単行本

本の神は細部に宿る

『「本をつくる」という仕事』新刊エッセイ

荻窪にある本屋Titleの店主、辻山良雄さんに、稲泉連『「本をつくる」という仕事』についてのエッセイを書いていただきました。 書店員から見たからはどのように見えるのか? 「丁寧に本を並べること」の言葉に胸がうたれます!

  Titleのような小さな本屋にも、毎朝店に行くと必ず、その日に発売になった新刊本が届いている。何年この仕事を続けても、新刊が入っている箱を開ける瞬間には「一体今日はどんな本が入ってきたのだろう」と、そのたびに新鮮な気持ちになる。入荷した本を次々と出していく中で、手に持った瞬間、心がはずむような、明らかに「良い」と思える本と稀に出合う。そうした強い印象を放つ本は、見た目が美しいことはもちろん、物としてのその本自体が、そこに書かれていることを雄弁に物語っているのが特徴だ。
  その秘密は何も特別なことではない。一冊の本を作る工程において、それに関わった人たちがその本の内容、意義を汲み取り、ふさわしい姿かたちを与えられるかにかかっている。文中で装幀家の日下潤一氏が語っている通り〈たとえお金をかけなくても、宝石みたいな本は作り手たちが必死に手間と時間をかけて工夫をすれば、造れるはずなんや〉ということだ。この『「本をつくる」という仕事』を読むと、良心的な仕事の担い手たちの言葉から、「本の神は細部に宿る」ということをすぐに思い起こした。
   著者の稲泉連氏は、ノンフィクションライター。著作に東日本大震災で被災したいくつかの書店を取材した『復興の書店』(小学館文庫)がある。稲泉氏はその本の取材を通して、「本」というものに対する見方が、変化してきたと語る。災害ですべてを失った非日常の状況に置かれたとき、「読者に本を届ける」という書店の仕事の持つ意味は、よりはっきりとする。稲泉氏は一冊の本が届けられた瞬間を見たあと、「本」にかかわって日々を生きる一人として、その一冊の本がどのようにつくられてきたのかに興味が湧いてきた。その興味に導かれ、本づくりに関わるさまざまな人々に話を聞いた記録が、この本だ。
    一冊の本が生まれるには、著者が原稿を書いて、それを出版社に渡せばそれで終わりなのではない。そこには、一枚の紙が作られ、その紙に文字を印刷し、その印刷された頁をまとめて一冊の「本」に仕上げるという、数多くの工程が必要になる。そしてその工程は通常それぞれ別の人が行っており、多くの専門的な技術を持つ人の手が入ることにより、その本は光る一冊へと磨きこまれていくのだ。
 この本で取材を受けている人は、自分が関わった本に名前が載ることもなく、一般の読者にはほとんど知られることがない人たちだ。しかしどの章を読んでも、わずかな妥協も許さず、少しでもよいものを届けたいという真摯に仕事に向き合う姿が見えてくる。例えば、一〇〇年の使用に堪える文字を、七年の歳月をかけて、十二万字以上作った大日本印刷の社員。手触りの風合いの面白さに魅せられ、活版印刷の工房をこの時代に残していこうと奮闘する印刷屋。あらゆる角度から著者の書いた原稿を読み、時には求められていないことでも指摘を行い、その本の価値を高める校閲者……。自分の行う仕事は本を作るという大きな流れの中では点かもしれないが、今いる場所で全力を尽くすという清々しさ、良心がどの人の中にもあることがわかり、本を売る立場のものとしても頼もしく感じた。
 一冊の本が自分の店に届くまでの長い物語を想像できるようになれば、入荷した本に対する本屋の気のかけ方も、自然と変わってくる。著者から読者へと続く一本の道の中で、最後に位置する本屋が出来ることは、自分が扱う本のことを少しでも知り、作り手の気持ちを汲み取るように、丁寧に本を並べることである。入ってきた本をただそのまま置くということとは違う何かがそこには潜んでおり、それはその本が発する声をそのまま読者へと伝えることでもある。その本のしかるべき読者へ道を続けるには、本の作り手も売り手も、まだまだやることがあると感じた一冊だ。

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