稽古とプラリネ

オンナの友情って何だろう?【後編】

伊藤朱里『稽古とプラリネ』刊行記念対談

太宰治賞受賞のデビュー作『名前も呼べない』で注目を集めた伊藤朱里さんの待望の第二作『稽古とプラリネ』が刊行されるのを記念して、同書に帯コメントを寄せていただいた加藤千恵さんと伊藤さんの特別対談を公開します。作品についての話が主だった前編に続き、お互いの友情観から世界へのアプローチの仕方まで話が広がった後編をお送りします。

お局様と年齢

加藤 『稽古とプラリネ』には同世代以外の女の人との人間関係も出てくるけど、お局様的なライターの先輩のエピソードは本当に嫌だなって思った。「嫌だ」ってなんかバカみたいな感想だけど(笑)
伊藤 嫌ですよね。でも自分も着々と齢を重ねていくにあたって、お局様になる可能性がないわけじゃないと思ったんです。アルバイトとか就職の経験のなかで、後輩が入ってきたときに「何でこんなこともできないのかな」とか「私の時はこうだったけど、この子にとってこれは常識じゃないんだ」みたいなことが全くなかったわけじゃないので。
加藤 そうだよね、みんな先輩側にもなりうるもんね。
伊藤 「こんなに頑張ってるのに認めてくれないの?」とか「若い人ばかりチヤホヤされて!」っていう道に乗る可能性ってないわけじゃないので。「こういう人って本当に嫌だよね、撲滅すればいいのに」っていう気持ちだけで終わらせたら嘘だなと思ったので、その先輩ライターの章のラストシーンはすごく考えました。もしかしたら今回で一番考えたかもしれないです。
加藤 そうだね、ちゃんと事情があってそういう態度を取っているっていうのが、細かい説明が書かれていなくてもわかるようになってる。
伊藤 多分、私が先輩のライターの立場だったら、南みたいな子は嫌いだと思うんです。言いたいこと言っても年下だからなんとなく許されて、可愛がられて、自分が親切にしてあげても不義理な感じで。
加藤 年齢についても、ちょうど20代後半から30代になるところで、仕事においてのスタンスが変わるってあるだろうなと思った。仕事とはまた違うけど、私は自分が一番年下って場面が多かったのがいまどんどん変わってきていて。自分自身はそんなに変わっていないけど、求められるものは変わってくるから。そういうことが書かれていてリアルだなと思った。
伊藤 小説を書くならこれくらいできなくちゃとか、いい大人がこういう言動はいけないんじゃないかみたいなことを考えながら書いていた時って、本当に不自由で辛かったので、今回は等身大の自分の実感として年齢との付き合い方を書こうと思って、それが南の29歳でした。私、29歳のときに「おいくつですか?」って聞かれたときは「あと何か月で30歳です」って答えてたんです。
加藤 29歳とは言わずに。
伊藤 私の友達も30歳になったときにホッとして、31歳になったときには「あ、これからこんな薄めの感慨とともに年を取っていくのか」と思ったって言っていて。一番「年齢がなぁ」って感じるのって29歳かもしれない。

