山崎ナオコーラ×穂村弘

『男友だちを作ろう』刊行記念対談 前編

<言葉の渦巻き>

山崎 今日は台風の中、お集まりくださいまして、ありがとうございます。雨が降っていたので、ぜんぜん人がいないんじゃないかと心配していました。山崎ナオコーラです。よろしくお願いします。
穂村 こんばんは、穂村弘です。ナオコーラさん、バックヤードで「お客さんいないんじゃないか」「お客さんの気配がない」って心配されてましたね。でも、こうしてたくさんのお客さんが。ホッとしましたね。今日はよろしくお願いします。
山崎 では、まずは季節の話からしましょうか。
穂村 いいですよ。
山崎 最近、台風が来たっていうことで……どうですか?
穂村 (笑)。じつは今日になるまで気付きませんでした。外に出たら、なんか風の感じが違うなって思って。
山崎 風とか感じるんですか?
穂村 それが感じない方で……すごく鈍いですね。どうもノーマルな風じゃないようだ、そういえば毎年夏に来るものがあったな……で、「あ、台風」と。ここに来る途中で気付きました。
山崎 「窓を開けることに気付かなかった」とか、そういうことをよくエッセイに書かれてますよね。
穂村 ちょっとした努力で環境を快適にする、みたいなのがすごく下手で。例えばお風呂入る前にクーラーをつけておくとか、そういう手順が踏めない。
山崎 衣替えがいつも1日遅れる、っていうのもありましたよね。
穂村 半袖の人を見てから、「半袖OKになったんだ」って気付くんです。それまでは半袖のことを忘れている。でも、(自身のシャツを示し)今日は大丈夫です(笑)。
山崎 風を感じるってことを聞いて、穂村さんも人間なんだなーって(笑)。
穂村 パーセンテージは低いけどね(笑)。あと、年々高くなりますね。
山崎 ん? 「高くなる」というのは、人間度のことですか?
穂村 そう。最近、木を見てキレイだなって思うことがあって、我ながらすごく人間になってきたなと。でも心配でもあるんです、物が書けなくなるんじゃないかって。
山崎 それに近いことを以前にもおっしゃってましたよね。私が穂村さんと最初にお会いしたのは、まだわりと駆け出しの頃で、文芸誌上の対談でした。もうガチガチに緊張しながらお話ししたんですけど、その時、私は30歳になる前だったこともあり、「歳を取るに従って、今ある『言葉の渦巻き』みたいなものがどんどんなくなっていくんじゃないか、そんな不安があります」というようなことを言ったんです。そしたら穂村さん、あっさり「なくなります」って。
穂村 なくなると思います、僕以外の人を見ていてもそうですし。もともと大渦巻きの人も中渦巻きになる。でもそれで、大渦巻きの時には見えなかった木の美しさに気付いたりする。あと、旅行先で「名物食べなきゃ」って思うようになったりね。俺もヤキが回ったなぁって(笑)。昔はそんなことに気が回らなかった。僕、札幌の大学に行ってたんだけど、みんなは普通にラーメンとかカニとか食べるわけ。でも僕は食べない。今にして思うと、ラーメンのラの字も頭に浮かばなかった当時の自分はエラかったなと(笑)。今じゃ行く前から「北海道だからラーメンにカニに……」って考えちゃう。でも考えちゃうものはしょうがないよね。ナオコーラさんは僕みたいに歳取ってないから、まだぐるぐるしてるのが伝わってきますけど。

