世の中ラボ

【第85回】安倍ヨイショ本に見る「忖度」の構造

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年5月号より転載

 二月から三月、四月にかけて、メディアの集中砲火を浴びることになった大阪市の学校法人・森友学園問題。ことの発端は、同学園の小学校建設予定地(元国有地)が、評価額より八億円も値引きされた一億三四〇〇万円で国から払い下げられていたことだった。
 その後の展開は、みなさまご存じの通り。首相夫人の安倍昭恵氏が当初は問題の小学校の「名誉校長」だったこと。同小学校が「安倍晋三記念小学校」の名で寄付を募っていたこと。国会の証人喚問で同学園の籠池泰典前理事長が「昭恵夫人から一〇〇万円の寄付を手渡された」と暴露したこと。昭恵氏の秘書(夫人付きの官僚)の谷査恵子氏の名前で籠池氏に送られたFAXに「具体的に予算措置をする方向で調整している」などの文言があったこと。
 それやこれやで、安倍首相夫妻が小学校の開設に関与していたのではないか、あるいは官僚が「忖度」したのではないかとの疑惑が浮上。「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と首相が発言していたことがアダになり、ことは政権の屋台骨を揺るがしかねない大事に発展したのだった。
 ところで、この騒動で一躍名を上げた(下げた?)のが、各局のワイドショーに出ずっぱりで政権の代弁に務めた政治評論家たちである。筆頭格は田﨑史郎氏。もともと政権寄りの姿勢が目立つ評論家ではあったが、ここでも「総理や夫人は利用されただけ」「このまま幕引きになるんじゃないか」などと発言。他のコメンテーターに一斉に反撃されるハメになった。
 同じく政治評論家の山口敬之氏もなかなかのものだった。首相と親しいことを誇示しつつ「安倍さんは『証人喚問になってよかったよ』といっている」「安倍さんは基本的に『割り勘』の人。一緒に食事に行ってもゴルフに行っても割り勘だし、ポンとお金を出す人ではない」などと発言。これまた大顰蹙を買った。
 首相と頻繁に会食していることから、ネット上では、田﨑史郎は田﨑スシロー、山口敬之は山口ノリマキと呼ばれて失笑を買っている始末である。とはいえ彼らも政治評論家。安倍政権を論じた本だって出しているのだ。いったい何が書かれているのだろう。

御前会議、側近政治、官僚の奴隷化
 というわけで、田﨑史郎『安倍官邸の正体』山口敬之『総理』を読んでみた。『安倍官邸の正体』は二〇一四年一二月刊、『総理』は一六年六月刊。どちらも新刊ではないし、しょせんは安倍官邸の手腕を高く評価した「安倍ヨイショ本」である。だが、現在の安倍政権がなぜああなのか、を知る上で、たいへんタメになる本だった。押さえておきたいポイントは二つ。
 第一に官邸の強固な主導体制についてである。
〈安倍は小泉に比べ発信力では劣る。しかし、「安倍さんのためなら何でも汗をかく」という同志には恵まれている〉と田﨑はいう。権力の中枢にあるのは六人の構成員からなる「正副官房長官会議」。首相以外のメンバーは、菅義偉官房長官、加藤勝信、世耕弘成、杉田和博という三人の官房副長官、そして首席秘書官の今井尚哉(補足すると、一六年八月に経産大臣になった世耕を除き、このメンバーの役職は現在も変わっていない!)。
 事実上の「最高意思決定機関」だと田﨑がいうこの会議では、何が話し合われているのか。参加者の証言は以下のごとし。
〈「だいたい総理の決意とか温度を聞く場です。『俺はこれは絶対にやりたいと思っている』とか、『これはあんまり延ばしたくない、早くやったほうがいいと思っているんだ』というような、まず半分以上はその確認の場です。それを聞くとだいたい分かる。『あ、なるほど、分かりました。じゃ、そういう感じでこっちも動きます』ということになるわけで、それが非常に有効ですね」〉。
 これではまるで御前会議だ。いや、王の意向に沿って家来たちが動くのだから、ほとんど前近代の側近政治である。
 事実、田﨑は〈菅、今井が安倍官邸のキーパーソンである。人事にせよ、政策にせよ、外交方針にせよ、核心の事柄は安倍、菅、今井の三人で決めている〉と付け加えている。
 今井は経産省出身の官僚で、第一次安倍政権時代の事務秘書官だった。退陣後も安倍の元に通い詰め再起を助けた、まさに側近中の側近だ。しかし、国会議員である菅はまだしも、秘書官の今井が権力の中枢で政策の決定に関わるとはどういうことなのか(ついでにいうと、今井は首相夫人付きの谷氏の直属の上司でもある)。
 第二に、官邸の巧妙な官僚支配術である。
 政治家と官僚がしばしば対立するのはよく知られた話。〈「官庁のなかの官庁」といわれる財務省の情報収集能力は、永田町の老練な政治家ですら震え上がらせる。実際、旧大蔵省と対立して最終的に失脚していった政治家は枚挙に遑(いとま)がない〉と山口はいう。だが安倍官邸は省庁を支配下に置くことに成功した。一四年五月に「内閣人事局」を発足させ、各省庁の幹部人事を官邸で一元的に掌握するしくみをつくったからだ。人事面の実権を握るのは菅。
〈安倍の菅への信頼は絶対的だ。安倍は政権が取り組む重要な案件のほとんどに菅を関与させ、具体的かつ強大な権限を与えている。そして与えられた権限をフル活用して菅が取り組んでいるのが官邸主導の政策立案であり、その骨格をなすのが霞が関をコントロールするための「人事術」である〉(山口)。
 内閣人事局発足後、役所がもってくる人事案を菅はことごとく突き返した。〈その時の菅の殺し文句は、/「どうでしょうね。この案を総理が納得すると思いますか?」〉。田﨑も同様の指摘をする。〈人事をテコに霞が関官僚を動かしていく。(略)各省幹部の人事権を掌握することによって、予算編成や主要な政策決定においても主導権を握ることができるようになった〉のだと。
 ①側近政治に近い官邸の支配体制。②人事権を握られて手も足も出ない官僚組織。半ば周知の事実とはいえ、以上二点の内実を知るだけでも「これは手強いわ」と思わざるを得ない。ここに、③小選挙区制によって手足を縛られた国会議員を加えれば、官邸支配がいかに盤石かが理解できよう。「安倍一強」とは与党が多数を占める国会の勢力以上に、官邸の独裁体制のことなのだ。森友問題に限らず、これでは官僚の「忖度」が全面的に働くのも当然だろう。

