上田麻由子

第6回・まぼろしの高校生(ハイスクール・スター)

『ミュージカル「スタミュ」』

 雨、ひとけのない野外劇場で、静かに踊り出す青年。時に激しく、時に優雅に、まるで見えない何かを捕まえようとするかのように。夢見るようでいて、どこか職人の厳しさもにじませつつ、すらりとした体躯を美しくしならせる。その姿を、遠くからじっと見守る少年がいた。「あの時の出会いが、俺の人生を変えた」。その少年・星谷悠太は、あこがれの高校生を追って、音楽・芸能の名門である綾薙学園の門を叩く。

 

2・5次元のニュー・スタンダード
 演出家・吉谷光太郎の名前は、2・5次元ファンにとって幸せな舞台化を約束してくれるひとつのお守りのようなものだ。もともと男性だけの劇団「Axle」で『西遊記』『BANANA FISH』『新撰組異聞PEACE MAKER』など漫画を原作とした作品の演出・出演をしてきた彼は、限られた時間のなかで、キャラクター同士の関係性のうちにキャラを立たせるのが実に巧みだからだ。

 そのうえで、原作にあくまで忠実なストーリーをテンポよく、セットの解体・再構築に特徴づけられる演劇的な工夫も散りばめつつ、ひとつのパッケージとして提示する。それが、原作ファン・キャラクターファン・舞台ファンそれぞれの欲求を均等に満たしてくれる。超★超歌劇『幕末Rock』、音楽劇『金色のコルダBlue♪Sky First Stage』など、奇しくも音楽が重要な要素となる作品において、これから2・5次元に取り組む人にお手本にしてほしい、バランスの良い舞台化が続いている。

 

星・雪・月・花・空
 2015年秋クールにアニメ第1期が放送され、現在アニメ第2期が放送中の『スタミュ』(高校星歌劇)の舞台化『ミュージカル「スタミュ」』(ミュージカルもののアニメを舞台に戻したため「スタミュミュ」というやっかいな略称になっている)でも、氏の手腕は十分に発揮されている。たとえば冒頭で紹介した、星谷にとってのはじまりの瞬間の恍惚、そこから一転して、学園に君臨する成績トップの3年生「華桜会」が歌う「我ら、綾薙学園華桜会」、その耽美で往年のロボットアニメのようなベタさがくせになる1曲を堂々たるパフォーマンスで見せ、全員で歌い踊るアニメのオープニング「DREAMER」から、オーディションになだれ込みつつ手短にキャラクターを紹介する。このシークエンスだけを取り上げてみても、原作ファンが見たいものが、演劇ならではの見せ方で、また絶妙なタイミングで提示されていることがわかるだろう。

 アイドルではなく、あくまでミュージカルスターの卵であること。それによって生まれるクラシカルな上品さという、この作品の得難き魅力も、まだ何色にも染まっていない2・5次元のフレッシュなキャストたちを迎えることで見事に体現されている。綾薙学園は宝塚歌劇学校の男性版のようなもので――主人公の星谷をはじめとした5人は「星・雪・月・花・空(宙)」と、5つの「組」の名前をその苗字に宿している――入学したての彼らは、情熱はあるが技術が追いついていなかったり、自己評価が低かったり、逆に自信過剰だったり、協調性に欠けていたり、コンプレックスがあったりと、それぞれの問題を抱えている。

 

星をつくる欠片

 そんな「規格外」の彼らを「面白い」と評価し、自ら指導に乗り出したのが、「華桜会」のメンバー随一の変わり者・鳳樹だ。彼こそが星谷の「あこがれの高校生」その人であり、男性同士であるけれど古き良き少女漫画の「スール」と呼びたくなるような、「鳳先輩」と「team鳳」との美しき信頼関係が、星谷に象徴されるひたむきさと、心洗われる爽やかさで描かれていくところは、まさに青春群像劇と呼ぶのにふさわしい。
 鳳樹役には国内外の著名なミュージカル作品で活躍するダンサー・俳優の丘山晴己がキャスティングされ、冒頭の野外劇場のダンスシーンから、その圧倒的な存在感でもって彼らのまなざす先にあるミュージカル界のうっとりするような魅力を教えてくれる。彼が銀色のステッキを持ち、アンサンブルを従え踊る「俺こそミュージック」(言わずと知れたクンツェ/リーヴァイによるミュージカル『モーツァルト!』の「僕こそミュージック」へのオマージュ)もまた、華やかな世界へと誘う、忘れがたいナンバーになっている。