<男友だちのチャンピンが伴侶、ではない?>

山崎 でも最近、歳をとっていくことが、だんだん面白くはなってきました。
穂村 どういうところが?
山崎 今日の話にも繋がってくるかと思うんですが、日本は医療が発達して、社会も発達して、今、超高齢社会になっているじゃないですか? ……それに対してはどう思われますか?
穂村 ん(笑)? あのー、これはさっき担当の編集者の方が言ってたのをちらっと聞いたから答えられるんだけど、関係性のバリエーションが増えましたよね。つい最近まで、女性が夫の他に男友だちを欲しがるなんて、ふしだらでとんでもないことだった。今の話で、ナオコーラさんが「男友だち」と「長生きする時代」っていうのを結び付けたのが僕には面白くて。なぜ男友だちが許されなかったかというと、おそらく、まず繁殖が第一義だからですよね。順番で言うと、とにかく子供を作って育てるのが第一。そこには、早く死ぬからそうせざるを得なかったというのがあると思います。でも今、女性の平均寿命は90歳近いでしょ。ということは、40歳の地点から50年あることになる。これはやっぱり繁殖だけではもちませんよね。その50年を何に割くかという時に、対人関係的に言うと、一つに「異性の友達」というのがあるのかもしれませんね。イラスト
山崎 見事に話を繋げていただき、ありがとうございます。今日お話ししたかったのは、まずそのことなんです。65歳以上の人が全人口に占める割合が21パーセントを超えると超高齢社会って呼ばれるわけですが、日本人は寿命がどんどん延びていて、今、世界において唯一の超高齢社会になっている。そして、そのことが語られる文脈って「それを下の世代の人たちが支えられないのではないか」だけなんですよね。でも私としては、それだけ人生が延びるってことは、さまざまな人間関係を自由に作れる時間が増えるってことだと思うんです。
穂村 さまざまな人間関係ね。前に競馬場みたいなところに行ったら、年齢差が50くらいありそうな、友だち同士とおぼしきおじいさんと青年の2人組を見たんです。で、おじいさんの方が青年のことを「アニキ」って呼ぶのね。なんか小説みたいだなって(笑)。なぜ青年の方がアニキなのか、聞きたくなっちゃいますよね。もちろん直接は訊けないけど。でもその時、自分はこういうことできないだろうなーって思ったんです。それが自然にできる空気感を持っている人とそうじゃない人とがいると思う。同様に異性の友だちなんかも、できやすい人とそうじゃない人とがいるような気がします。ナオコーラさんは、男の友だちってけっこういるんですか?
山崎 同年代の人に比べて多い方だと思います。そして、それは大学時代の交友関係がきっかけなんです。高校時代までは、いわゆる「喋らない女の子」だったので、友だちが1人もいませんでした。それで図書館に行っては対人恐怖に関する本とかを読み漁り、自分の人づきあいの悪さや、人見知りな性格について考え、そうした十字架を背負ったまま人生を歩むのは苦しいな……なんて思っていました。でも、大学に入ったら急に友だちが増えたんですね。1人できたら、それこそあとは芋蔓式に。で、「あ、こんなに面白いものなんだ!」って。それがあってから、これで自分も社会でやっていけるなって思ったんです。これがもし50年前だったら、そういうことがあっても、最終目標は繁殖だから、「その中から結婚相手を探すんですよ」というようにしか捉えられなかったと思うんです。でも今は30歳以降の結婚が普通になった。つまり20歳からの10年間が、結婚相手を探すためだけの時間ではなくなった。仕事仲間とか、同僚とか、それ以外の関係もたくさんできましたよね。私、じつは最近生涯の伴侶を見つけたんですけど、とはいえ「この人と会うためにこれまで生きてきた」とかまったく思わないんです。だから、10代の頃の自分がなんとなく「目指すべき」と思っていた人生の目標とは違ってきてるんだな、っていうのは感じてます。超高齢社会になってきたのと同時に結婚年齢も上がっている、そのことによって男友だちが増えたって認識です。
穂村 ナオコーラさんにとって、男友だちの中のチャンピンが伴侶じゃないわけ? ボクシングのようにチャンピオンがいて、1位がいて、2位がいて、3位がいて……みたいな。そうじゃなくて、男友だちは「男友だち」という枠の中の存在で、それとは全然別に、彗星のように伴侶が現れる、と?
山崎 男友だちのチャンピオンが伴侶って、すごいですね(笑)。

