難民高校生

女子高生が性を買われるということ
『難民高校生』(仁藤夢乃 ちくま文庫)刊行記念対談

女子高校生の頃、街を彷徨う生活を送っていた仁藤夢乃氏は、その体験を描いた『難民高校生』をちくま文庫で刊行した。一方、桐野夏生氏は、『週刊朝日』で、連載小説「路上のX」の執筆にあたり、仁藤夢乃氏の『難民高校生』を読み、仁藤氏が立ち上げた中高生支援団体のスタディツアーにも参加したという。いま、女子高生を「JKビジネス」にさらそうとする社会の問題、そして「親子断絶防止法」の大きな問題点まで実体験をもとに語り合う。

●いまと当時で変わったこと

桐野 仁藤さんが高校生の頃というのは、いまから10年ぐらい前ですよね。いまの高校生と関わってみて、やっぱり変わりましたか。

仁藤 変わっているなと感じます。まず、私のときはスマホがなかったので、LINEもなかったから、渋谷に行けば誰かいるというのはあったけど、みんなに「いまどこ?」とか、いちいちメールとかして、誰がどこにいるかで遊びに行ったりしていたけど、いまはLINEでそういうのも全部できるし。

 あと、一番思うのは、あとがきにも書きましたけど、渋谷の街とかに子どもたちがたむろしなくなった。大人がたむろさせないような対策を取っているんです。

桐野 当時は、人と出会うにも再会するにも、まだ行動が伴っていたということですね。今はSNSのおかげで、容易に未知の誰かと会うことができるけれども、危ないことも多くなりました。劇的に状況が変わったと思います。

仁藤 2010年に、渋谷の宮下公園でで生活していたホームレスの方々のテントを行政が強制撤去したんですね。そこで暮らしていた方々がアパートに入居できるような支援はせずに、ただ公園から出て行けと。その場所は今、ナイキとコラボして登録した人だけが利用できる有料の公園になっています。

桐野 宮下公園の変貌は、私も小説に書いたことがあります。『優しいおとな』という、近未来のホームレス少年の話でした。ホームレスが追い出されて、あるスポーツ用品メーカーのお洒落なパークになっちゃうという。

仁藤 そうなんですよ。ホームレスの排除が行われたちょうど1年後に、渋谷のセンター街はバスケットボールストリートと改名しました。「これまで家出少女、非行少年、薬物などのイメージが強かった渋谷の街を、スポーツの街として健全なイメージに変える」というようなことを商店会も宣言して、お店の前にたむろする少年少女たちに、ガードマンみたいな人が「ここはお店の前だから、迷惑だよ、どけ」とか言ってどかしていたんですよ。だから、子どもたちも溜まることができなくなっちゃったし、規制もすごく厳しくなっているので、23時以降に歩いていたら補導もされやすくなったし、夜の時間にファーストフードやネットカフェなどにも18歳未満が入りにくくなった。居酒屋にも、私の頃はよく朝までとかいたんですけど、いまの子はそういうこともできないので……。

桐野 マックも入れなくなったんですね?

仁藤 入れません。22時以降は入れない。

桐野 制服は完全にダメだということですね。

仁藤 制服でなくても、18歳未満に見えると年齢確認をされます。

桐野 追い出したってどうしようもないのにね。警察が来て補導しちゃうんですか?

仁藤 カラオケやネットカフェを警察も巡回しています。それは、子どもの安全を守るためということですが、補導されると、家に連絡されて、帰されるだけで、ケアにつなぐようなことは行われていないんです。その家にいられない、いたくない事情があるから外に出ている子どもがたくさんいるのに、背景への介入はなしに、「非行」とみなされてしまうんですね。私が高校生だった頃も、渋谷や新宿などの繁華街にいると、補導されるリスクが高かったので、23時を過ぎると、住宅街の公園とかにたむろして、でも、たまに友達と騒いじゃうと警察呼ばれるので、逃げていました(笑)。

 桐野さんも本でお母さんとの関係に悩んだとか、お母さんが怖かった時期があったと書いてらっしゃいますね。

桐野 いいえ、たいしたことではありません。私が、彼女のイライラみたいなものを察して、こっちもイライラしていたというか。その程度です。

 母との軋轢は、私が高校生くらいの時です。でも、私が高校生の頃なんか50年ぐらい前ですから、全然牧歌的で、プチ家出をしたくらい。それも、繁華街になんか行けないから、住宅街を一周という程度です(笑)。不良もいたけれども、いまと全然レベルが違うと思います。最近は「路上のX」でも取材したし、仁藤さんにも教えていただいたけれども、JKビジネスのように、少女たちをビジネスの対象としてシステム化していくような大人たちがいるから、まったく違う世の中になったと思います。巧妙で悪くなりましたね。あたかも、女の子自身の意志があるかのように繕っているところが悪質です。

仁藤 JKビジネスをやっている子の中には、虐待や貧困や孤立などの困難を抱えている子もいますが、家庭や学校に何の問題もない子が普通のバイト感覚で、ファーストフードでバイトするのと同じような感覚で入るようになってきている子が多くいることが問題だと思っています。そうなると、それまでそういうことをすることで生き抜いてきた子たちが、それだと生きられなくなってきていて、もっと、見た目に自信がなかったり、障害があったり、コミュニケーションが苦手な子こそ、汚い、痛い、臭い、人間扱いされていないようなことをせざるをえなくなる。JKビジネスでも一見、少女たちが自分を売っているように見えるのですが、彼女たちの裏には、彼女たちを取り込み、管理する大人がいます。つまり、需要と供給は「売りたい大人」と「買いたい人」との間で成り立っていて、そこに少女たちが商品化されているのが現状です。少女を取り込む側は、彼女たちに必要な衣食住や関係性を提供するふりをして近づいたり、SNSなど子どもに馴染みのあるツールで、子どもたちに魅力的な言葉を巧みに使ってアプローチします。敷居を下げて間口を広げているんです。男性に対しても同じで、今は気軽に、簡単に少女を買える社会になってしまっています。

2017年3月29日更新

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仁藤 夢乃(にとう ゆめの)

仁藤 夢乃

1989年生まれ。中高生のころ、家庭や学校に居場所がないと感じ、街を彷徨う生活を送った。高校を2年で中退。その後、ある講師との出会いをきっかけに社会活動を始める。大学進学後、友人らが路上を彷徨う生活から抜け出せずにいることから一般社団法人Colaboを立ち上げ、シェルター運営等を通して、虐待や性暴力を受けるなどし孤立・困窮した中高生世代の少女たちの自立支援を行っている。

桐野 夏生(きりの なつお)

桐野 夏生

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、2011年同作で読売文学賞を受賞。2015年、紫綬褒章を受章した。近著に『猿の見る夢』『奴隷小説』『抱く女』など。「路上のX」を「週刊朝日」で2016年1月22日号から2017年2月3日号まで連載。

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