それは、ビートルズやジャクソン5を萌芽に、70〜80年代のニュー・エディションやニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、90年代のボーイズ・II・メンやバックストリート・ボーイズ、現代のワン・ダイレクションまで連綿とつづく、女性を中心としたファンを獲得してきた10代〜20代男性のボーカルユニット(「バンド」と銘打たれているが演奏しないことも多い)である。ボーイ・バンドは時に教会のコーラスグループや、ゴスペルバンドから派生してきたこと、またアメリカの商業音楽にコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックと呼ばれるキリスト教信仰に関する歌詞を持つ音楽が一大ジャンルとして存在していることからも、この2つは突飛な組み合わせというわけではない。

 そのうえで、キャラクターやその背景にある物語を見てみると、リーダーであるマシューがごく普通のWASPであるのに対し、他のメンバーは実にアメリカ的で多様性をもって描かれている。振り付け担当のマークはゲイ(プロテスタントのなかの「カソリック」という比喩で描かれる)、ルークは「ニューホライズン少年回復センター」で更生したワル、衣装担当のフアンはメキシコの教会で育てられた捨て子、そして歌詞担当のアブラハムはユダヤ人である。キャッチーなメロディと、圧倒的なダンスパフォーマンス、わかりやすい歌詞によってポップに色付けされているとはいえ、これはアメリカにおけるLGBTや人種・移民問題を「現代における寓話」として取り込み、「信じること」「願うこと」そして「つながること」の意味をあらためて観客たちに考えさせる、社会性を持った作品である。

 

新宿教会で起こっていること

 前置きが長くなったが、そんな作品が新宿歌舞伎町の雑居ビル7階にある小さなライヴハウス・新宿FACE、通称「新宿教会」に場所を移したとき、少し違った意味合いを帯びてくる。

 そもそも、前回の『CLUB SLAZY』と同様、この作品をこの「2・5次元通信」で取り上げることに疑問を感じる方も多いだろう。実際『ALTAR BOYZ』は「しょっちゅう聖書を引用している」(“We quote the scriptures all the time”)という歌詞どおり聖書へのリファレンスが多数あるとはいえ、まごうことなきオリジナル作品だ。福音記者の名を借り「キャラ」として立たせ、その魅力が作品の牽引力になっていることや、ボーイ・バンドの「オンステージ」と「バックステージ」(「アルターボーイズの創世記」として結成秘話が劇中劇として語られる)で構成されているところに、2・5次元のアイドルものとの「近さ」を読み取れるものの、この作品はアニメ・漫画・ゲームを原作とした舞台・映像化作品である「2・5次元」とは一線を画している。

 とはいえ、「ミュージカル『テニスの王子様』Absolute King 立海 feat.六角 〜 First Service」(2006年12月〜2007年1月)の仁王雅治役として一躍有名になった中河内雅貴(2009年の初演からマーク役を演じている)をはじめ、和田泰右、大河元気、大山真志といった「テニミュ」出身の俳優が、「その次」の出演作として、高い演技力だけではなく、歌唱力、ダンスのパフォーマンス力が求められるうえ、120分間、5人がほぼ舞台に出ずっぱりというハードな演目でそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、実績を残していること。また2・5次元から劇場に通うようになった観客にとっても「その次」の作品として、つまりアイア 2.5 シアタートーキョーで上映される作品と、帝国劇場で上映されるようなグランドミュージカルやその入門編としてシアタークリエで上映される翻訳ミュージカルとの間を埋める存在として――「聖書」という物語を教養として知っているかどうかにかかわらず――おおいに支持されていることは間違いない。

 これには、原文の意味を損なわずに聖書というコンテクストになじみのない日本の観客にもわかりやすく、かつ音楽的快感も保った、北丸雄二の翻訳の力が大きい。また、初演メンバーに加え、再演を重ねるごとに追加されるチームのフレッシュなキャスティングが、作品をなんども若返らせている。

 

バンドが「臨終」するとき

『ALTAR BOYZ』が、とりわけ2・5次元ファンの「気分」にしっくりくる理由は、ボーイ・バンドというものの短命さ、その一瞬のきらめきが、2・5次元という存在の儚さとよく似ているからだろう。劇中で描かれているように、5人のアルターボーイたちは、その天啓で予言されていたとおり、多くのおっかけを獲得し、世界中でツアーできるほどの人気を得たものの、それゆえにバンド解散の危機を迎える。キリスト教の教えを広めるという大義名分のもと活動しているとはいえ、バンドである以上は商業主義のしがらみから自由になることはできず、個人として歌やダンスでその実力を世間に知らしめ、有名になったり金持ちになったりしたいという欲求(アーティスト志向と言い換えられるかもしれない)にとらわれてしまう。

 ボーイ・バンドは日本でいうところの「アイドル」に近く、汗と涙と一生懸命さが彼らをきらめかせるが、その時間は永遠ではなく、終わりはあっけないほど簡単にやってくる。「青春」の代名詞のようなものであり、それ自体が一つの物語としての強度を保ち、おおくの人を熱狂させる。

 しかし、言うまでもなく『ALTAR BOYZ』の魅力は、バンドが臨終する瞬間のせつなさではなく(それは、陳腐でごくありふれた物語だ)、おのおのの生の熱量とその多様性のほうにある。特に聖書の教えやイエスの起こした奇跡をふんだんに歌詞にちりばめた楽曲と、そのパフォーマンスにこそ、彼らの魅力が凝縮されている。メンバー紹介と見得を切るような決めポーズで強烈にキャラを印象付ける「We Are the Altar Boyz」、神と出会う瞬間の高揚をファンキーに歌い上げる「Rhythm In Me」、「黒い子羊」たるアブラハムが「みんなちがって、みんないい」と、かわいい羊のパペットを使って子供向け番組のように教える「Everybody Fits」、メキシコ出身のフアンの死生観があらわされたサルサ「La Vida Eternal」、マークの胸張り裂けんばかりのカミングアウト「Epiphany」。そして「一つの星は、星たちの連なる星座ほどに明るくはなれぬがゆえ、一つの声は、声たちの生み出す美しきハーモニーにはなれぬがゆえ」という言葉を信じてバンドであることにこだわり続けたアブラハムが歌うクライマックス「I Believe」。一度聴いたら忘れられないメロディに、観客たちの拍手とかけ声は、どんどん熱を帯びていく。

 

永遠の命

 もうひとつ、「新宿教会」で行われている「ミサ」が2・5次元と一線を画しているのは、ここではつたなさのなかにある一生懸命さではなく、演技、歌、ダンスのどれをとっても圧倒的な実力を持った役者たちのパフォーマンスの熟練、日ごとのアクシデントさえも取り込んでいくそのライヴ感が売りである点だろう。

 今年の公演をもって「Team LEGACY」という初演メンバーを中心にしたチームから、メンバーの卒業が発表された。司祭の手伝いをする無垢な「アルターボーイ」というよりは、その爬虫類系の顔立ちと無尽蔵の色気をほとばしらせるダンスパフォーマンスが悪魔的な東山義久や、メキシコなまりの英語を関西弁に置き換えたほんわかしたキャラクターとキレのいいダンスで魅了した植木豪がいなくなるは名残惜しいが、これからも「その次」の作品として2・5次元のそばに寄り添いつづけてくれることを楽しみにしたい。

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