難民高校生

女子高生が性を買われるということ
『難民高校生』(仁藤夢乃 ちくま文庫)刊行記念対談

女子高校生の頃、街を彷徨う生活を送っていた仁藤夢乃氏は、その体験を描いた『難民高校生』をちくま文庫で刊行した。一方、桐野夏生氏は、『週刊朝日』で、連載小説「路上のX」の執筆にあたり、仁藤夢乃氏の『難民高校生』を読み、仁藤氏が立ち上げた中高生支援団体のスタディツアーにも参加したという。いま、女子高生を「JKビジネス」にさらそうとする社会の問題、そして「親子断絶防止法」の大きな問題点まで実体験をもとに語り合う。

●関係性の貧困

桐野 買う側、あるいは女の子の性を売る側の男の人たちにも会ったことがあるけれど、気になったのは、本気で恋愛の対象として見ている人もいるということですね。性的搾取だけじゃなくて、愛情も搾取している。「本気でそう思っているんですか」と聞きたくなるんだけど、みんな平気で「ときめきたい」とか言うんですよね。怖ろしいのは、男の側の欲望って、受け皿とシステムがあるとどんどんエスカレートしていくでしょう。だから、いまに、もっと子供、中学生や小学生にどんどん向かっていくのではないかと心配です。

仁藤 もう行ってますよね。

桐野 はい。恐ろしいのは、買う側に呵責が感じられないことです。最近、大学生や医学生が若い女性を集団強姦する事件がありますが、表に出たのは氷山の一角で、もっとたくさん起きていると思います。若い女の子を、騙しやすく、一段低い存在として扱っている。その背景には、JKビジネスを生んだような「どうせ金が欲しいんだろう」的な、買われる側への蔑みと買う側を正当化する論理のすり替えがある。

仁藤 「JK」という言葉も、そもそも買春者たちが隠語として使い始めたと言われていますが、今では女子中学生や女子小学生も性的対象として消費されています。「JC」(女子中学生の略)とか「JS」(女子小学生の略)とネットで調べると、女子小中学生が肌色の水着を着てお風呂に入ったり、バナナを舐めたりする映像がたくさん販売されているのがわかるし、実際にそういうDVDを並べた店もたくさんあります。いま関わっている子の中にも、幼少期から性的虐待を受けたり、性的対象として扱われ小学生や中学生のうちから売春していた、はじめはその意味がわかっていなかったという子もいます。

桐野 Colaboとつながる中高生が中心になって企画した児童買春の実態を伝える企画展「私たちは『買われた』展」[註2]でも、結構ありましたよね、お兄さんにもレイプされてとか。仁藤さんのご本を読むと、レイプ体験をした人がすごく多いね。性的虐待なんてものじゃなくて、本当に犯罪ですよね。

[註2 「私たちは『買われた』展」 Colaboとつながる少女たちが企画した児童買春の実態を伝える企画展]

仁藤 それがおかしいことなんだと、誰にも教えられてもいないから。

桐野 やっぱり貧困ともセットになっているし、あとは、親が精神的な病気に罹っている、深刻なケースも結構多いと思います。

 私の知り合いで、一人親家庭を支援するNPOをやっていた人がいます。彼女が見ていた一人親家庭のお母さんは、自分も精神的な病気を抱えている人が多かったそうです。過酷な生活が、母親を追い詰めることが多い。だから、そっちのケアをしないと、いつの間にかスーッと離れていくことがあるそうです。子供だけではなく、母親のケアもしなければならない。

 精神的に追い詰められていく原因のひとつに、自己責任論があると思うんですよね。追い詰められていくのは、自分のせいだけではないのに、「自己責任だ、自己責任だ」という風潮が、助けを呼べないほど人を追い詰めていくんじゃないかと思います。買う方が悪いのに、「買われた」自分を汚いもののように感じて責めてしまう女の子もいます。