穂村 5%彼氏、10%彼氏、15%彼氏……って、その濃度が上がっていって80%を超えると本当の彼氏になる、みたいな。それともそういう量的なものではなく、最初から質が全然違っていて、男友だちは最初から未来永劫「男友だち」として固定されている存在なの?
山崎 固定はされてないと思うんですけど、私は男友だちのチャンピオンが生涯の伴侶っていう感じはしなくて。私個人のこととして考えると、いわゆる自分がモテ系じゃないということも大きいと思うんですけど。じっさい、モテる女の人とか男の人の方が異性の友だち作るの難しいんじゃないでしょうか。それは「選ぶ」といった感覚があるからだと思うんですけど、私の場合は「この人がいい」とか選んだりすることがこの32年間生きてきた中で全然なかった。だから、伴侶を「選んだ」という感覚はないですね。
穂村 じゃあ恋人に関しては、もっと運命的なというか、人間の努力とはかけ離れた出会いだっていうこと?
山崎 いや、単に親密感だと思うんですが。
穂村 でも男友だちにも親密感はあるわけじゃない?
山崎 私が大学の時に異性の友達がバーンと増えたのは、「恋愛しなくていいんだ」と思えたからだと思うんです。それまでは、社会の風潮として、「恋愛しろ」「恋愛できない人は何かが欠けている」みたいなことを、何となく言われているような気がしていました。でも、恋愛なしでも異性と関係は作れるし、作っていい。そのことに気付いた途端、男友だちが増え始めたんですね。
穂村 なるほど。
山崎 あ、それで思い出したんですが、去年大学で現代日本文学の授業を受け持っていた時に、学生さんたちにアンケートをとったんです。そしたら、その中に「恋愛小説が苦手」っていう回答が結構たくさんあって。その理由というのが、「恋愛しろ」って言われている気がする、主人公と比べて恋愛できていない自分がみじめに思える、というものだったんです。私も若い時に思っていたので分かるんですが、でも、「恋愛をしない=異性と関わらない」って考えちゃうのは、やはりもったいないことだと思いますね。

<女友だちを作ろう?>

穂村 僕がこの『男友だちを作ろう』を読んでまず思ったのは、すごくよい人を選んでいるなって。この中の何人かとは僕もお会いしたことありますけど、みんなステキな人ばかりですよね。写真家の石川直樹さんなんか、初めてお会いした時「これはモテるだろー!」って思いましたもの(笑)。今、僕は仕事で石川さんには定期的に会うんだけど、僕を含めて周りは彼より年上の人たちばかりなの。で、みんなに「運動得意そうだね」とか言われたりしてるんだけど、それに対して「どこまでも走ります」みたいな返事をするんだよね。これはモテる人の答え方だなって(笑)。もちろん彼は運動が得意などころか、エベレストに登っちゃったりする人なわけだけど。
山崎 それ、たぶん計算じゃないですか(笑)?
穂村 えー! そう? 僕の中では、明治維新の時に生まれても現代に生まれても活躍できる、肝の据わった好青年というイメージ。あと中原昌也さんも一度だけお会いしたことありますけど、もう本当に天使みたいな人ですよね。
山崎 どのあたりが(笑)?
穂村 この本の中で、ナオコーラさんが「中原さんって、基本的に優しいですよね」って言ったら、中原さんは「オレは優しいですよ」って答えてますよね。あと、

「中原さんって、温かいですよね」

「温かいですよ。でも周りで起こることが、残酷で無慈悲だからしょうがないですよ」
「そうですか」
「オレは人をおとしめようとか、全然思わない。どんなに嫌いな人でも、勝手に生きていればって感じしかない。オレは優しいですよ」

ってやりとりがありますけど、これとかもう天使みたいじゃないですか! こんなこと、普通の人は言いませんよ。だから、狙いすましたようにいいところにアクセスしてるなって、登場する方たちの名前を見て思いました。
山崎 なんかうまい具合に本の話を織り込んでくださって、ありがとうございます(笑)。
穂村 あと印象深かったのが、長嶋康郎さん。ナオコーラさんと共通の友人に小説家の長嶋有さんがいるんですが、そのお父さんです。ナオコーラさんからしたらすごく年上の人ですよね。僕は友だちのお父さんとして知り合ったんですけど、最初にお目にかかったのは長嶋有さんの結婚式でした。その時、康郎さんが小さいムービーカメラを持っていて、結婚式の様子を撮ってるんだけど、ふと気付いたら、教会の窓からザーザー降りの庭を撮ってるんです。それを見て、ステキなお父さんだなと思って。普通、息子とかウェディングドレスとかケーキとか、あるいは祝福する友人たちなんかを撮るものじゃないですか。もちろん、そういうのも撮ってたとは思いますけど。イラスト
山崎 ヤスローさんはステキですよね。
穂村 この人選は、ナオコーラさんが友だちになりたい人を選んでリクエストしたんでしょ?
山崎 じつはそうでもないんですよ、確かに初回の会田誠さんは会いたい人でしたけど。石川直樹さんは私のセレクトじゃなくて編集者さんが勝手に……(笑)。なんか別件で石川さんに会った編集者さんがホレてしまったみたいで。あ、石川さんって、男の人にホレられやすい方なのかもしれないですね。
穂村 このセレクションを見て、やはり男女には非対称性があると思ったの。例えば男である僕が「女友だちを作ろう」って企画をやりたいって言って、石川さんや中原さんに当たる女性クリエイターたちに順番で会っていくってことになったら……ちょっと微妙な感じになるでしょ(笑)?
山崎 確かに(笑)。
穂村 なんか純真な気持ちでは読めなさそうですし、まず自分がいかに純真かをアピールしないとちょっと成立しませんよね。「女友だちを作ろう」ってタイトルを聞いただけでも、「まず安心させておいて、それから……」みたいなイヤラシイ感じがしちゃうと思うんです(笑)。だからすごく性差があるなって。
山崎 言われてみて、確かにそうだと思いました。ちょっと、女であることに甘えて本を作ってしまいました。
穂村 そういうんじゃないと思うけど(笑)。でも、自分がやるとして、例えば「恋人を作ろう」ってタイトルだったとしたら、下心が最初から表に出るから、むしろ怪しい感じはなくなるかもね。
山崎 今のお話を聞いて、男の人が「女友だちを作ろう」って言っても、「あー、そうなんだ」ってなるような社会をこれから作っていきたいと思いました。
穂村 邪念で言ってるんじゃないんだ、みたいなね。
山崎 「だって友だち大事だもん!」って空気が生まれるような。 