 いっぽう、彼の指導を受ける「team鳳」の、フレッシュなキャストのなかで、特にユニークなのが月皇海斗役をアニメと同じ声優、ランズベリー・アーサーが演じていることだ。アニメと舞台で同じキャストが演じることは2・5次元の歴史が始まったころからあるし、近年でも『TIGER & BUNNY THE LIVE』(平田広明、森田成一)や、舞台『黒子のバスケ』(小野賢章)などがあるが、彼らはもともと舞台を経験している俳優であり、声優が2・5次元のキャラクターを演じるのはまだまだ珍しい。彼の月皇海斗を観ていると、2次元のキャラと同じ声で同じ台詞が発され、歌が歌われるのを生で観られることの想像以上の興奮と、またキャラを構成するものとしての「声」の重要性にあらためて気づかされる。

 そしてまた、さまざまな出自を持つキャストが集まり、5人それぞれに声、歌、ダンス、芝居、ルックスなど5人それぞれの得手・不得手があることで、足りないところをお互いにフォローする「team鳳」の物語に説得力が生まれていく。「未熟でばらつきがあるけど、どこか惹かれる」と形容される「team鳳」。そのチーム感は、バラバラの三角形のセットや、ひとりひとりが掲げるピースサインが、5つ集まればきれいな星の形をつくることに象徴される。

 

星屑の反乱
 つたなさを、ひたむきさで輝きに変える「team鳳」と対照的なのが、エリート揃いの「team柊」だ。2チームの立ち位置の違いは、ミュージカルらしく「お披露目会」で発表する「アヤナギ・ショウ・タイム」という楽曲と、その振りつけであらわされる。冒険への夢か、王位を継ぐ義務を取るかで揺れる王子。夢を捨て大人になるせつなさに耽溺し表現することに徹する「team柊」。いっぽう、「team鳳」は楽曲を自由に解釈して踊る(いずれも振付はアニメと同様、ジャニーズの嵐や堂本光一の『endless  SHOCK』などを手がける、ただこが担当している――楽曲的には平成のアイドルより昭和の御三家を思わせる歌謡曲なのだが)。

 その斬新さで、SNSなどを通しセンセーションを巻き起こすのは「team鳳」のほうだ。しかし学園の伝統を守る「team柊」のパフォーマンスにもミュージカルというジャンルならではの魅力があり、どちらも甲乙つけがたい(たとえば辰己琉唯役の櫻井圭登が醸し出す「王子感」は、まさに宝塚の男役のそれを思わせるし、優等生とはいえあくまで高校生である「team柊」それぞれにも発展途上のいとおしさがある)。要するに、ここでは伝統を守ることと、因習を打ち破ってでも観客の心を掴もうとすること、そのどちらもがひとしく敬意を払われているのだ。

 この2つのチームの対比を、商業演劇界における2・5次元、あるいはアニメや漫画の「二次創作」としての2・5次元という、常にあたらしく、物議をかもし続けるジャンルの暗喩と捉えてみれば、この「スタミュミュ」では実に幸せな切磋琢磨が行われているといえるだろう。あるいは、2・5次元というジャンルのなかで考えてみても、アイドルものの舞台が増え、ともすればファンサ(ービス)至上主義になり、アイドルコンサート/接触イベントとの区別が曖昧になっていくこともあるなかで(それはそれで、ものすごく刺激的なのだけれど)、サイリウムやうちわ等の応援グッズを敢えて禁止にするこの「スタミュミュ」は、ある種の原点回帰として、2・5次元の境域についてあらためて考えるきっかけにもなっている。

 

あこがれからの旅立ち
 全体をとおしてみると、これは「team鳳」の成長物語である。それはまた、星谷が「あの人が俺を夢中にさせたように、俺も誰かを夢中にさせたい」と、あこがれから脱却し、みずからもまた観客の前に立ってショーを見せる、ひとりのスターとしての役割を自覚的に引き受け、一歩踏み出すときでもある。

 それゆえ終盤、巣立ちの瞬間に歌われる「星のストライド」は、冒頭で自己紹介代わりに歌われた、期待に胸躍る無邪気なポップソングとは一変している。訣別のせつなさを、強い決意でもって、あくまでスターとしての前向きさに昇華する。込める想いによって、歌詞が、メロディがまったく違ったものに聴こえてくる――2つの「星のストライド」は、ミュージカルとは何か、わたしたちに教えてくれる。このとき星谷は、真の意味でのミュージカルスターへの道を歩み始めているのだ。

 それを受けて、5人が鳳の声を胸に歌う集大成「星屑ムーブメント」、そして「星(スター)」ではなくとも「星屑」ではあると自負する彼らが、嵐のなか手作りのステージに上がる姿は正真正銘「team鳳」であり、舞台全体をとおしてわたしたち観客はすっかり彼らのファンになってしまっている。

 アニメ第1期(第12幕)は、「また来年」と再会を誓う5人がそれぞれの道を歩みだす、萩尾望都の『11人いる!』の最後のコマ(「未来へ!」)を思わせるカットで終わった(これは、くしくも演出の吉谷が「Axle」時代に最初に手がけた作品だ)。「自由でわがままで、だからこそ眩しい」と評される彼らがすすむ道を、これからも見守っていたい。

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