妄想古典教室

第六回 女だって仏陀ぐらいなるわよ!

生きている仏さんに遇うということ

平安貴族の夢と希望――「当麻曼荼羅縁起絵巻」

 平安時代の宮廷社会で隆盛を極めた阿弥陀信仰は、死後に極楽往生するという来世観に支えられていたから、臨終のそのときに阿弥陀仏が来迎(らいごう)し、極楽へと導いてくれるという物語と一体となって広まった。今でも死ぬことを「お迎え」が来るとか来ないなどの表現するところに信仰の断片が残っている。

 極楽往生というのは、死後に極楽で仏として生まれ変わるという意味だから、お釈迦さまだって、仏陀になったのは、死後のことなのである。それなのに、いつからか釈迦ではなく、生きている阿弥陀仏に会いたいという無理無体な願望を生み出すようになっていく。生きている仏というのは語彙矛盾もいいところであって、死ななきゃ仏になれないというのに、生きている仏とはいったい何をさしているのだろう。「当麻曼荼羅縁起絵巻」から類推するに、おそらくそれは動く仏像のようなものとしてイメージされていたのではないかと思われる。

 鎌倉、光明寺所蔵の「当麻曼荼羅縁起絵巻」は13世紀半ばの成立が見込まれ、奈良、当麻寺に伝わる曼荼羅の由来を語るものである。曼荼羅の縁起については、絵巻成立よりはるか以前の、建久二年(1191)に奈良の寺社を巡礼して書かれた『建久御巡礼記』の当麻寺の項に記されている。そこにあるのは次のような話だ。

 

 横佩の大納言といふ人ありけり。かの御娘、明け暮れ極楽を願ひて、曼荼羅をうつさばやと願を起こされけり。年ごろ思ひながら過ぐる間に、一人の化人来て一夜の間織りて、行方を知らずと申す。この大納言御娘、一生が間、この仏に向ひて、たゆまず行ひて極楽にいきにけりと申し伝へたり。この仏の上の軸には、節なき竹の一丈余りなるをもちゐる。

 

 横佩大納言の娘が極楽往生を願って、曼荼羅をうつす願をたてると、「化人(けにん)」がやってきて一夜のうちに曼荼羅を織りあげた。その後その化人は消えてしまった。娘は一生のあいだ、この曼荼羅に向かって行を積み、極楽往生したと伝えられている、というものだ。

 この話が記録されたときからおよそ百年後につくられた「当麻曼荼羅縁起絵巻」では、娘の願いというのは曼荼羅をうつしたいというのではなくて、「生身の如来」に会いたいというものになっているのである。この間に生身ブームが起こったらしい。

「絵巻」では、横佩大臣の娘はかねてから仏道に入りたいと思っている人で、称讃浄土教一千巻を書いて、当麻寺におさめ、天平宝字七年(763)六月十五日に落飾出家するのである。そのとき七日を期日に誓願をたてる。「われもし生身の如来をみたてまつらずば、この寺門をいでじ」(我、もし生身の如来をみることができないなら、この寺から一歩も出ない)というのである。すると、二十日に比丘尼がやってきて、次のように告げる。「あなたの志に打たれてやってきたのだ。九品の教主たる阿弥陀如来を拝み奉りたいと思うなら、私がみせてあげましょう。すぐに蓮の茎を百駄集めるように」。

 この比丘尼は、物語の中で「化尼(けに)」と呼ばれているから、ただの尼僧ではない。『建久御巡礼記』の記録が「化人」としたのと同様、この世の者ではない超人性が予め付与されているのである。

 集められた蓮の茎は糸に繰りだされ、染井とよばれる井戸にひたすと五色に染まった。二十三日の夕刻、天女のような「化女(けにょ)」がやってきて一晩で曼荼羅を織り出した[fig.5]。曼荼羅を節のない竹を軸としてかけて、娘と化尼(比丘尼)が拝んでいると、化女(機織り女)は、「五色の雲に乗りて、いなびかりの消ゆるがごとくして」天空へと去っていった[fig.6]

[fig.5]「当麻曼荼羅縁起絵巻」
 小松茂美編『続日本の絵巻20 当麻曼荼羅縁起 稚児観音縁起』中央公論社、1992年 (以下[fig.9]まで同)
 

 

[fig.6]

 

 化尼が、曼荼羅の意味を絵解きして教える。そして化尼は自らの正体を明かして、次のようにいうのである。「われは、西方極楽の教主なり。織り女は、我が左脇の弟子、観音なり」。そして西方をさして天空へと去っていった[fig.7]

[fig.7]

 

 ここで化尼が、えいやっと空中に飛び立ち、泳ぐように宙に浮かんだ姿は、たちまち金色の阿弥陀の姿に変わるのである[fig.8]。この阿弥陀は、この絵巻の来迎図に描かれた阿弥陀[fig.9]と比較しても、仏像感が強くにじみ、「生身の如来」というのが、イメージとして生身仏として造られた仏像に結びついていることが明らかである。

[fig.8]

 

 物語の最後は、宝亀六年(775)三月十四日に横佩大臣の娘が極楽往生を遂げたことで語り収めとする。臨終の主人公を迎えるのは、観音菩薩、勢至菩薩を先頭に阿弥陀とともに、楽器を鳴らし、唄い、踊りながらやってくる菩薩たちである。この時代に、くり返し描かれた二十五菩薩来迎図という形式にのっとった図像がにぎにぎしく絵巻の最後を飾っているのである[fig.9]。この絵巻の眼目は、平安貴族たちが夢みた極楽往生の物語にあるのは当然として、「横佩大臣の娘」として名前さえ与えられていない一介の女性が往生していく物語であることが重要である。そして名もなき一介の女性の極楽往生は、ここでは「生身の如来」とこの世で出逢ったことによってもたらされているのである。

[fig.9]

 

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