<恋愛はメーター式、か?>

穂村 さっきの話に戻るようだけど、自分の実感としては、男性の方は友情と恋愛がスイッチ式に切り替わるんじゃなくて、メーター式になっていると思うんですよ。
山崎 え、メーター式って何ですか?
穂村 つまりオン/オフじゃなくて、5%、10%、20%って上がっていって、そこでちょっと落ちてまた10%、みたいに刻々と変化する。
山崎 それ、ちょっとショックなんですけど……。
穂村 例えば同じ人と喋っていても、そのメーターが常に変化していて、あるところを超えて推移する日が2ヶ月くらい続くと、「あれ? なんか俺、あの人のこと……」ってなる。
山崎 ええー!
穂村 そうじゃないの? 僕はそうだし、少なくとも男性はみんなそうだと思うけど。
山崎 それはショックですね……。
穂村 どういう意味でショック?
山崎 なんか、そんなメーターを見てるんだ……って。
穂村 それはわりと常識で、ナオコーラさん以外の女の人は、男はそういうものだと承知しているんだと思ってました。
山崎 みんな知らないと思います。みんなもっとフラットな関係に理想を抱いていて……。
穂村 でも、ゼロの人とは友だちにもならないと思うんだけど。
山崎 そのパーセントはあってもいいと思うんですけど、それをいちいちチェックしない方がいいのではないでしょうか。
穂村 いや、チェックって言ってもね、別に蓋開けてメーター見てるわけじゃないよ(笑)。 なんか感じるんだよ、ドキっとしたりした時にいやおうなく。で、なんで今ドキっとしたんだろう?って。あと、友だちを車で送る時、無意識のうちに送る順番に邪念が生じたりとか(笑)。そういう時、「あれ? 俺今フラットじゃないな」って分かるわけ。普通のことだと思ってたけど、ナオコーラさんにとっては、そんなのは「えー!」なんだね。
山崎 そういうメーターとかは気にしたくないですね。あと、文化に性差はないと思ってます。
穂村 いや、大きくはそうかもしれないけど、現実的に言うとどうなるんですか?
山崎 昨日、今売れている『ちはやふる』っていう百人一首をテーマにした少女漫画を一気読みしまして。少女漫画なので一応恋愛が軸にあるっぽいんですけど、シーンとしてはほぼ出てこないんですね。で、百人一首の部活を作るんですが、その部における「チーム」というものが物語の一番の動因になっているんです。主人公の女の子は16歳なんですけど、まだ恋愛というものがよく分かっていない感じで、それよりは「あたしたちチームだから」「チームっていうのは……」みたいなことをずっとやっている。その主人公はどちらかというとスポーティな、言い方は良くないですけどボーイッシュな感じの子で、歌を音で判断してるんです。「感じがいい」って言葉がよく出てくるんですけど、要は「耳がいい」ってことみたいで。例えば「ふくからに~」っていう出だしだと、「ふ」って音が発せられる前のF音でも手が動く。あと、2文字で分かるものなんかも、次の文字を暗示させる1文字目っていうのがあるみたいで、最初の1文字を聞いただけで分かってしまう。主人公はそういうことのできる子なんですね。一方、同じ部活のサブキャラの子は「歌は意味だ」って言っていて、音で聞いていない。歌の背景、意味、詠み方を重視する。試合会場に行くとすごい熱気で、まるで運動部のようなんですけど、その子は小柄で胸が大きいから俊敏ではない。でも「ここは文化部だから、体格とか性差とかは関係なくやれる」というようなことを言うシーンがあって、すごくグッときました。

