piece of resistance

12 おもてなし

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

「さあさあ、どうぞ、いらっしゃいませ。いえいえ、こちらこそ主人がいつも……あら、お土産なんていいのに。ごめんなさいね、いつも散財させちゃって。さ、さ、座って、座って。ご遠慮なく、今日もしっかり召しあがっていってくださいね」
 ふるまい好きの夫が月に一度、金曜の夜に三、四人の部下を家に連れてくるたび、我が家のキッチンは戦場と化す。武器は私の腕一つ。前日から仕込んでおいた料理をいかに手際よく、リズミカルに供していけるかが勝敗の分かれ目だ。

「さ、まずは軽くつまんでいただきながら、シャンパンでも。あなた、開けてちょうだい」
 前菜は一口クラッカーと、焼き野菜のバーニャカウダ。大皿に並べたクラッカーには四種類の具(ツナ、オリーブ、アンチョビ、輪切りのゆで玉子)を乗せ、皿全体にブロッコリーとプチトマトを散らして彩りを添えている。焼き野菜はナス、ズッキーニ、タマネギ、カリフラワー、エリンギの五種類。

「本当に遠慮はナシよ。もうすぐパスタも茹であがりますからね」
 パスタは定番のミートソースながらも、ロングパスタではなく、取り分けやすいペンネを用いるのが我が家風だ。ペンネとソースはそれぞれ別皿に入れて、各自で好きなだけよそってもらう。
「もてなし料理は余ってなんぼ」が口癖の夫は、高価な食材は使わなくていいから、とにかく量を出せと言う。その方針に則って、今回も人数分以上にたっぷりのパスタとソースを用意した。個々の好みに応じてパルメザンチーズを削ってまわるのは夫の役目。

「はい、おつぎは油淋鶏。温かいうちにどうぞ召しあがれ」
  夫の部下たちは食慾旺盛ながらも総じてお酒はあまり飲まず、メインの肉料理に入るころには、ウーロン茶の出番が増している。夫だけがワインやビールを飲みつづけ、ひとり高揚していくのが鬱陶しい。

「え、汁物? はいはい、今日はポロネギのホワイトシチューです。あら、お腹いっぱいなんて言わないで。まだお若いんだから」
 食事の最後に汁物を欲しがるのも夫で、どんなにボリュームのある肉料理のあとでも、スープやシチューは別腹とばかりに口をうるおしたがる。どれほどの大食漢でもこのトドメでしっかり腹は満ちるはずながら、念には念を入れ、今夜はそれにポテトフライを添えた。
 厚めの輪切りにした揚げたてのポテト。ソースはトマトケチャップとタルタルソース。
「男は肉じゃがに弱い」と巷では言われているけれど、私の経験上、男たちが本当に弱いのはトマトケチャップとタルタルソースだ。

「あらあら、もうお腹いっぱい? まだこんなに残ってるけど、無理? じゃ、いただいた果物を切りましょうか。コーヒーとお紅茶、どちらになさる?」
 たとえ料理が好評でも、美味しかったと皆が口々に褒めそやしてくれても、この宴が私にとって完全なる負け戦であるのは、客人たちが去ったあとの残飯を見るに一目瞭然だ。
 とうてい食べきれない量を作っているのだから、余るのは必須。それでも、皿の上に雑然と置き残された料理の数々を見るたびに、空っぽの冷蔵庫さながらに胸が冷え冷えしていくのを禁じえない。
 その虚しさが私を翌日の弔い合戦に駆り立てる。

 お客を迎えた翌日の土曜日は、たいがい、夫と二人で遅めの朝食兼昼食をとる。
このリサイクル・ブランチ(もしくは、リベンジ・ブランチ)こそ、主婦としての真なる腕の見せどころだ。
○前夜に余った油淋鶏に余ったタルタルソースをかけた、チキン南蛮風。
○前夜に余ったホワイトシチュー。
○前夜に余ったブロッコリーとトマトのサラダ。
 既視感あふれるおかずながらも、「余ってなんぼ」を標榜する張本人である夫は、二日酔いのけだるさを全身にまといつつ、涙目で黙々と皿のノルマをこなしていく。余った料理が夫の胃袋に収まっていくのは、もてなし料理が客人たちのそれに収まっていく以上に、なんとも胸のすくものがある。

 リサイクル料理はその夜も続く。
○余ったクラッカーの具をすべて生野菜に乗せたニース風サラダ。
○余った焼き野菜にミートソースを絡めて焼いたムサカ風。
○余ったペンネとポテトフライに余ったホワイトシチューをかけ、パルメザンチーズをラビットしてオーブンで焼いたペンネポテトグラタン。
「いやはや」
 ものも言わずに箸を運んでいた夫は、食後、余ったクラッカーを砕いて作ったミルフィーユ風デザートが登場するに至り、白旗でも揚げるようにティッシュの箱からシュッと一枚を抜きとり、こめかみに光る汗に当てた。
「なんというか、君も、なかなかのもんだな」 
 

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