仁藤 親が子どもにしていることを聞くと、「ほんと、ひどい」と思うんですけど、親の事情に目を向けると……。

桐野 無理もないというか、気の毒なところもあります。特に一人親家庭は苦しいでしょう。

仁藤 親も孤立しているし、仕事も不安定だったり、障害があったりとか、親もすごく独りぼっちの状態にあって、いっぱいいっぱいで溺れている。

桐野 そうですね。おっしゃるように、関係性の貧困というか、ほんとに孤立しちゃっているんですよね。その中で子供と二人きりだと、子供はどこにも逃げ場所がなくて辛い。

仁藤 それで、ママのカレシにママは依存して、そっちばかりだとか。よく、こういう話をすると、ドラマみたいとか、フィクションみたいとか言われたりするけど、でも、私の周りにはそういう子がたくさんいます。

桐野 「買われた展」でも、お母さんのカレシに殴られて、家事をしないと殴られるとか、ありましたよね。また、増えた幼児虐待も、ほとんどがママのカレシが連れ子を虐待しています。

仁藤 いっぱいあります。

桐野 それで、外に飛び出して、冬で寒くて自動販売機で温まっていたとかいうような事例があるのですね。私たちの年代の貧困って、いわゆる貧乏だったけれども、関係性はそうでもなかったように思います。だから、いまの貧困というものと全然質が違うような気がするんですよね。その中で、ほんとにひどい目に遭うのは女と子供ですね。特に女子ですね。

●気軽に立ち寄れる場所に

桐野 Colaboのシェルターは、どんな子たちが利用しているんですか。

仁藤 虐待や性暴力を受けている子を緊急的に保護することもありますし、虐待があるけどまだそこから出たいとは思っていない場合にちょっと今日はColaboで休みたいとか、家では安心して寝られないから仮眠したいとかいう使い方もアリにしているんです。ご飯だけ食べにくる子もいるし、衣類や食品をもらっていく子や、お茶を飲みに来る子、家では使わせてもらえないからとお風呂や、洗濯機を使いに来る子もいます。

 年末年始は8人ぐらい女の子が来て、5日間ぐらい泊まっていきました。家にいたくないとか、いられないとかということで。世の中がハッピームードの時期が辛かったり、連休は家に親がいるのでずっと来たりして、ワイワイやっていました。気軽に立ち寄れる居場所の一つになればいいなと思っています。

桐野 はい。そうですね。ただ一時的なシェルターがあっても、人生は続いていくわけですから、子供時代にそういう目に遭った子は受けた傷が簡単に癒えるわけもないし、大変なことを抱えて生きていくわけです。どうすればいいんでしょうね。生涯にわたって関係性を築いていくということでしょうか。

仁藤 中には、桐野さんの本をドップリはまるように読んでいる子もいて。でも、読んだあと、ちょっと具合悪くなっているような子とかもいるんですけど(笑)。

桐野 アハハハ。それはお気の毒でした(笑)。

仁藤 本の中に、共感するものがあったり、わかってくれる人がその中にいると感じられることがあるのかなと思うこともあります。

2017年3月29日更新

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仁藤 夢乃(にとう ゆめの)

仁藤 夢乃

1989年生まれ。中高生のころ、家庭や学校に居場所がないと感じ、街を彷徨う生活を送った。高校を2年で中退。その後、ある講師との出会いをきっかけに社会活動を始める。大学進学後、友人らが路上を彷徨う生活から抜け出せずにいることから一般社団法人Colaboを立ち上げ、シェルター運営等を通して、虐待や性暴力を受けるなどし孤立・困窮した中高生世代の少女たちの自立支援を行っている。

桐野 夏生(きりの なつお)

桐野 夏生

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、2011年同作で読売文学賞を受賞。2015年、紫綬褒章を受章した。近著に『猿の見る夢』『奴隷小説』『抱く女』など。「路上のX」を「週刊朝日」で2016年1月22日号から2017年2月3日号まで連載。

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