冷やかな頭と熱した舌

第17回 
さわや、新店出すってよ 【後編】
―出版社へのお願い

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

今回はタイトルにあるように5月にオープンが決まった新規店について、後編は、出版社の編集との会合で発表した新店のコンセプトについて。
 

◆さわや書店ホームページ http://books-sawaya.co.jp/
◆さわや書店フェザン店ツイッター 
https://twitter.com/SAWAYA_fezan

 

■新店名は「さわや書店ガラパゴス店(仮)」

 2日目の朝、遅く動き出した僕らは昨日の酔いを引きずりながら神楽坂へと向かう。目的地は新潮社および、その隣にある「la kagu」という店舗兼イベントスペースの視察。以前、東北の営業を担当していたO田さんと、現担当M村さんにお話を伺う。昼食時だったので新潮社本館地下の社員食堂に招待していただいた。メニューは日替わりの一品のみ。訪れた日はチャーハンと煮込みラーメンのセットだった。とても優しく家庭的な味が前夜の疲れを癒す。社員食堂では、厨房で働いているコックさんと給仕のおばちゃんがすべての権力を握っているのか、空間内では天下の新潮社社員に被支配者感が漂っている気がして、なんかおかしかった。
 事前にゲラで読ませてもらった相場英雄さんの『不発弾』感想や、2月に出る某大型新刊の配本でO田さんが忙殺されている話など、情報交換をしながらの有意義なランチ。ごちそうさまでした。

「la kagu」の雰囲気と規模感を田口店長と共有したあとに向かった、地方の出版物を広く引き受けるK上さんとの初対面の席で、とても意外な言葉をいただいた。
「荷開けして、検品して、品出しもする。そのうえレジに立って、お客様の問い合わせにも対応し、返品を作って、発注もして、アルバイトの管理をして、売り上げ予測して、閉店作業まで。こんな一連の作業を日々こなしている書店員って、個人経営の書店を抜かしたら、ちくさ正文館のF田さんか、おたくら二人ぐらいだよ」
 同席したポルタマジカでとてもお世話になっているH田さんの言によると僕らは「天然記念物」「絶滅危惧種」となるらしい。

フェザン店のにぎやかな店内。これを従業員一丸となって切り盛りしている

 正直、それを聴いてとても変な感じがした。ラグビーをやっていたという理由だけで、伊藤清彦、元さわや書店店長に採用された僕である。先の雑務を含めた日々の業務は、自分のなかで有機的なつながりを持っている。書店の現場で社員が減っているのは知っていたが、それに比して業務はかなり分業化が進んでいるという。他店の事情はあまり分からないから、僕らの働き方を普通のことだと思っていた。指摘されるまで疑問にも思っていなかったけれど、いつの間にかガラパゴス諸島になっていたらしい。それを聴いて内心、この連載のネタとして「さわや書店フェザン店のある一日」という回もありかもしれないと思ったのと同時に、新店の名称を「さわや書店 ガラパゴス店(仮)」にしたらいいんじゃないだろうかと思いつく。
 日本でガラパゴスというと否定的なイメージで使われるが、独自の生態系を保ったためにコロンブスに発見され、小さな島が全世界から注目されるに至った。だから、きっと歩んできたこの道は間違っていないだろう。仮に立ち行かなくなって滅びたとしても、他に与える影響は少なくてすむだろうし。わはは。

■出版社への大事なお願い

 その日の夜。出版社の編集の方々に神保町で「さわや書店を囲む会」を催してもらった。
 2日間、田口店長と過ごして、互いに意見を出し合いながら確認したことがある。それらを形にするために、どうしても彼ら編集者にお願いしなければならないことを会の冒頭で伝える。それは新店に「イベントスペース」を設けることと、それを出版社に最大限に「活用」してもらうことである。

 大学を東京で過ごした僕が、地方に帰ってきて痛感したことは「体験の格差」である。前回の「人口」の話と密にかかわってくるが、情報の量は人口の多い首都圏に集まることは言わずもがなだ。昨今、SNSの普及によって日本全国で情報の取得に関してはだいぶ均一になってはきたが、それ以外の手段で効率を優先して考えると「マス=大きなかたまり」である首都圏に多く集中することは変わらない。受け取る情報を「」に譬えると、「熱」が冷めないうちに消費行動や精神的充足感を満たすための行動に移ってもらわなくてはならない。物理的な距離があれば熱は冷める。熱が集まっていれば互いの熱量で冷めにくくなる。集客や利益ベースから鑑みると、どうしても「熱」は首都圏を中心に投下される。いわゆる最大多数の最大幸福という考え方だ。だが、首都圏に住む人間がそれらを享受する反面、地方に住む人々が「熱」によって温まることはまれだ。「ホンモノ」に触れる機会を著しく損なっているといってよい。この繰り返しに一石を投じることはできないかと、ずっと以前から考えていた。

■新店のコンセプト

 昨年『下り坂をそろそろと下る』(平田オリザ・講談社現代新書)を読んで、そのくすぶっていた思考に光が与えられた気がして、すぐに田口店長にも読んでもらっていた。

『下り坂をそろそろと下る』平田オリザ著

 この本の中で平田オリザさんは、兵庫県の城崎に「城崎国際アートセンター」を立ち上げた際の取り組みのことを書いている。元からあった「大会議館」を改修し、宿泊、滞在型の施設として生まれ変わらせたのだ。誘致の結果、世界中から芸術に取り組む「ホンモノ」が集う合宿施設となり、現在も好評稼働中であるらしい。
 僕たちが目指すべき本屋のカタチを具現化したような事例だと感じ入った。そうなのだ。「」が伝えられることを待っていてばかりでは、身体は冷えゆくばかりなのだ。では、どうすればよいか。答えは簡単である。

 自分が動けばいい。「熱」を生み出せばいい。

 自ら「熱」を発するために、僕らで動こうと決めた。盛岡に「ホンモノ」を持ってきて、わざわざ首都圏に行かなくても「熱」に触れる機会を演出し、出会いを取り持つことを僕らが新店に与えるコンセプトとしよう。田口店長と話し合ったそれらのことを、いま新店で実現するためには、各版元の協力をいただくことが必要不可欠かつ最重要であるとの結論を得て、僕らはその思いを真剣に伝えた。店内にイベントスペースを作ったはいいが、継続的に魅力的なイベントを催せなければ「仏つくって魂入れず」となってしまう。熱量を生み出すためには、エネルギーを補給し続けることが必要不可欠である。

 ここに集まった彼ら編集者がもつエネルギーには、すさまじいものがあった。作家の今野敏さんの前で漫才を披露してダダ滑りしたという若手編集者2人は、次回リベンジするために新ネタをつくり精度を磨いていると話していた。それが何を生み出すかは分からない。もしかしたら何も生み出さないかもしれない。けれど、そこに傾けた情熱は知らず彼らのうちに火を灯し、今野敏さんや他の誰かにとっての種火となるかも知れない。実際、僕の心は彼らの話を聴いて少し焦げていた。
 作家とともに一から物語世界を生みだす編集者と、思いを一にして描く未来とは、出版界の、本の、小説の、作家の、ひいては本屋の復権である。熱く語り合いながら神保町の夜は更けていった。

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