穂村 僕は普段短歌をやっていますけど、短歌って、ものすごく女性が強いジャンルなんです。一番有名なのも与謝野晶子と俵万智だったり。でも、近いところで俳句がありますが、そっちはそうでもないんで不思議なんですけど。いずれにしても、他の表現ジャンルとはちょっと違った感じがしていて。で、ある一つのミッションとか目的に向かう、性差を超越した関係性が素晴らしいという感覚は僕にもあります。でも、社会的にはバイアスがすごく強くて、何か特殊な状況を設定しないとそこから自由になれない。カルタなどはそうした性差があまり機能しないジャンルだから、それが可能になるわけですよね。あるいは、じっさいには能力差がすごくあるはずの、例えば殴り合いみたいなことも、あるゲームや漫画の中では男女差がないことになっていたりする。何の説明もなくそういう設定になっているから不思議なんだけど、その世界においてはできるんだっていうね。そうしたフラットな感じの面白さっていうのはありますし、憧れも抱いています。でも、現実の世界で自分がそういう感覚に純度高く参入できるっていう感じはあまりしないですね。

山崎 そうですか。
穂村 でも個人差がすごくあって、同性とか異性とかあまり意識しないで人と接しているように見える人もいますよね。あとはその人の発しているオーラとかによるところもあるでしょうし。あ、そういえば昔、コム・デ・ギャルソンを着ていると痴漢に遭わないって話がありましたね(笑)。着ることによって何かを遮断し且つ何かを増幅することで、痴漢が近づけなくなるっていう。あと女性でも主体性を常に重視していて、そのことが明らかな人っていますよね。ナオコーラさんもそうですし、例えば僕の知り合いだと、小説家の川上未映子さんとか。あの人、よく「なんで?」「それはどうして?」とか聞いてくるんだけど、彼女の主体性ゆえにそれは文字通りの意味だと分かる。僕は多くの時、そうした言葉を文字通りの意味に感じないんです。
山崎 普段はどうなんですか?
穂村 メタ・メッセージみたいなものを読み取ってしまうんです。先月、この同じ場所で小説家の西加奈子さんと対談したんですけど、「しょうもな!」「ダサ!」「ボケ!」とか連発されるんです。それを文字通りに受け止めていたら「なにー!」ってなるじゃないですか(笑)。だけどそうならず、逆にデレデレーってなってしまうのは、僕がそれを字義通りに受け止めない回路に向けて、彼女がうまく言葉を投げてきているからだと思うんです。でも、同じ人の同じ言葉であっても、「あ、これはなんか文字通りだぞ」と感じる瞬間があって、そうするとそれまで上下していたメーターが急にゼロを指して……。
山崎 ……(笑)。
穂村 どうなんだろ、いつもゼロにしとけ、みたいな話なんですかね?
山崎 私は本当にそのメーターというのがイヤで……。
穂村 うーん、伝わらないかなー。じゃあ女の人にはそういう推移はないの? いつもフラット?
山崎 推移がないかどうかは分からないですけども、私が考えているのは、今の社会は高度になってきているので、あとに残したいと思われているのは子供だけじゃないんじゃないかなって。文化を残したいって欲望があるじゃないですか? 昔の社会だったら、子供という生物自体を残せれば成功っていうのがあったかもしれないけど、これからはそれだけではなくて、文化とか雰囲気を後世に残したいって欲求がより強まっていくと思うんです。私は、男女の関係を恋愛に限定せず、男性といっぱい話し、一緒に文化を、雰囲気を、ひいては時代を作っていきたいと思うから、別に恋愛力がなくてもいい。でも、それはいわゆる草食系みたいなこととも違い、強い欲望を持って生きることなんです。(2011.07.19)

本文イラスト:のりたけ  編集協力:辻本力

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