『稽古とプラリネ』のきっかけ

加藤 それぞれの登場人物にモデルっていたりする?
伊藤 モデルというわけじゃないんですが、愛莉には明確に「この人のために書きたい」と思った相手がいます。今作も彼女の一言がきっかけで書きだしたような感じでした。
加藤 え、すごいね。
伊藤 私、デビューしてから結構長い間「私は多分ひとりで死ぬ」って思いながら覚悟を固めてたんですよ。一年くらいかけて。
加藤 デビュー直後とは思えないね。もっと浮かれなよ(笑)
伊藤 最終選考に残った時は超浮かれたんですけど、受賞して「ああ決まった……」って帰った瞬間には「さあこれからどうやって生きていこうか」って考えてました。
加藤 ぜんぜん浮かれてない(笑)
伊藤 小説を書くことを大事にしたいなぁと思っていて。結構、自分がいろんなこといい加減な人間だから、小説を書くことだけはちゃんとやろうって。
加藤 へー、意外。いい加減に見えないし、むしろまじめそう。
伊藤 新人賞を取りたい、作家になりたいと思ったのも、小説を書き続けたいなら自分の場合、職業にするのが一番いいだろうと考えたからだったので。
加藤 「小説家になりたい」ではなく「小説を書きたい」なんだね。
伊藤 そうなんです。ただデビュー直後、周りの反応にちょっとナーバスになった時期があって。
加藤 「小説書けるなんてすごいね!」みたいな反応?
伊藤 それくらいだったら「いやー」って言えるんですけど、小説の内容や登場人物について邪推されたり、あまりに見世物じみた扱いをされると……ただ、賞に応募することも周囲と距離を置くことも決めたのは自分なので、しかたない、責任とって孤独に生きようと。そんな時期に、私の親友の結婚が決まって、その子が冗談で「朱里のデビュー作、引き出物にしようかな」って言ったんですよ。あれは不倫と離婚と家庭崩壊の話だから……。
加藤 そうだね、引き出物にはふさわしくないね(笑)。素晴らしい小説だけど。
伊藤 「絶対ダメだよ!」ってなって。その流れで「読んでないんかい!」って突っ込んだんですよ。そしたら「すごく読みたいけど読んでないよ」って言われて。「何で?」って聞いたら「だって、何を書いても絶対こいつにだけは読まれないっていう相手がいたほうが、朱里は伸び伸び書けるでしょ」って言われたんです。作家じゃない人がそこまで想像するのってすごく難しいじゃないですか。友達がデビューしたっていうだけじゃなくて、この子はこういう性格で、こういうことに傷つくだろうから、自分に何ができるかな、嬉しいけど読まないでおこうって決めるのって。
加藤 普通は読みたいもんね。
伊藤 本当に難しいことを私のためにやってくれて、どうしたら私を傷つけずに応援してるって示せるのかちゃんと考えてくれたんだなって。ただ、こういう尊さって本人が決して主張しない分、すごくないがしろにされがちだろうなと思ったときに、もしかしたら私の書くべきものってこれなんじゃないかって。
加藤 まりちーの話にも通じるし、愛莉の話にも通じるところだよね。
伊藤 ただ、けっきょく「書きたい」というのは自分のエゴなので、執筆前に本人に相談しました。もしかしたらあなたがいろいろ邪推を受けるかもしれないから嫌ならやめる、と伝えたら「もっと小説のネタになるような喧嘩とかしとけばよかったね」って。この先私自身がどうなっても、この子にはずっと自分より幸せでいてほしいって思いました。
加藤 お互いにそう思っているんだろうね。
伊藤 デビュー作が色んな人に受け入れられようとして、結果狭く考えていた部分もあったので、今回はそういう尊いものに訴えかけるように全力で直球を投げ込んでみてどこまでできるか、目指すところを指さして書くみたいなかたちでやってみました。
加藤 本当にデビュー作とはまるで違う書き方だよね。
伊藤 到達点はそんなに変わらないんですけど、真逆の方法でやってみた。自分のイメージとしてはそんな感じですね。
加藤 デビュー作読んだときに、すでに何冊も本を出しているような人の新刊って気がして「えっ、デビュー作なの?」って思うところがあって。今回『稽古とプラリネ』を読んで、改めていろんなアプローチや幅の広さを持ってるんだなって思った。

人間関係の信頼と怠慢

伊藤 実は加藤さんに気に入っていただけるか自信がなかったんです。
加藤 なんでなんで?
伊藤 加藤さんって、こんな言い方嫌かもしれないですけど、すごい交友関係広い方だなって思って。
加藤 いやいや、そんな(笑)
伊藤 色んな人と自然と仲良くできていて、友達っていう概念のとらえ方が私とは違うんじゃないかと。
加藤 どうなんだろう、みんなの概念も自分の概念もわからないけど。
伊藤 人生ってハレの日とケの日があるじゃないですか? 私にとって友達って割とハレの日の存在で「盆・暮れ・正月・友達」っていう感じで(笑)「友達とごはん食べに行く、よーし! 新しい服着るぞ!」みたいな。
加藤 張り切って(笑)
伊藤 けっこう狭い友情観で、人との距離の取り方が本当にわからない人間なんで……。友達も多くないし、仲良くなりたいって思った人とも素直に仲良くなれないし、踏み込んで失敗して「もうやめよう」ってなったり。
加藤 私もそんな失敗ばかりだよ。言っていいことと悪いことがわからなくなることがあって、周りが凍り付いちゃうことがあったり。だからぜんぜん上手じゃないと思うよ。
伊藤 オカヤイヅミさんの『おあとがよろしいようで』の中で加藤さんのことを「世界に対する信頼が強い」って書いてあってすごく納得いったんですけど、私、信じるっていうことがよくわからないんです。信用と怠慢の区別がつかないというか。
加藤 え、どういうこと?
伊藤 日本って、基本的に人を信じなくちゃ生きていけないと思うんです。まさかこんなこと言っても殴られないだろうとか、まさか財布だしてもひったくられないだろうとか、郵便を出したらちゃんと相手に届くだろう、とか。
加藤 ああ、何となく意味がわかった。深く考えることを放棄してるもんね。例えば郵便物が盗まれるかもしれないとか、可能性一個ずつについて考えることを放棄した結果としての信用というか。
伊藤 郵便物を出せば届くとかそういう信頼で手一杯で、「この人にこんなことを言っても嫌われないよな」っていうのが、どこまでが信用でどこからが考えを放棄していることなのか、わからなくなっちゃって。基本、親とかのことは信じてますけど、それも怠慢でもあるんですよ。「アレ買っておいて」って言っておけば“アレ”が買ってある。
加藤 買ってきてもらえない可能性を考えない?
伊藤 もしくは「アレ」をまったく理解されない可能性を考えない。「ごめん、アレ買えなかった」って言われる可能性は考慮していても「アレって何」って言われる可能性を考えないっていうのは怠慢と言えば怠慢ですよね。っていうのを考えたときに、例えば「作家の先輩に何か相談したいけど、カトチエさんなら聞いてくれるだろう」っていうのが信頼なのか、怠慢なのかがわからないんです。

瞬発力と世界へのアプローチ

加藤 面白い話だね。全然考えたことがなかった。でも、小説のことはすごく信じてるよね? 
伊藤 小説は一発勝負じゃなくて、すごく直せるし、すごく考えられるからですかね。私、瞬発力がある方じゃないので。“瞬発力”で言うとデビュー前の話なんですけど、私、ある好きな作家さんに一度だけふたりで写真を撮ってもらったことがあるんです。それも「撮ってください」って言ったんじゃなくて、「○○さんが好きなんですよ」って言いながら遠くにいるその方を見てたら、知り合いだっていう人がその方のところまで連れて行ってくれて「この子ファンだっていうから写真撮ってあげてよ」って頼んでくれたんです。撮ってもらった写真を見たら、私とその作家さんの体の間が結構空いていて……もちろん嬉しかったんですけど、後日、私と同世代の女の子から、そのとき初めて会ったっていう大御所アーティストとツーショットで撮った写真を見せてもらったんですよ。そしたらその子が初対面にもかかわらず腕を組んで写っていて、それを見たときに世界に対するアプローチの違いに愕然としました(笑)
加藤 そんな、キャラクターとかもあるし(笑)
伊藤 別に私も腕組みたかったとかそういうわけじゃなくて、ただ、その作家さんが怒るような人じゃないとわかっているにもかかわらず、それ以上近づくことができなかった。
加藤 確かに腕組むとかは瞬発力かもね。
伊藤 その作家さんが「世界」だとすると、世界に対するアプローチって、踏みとどまって考えるよりガバっといくほうが大事なときもあるじゃないですか。
加藤 それは両方じゃないかな? 腕取って怒られることだってあると思うよ。「やめてくださいよ」って。でも、世界との距離がないと小説書けない気もするんだよね。客観性みたいなものってどうしても必要だし。あと、腕組んだとしても朱里ちゃんそのことずっと気に病みそう(笑)
伊藤 絶対後悔しますね(笑)
加藤 みんな腕組む社会って嫌だもん。それを「生きにくい社会だな」って思う人が絶対いるから。
伊藤 朝井リョウさんがラジオで仰ったことだと思うんですけど、カトチエさんの世界ってすべての人間関係が同心円状で、あらゆる人が等距離にいるイメージです。私の場合、それぞれが極端すぎて点でつないでいくと意味が分からない形になる(笑)それこそ親友や家族みたいにすごく近い人もいれば、たいていの相手は好き嫌いにかかわらず、「大丈夫かな、こんなこと言って嫌われないかな」って思ってます。その距離をもっと平均的にしたいですね。
加藤 いやいや、私だって人との距離に違いあるからね(笑)5センチの人もいれば、10メートルくらいの人もいるよ、当然。
伊藤 私に嫌いな人がいても周りの人はそんなに意外じゃないと思うけど、加藤さんが「私、あの人嫌い」って言ったらみんな「あの加藤さんが?」と驚く気がします。
加藤 いや、めちゃくちゃいるよ(笑)でも嫌いな人とはあまり会わないかも。それができる仕事なのがよくないと思うんだけど。朱里ちゃんは「この人にはこれはできない」とか「これを言ったら失礼」とかの設定がハードモードだよね(笑)
伊藤 それってよくないですよね。                                                                      加藤 いや、そういう人だから書けるもの、ファンの作家に腕組むことすら考えられない人だからこそ書ける小説があると思うよ。でも、朱里ちゃんの話聞いてると小説があってよかったなって思った。小説だったら気にせずに書ける部分があるわけじゃない、実生活より自由にふるまえるというか。本当に小説があってよかったよ(笑)
伊藤 確かに、自分のことは基本的に信じてないんですけど、書く小説についてだけは、クオリティは別として言いたいことがある程度自分の意図どおり表現できると思ってるので。「小説書けなかったらどうなってたかなー」と考えるとちょっと怖いです(笑)

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