腰巾着型の政治記者たち
 さらにもうひとつ、ここにメディアの問題が加わる。
 あきれたことに、田﨑も山口もこうした官邸のやり方を批判したり問題視する気配はまったくないのだ。田﨑は官邸に代わって〈今後、政権を担う人たちには参考にしてほしい〉と意味不明なアドバイスをする始末だし、山口にいたっては〈外部からの観察者という立場を超えて、図らずもメッセンジャーとなったり、政局の触媒となったりする〉ことは〈記者も永田町の構成員である以上、避けられない〉と開き直るありさまだ。
〈「取材対象との距離が近い=不適切」という類(たぐい)の批判には私は断固反対する〉という山口。読売新聞と産経新聞の安倍インタビューが多いため〈「読売、産経は安倍政権の露払い役」などと揶揄する向きがある〉が〈私はそうは思わない〉と書く田﨑。〈時の首相が何を考えているか、今後何をしようとしているかなどをできるだけ早く国民に伝えることが私たちメディアの責務だと考えるからだ。伝えた上で、批判するなら批判すればいい〉。
 じゃあ批判しろよ、である。できるわけがないのだ。権力の中枢から情報を取れることだけが彼らの強みであり、官邸に出入り禁止になった途端、彼らの存在価値はなくなるんだから。
 メディアが政権批判に及び腰なのは「官邸の圧力」や「記者の自粛」によるものだと私たちは考えてきた。だけど、圧力をかけるまでもないのよね。想像するに、似たような腰巾着型の政治記者は各社にいるのではあるまいか。最初から安倍に共鳴していたのかどうかはともかく、年中会食やゴルフや登山をし、ときには政治家間の仲介役を務め、ときには政策の入れ知恵までしていたら、いやでも情は移り、権力の側から世間を見る癖がつく。
 ジャーナリズムの最大の役割は権力の監視である、という常識もどこ吹く風。これではニュースの質が落ちるのも道理だし、安倍政権がやりたい放題なのも道理である。役人のみならず、記者の「忖度」もまた、権力を肥大化させた原因なのだ。
 にしても、なぜ現政権はそこまで権力の掌握に執念を燃やすのか。「安倍には明確な国家ビジョンがあるからだ」というのが安倍に好意的な評論家たちの見方である。安全保障政策の転換、歴史認識の転換、教育改革、慰安婦問題、拉致問題、そして改憲……。
 田﨑や山口と同じか、それ以上に安倍にベッタリなことで有名な産経新聞の阿比留瑠比はこう述べている。安倍は〈「何となくリベラル」という生ぬるい空気を現実的な保守路線へと変えることを目指していた〉。〈もともと安倍は主流派でも何でもなく、むしろ党内にあっては異端だった〉。〈最高権力者となった今も、自分やその同志たちを自民党内においても政界全体においても「少数派」だと自覚しているはずである〉(『総理の誕生』)。
 チームの結束力と実行力は、少数派であることを前提に、周到な戦略をもってコトに臨んでいるからなのだ。目標のためにはルールの変更も朝飯前。総裁の任期を延長することも辞さない。反安倍派は、安倍は知力が足りないと嘲笑するが、現実は安倍の思惑通りに動いているではないか。敵を見下す陣営に勝利はない。政権を罵倒する暇があるなら、反安倍陣営は彼らの周到な権力掌握術、メディアのコントロール術に少しは学ぶべきだろう。

【この記事で紹介された本】

『安倍官邸の正体』
田﨑史郎、講談社現代新書、2014年、800円+税

 

著者は一九五〇年生まれ。七三年に時事通信社に入社し、七九年から政治部。現在は同社解説委員。安倍とは〈退陣後の〇八年一一月から会食したり、議員会館で会ったりして何度も話している〉という仲で、安倍は強硬保守とは一線を画した「愛国的現実主義者」だと分析する。官邸の力関係にはさすがに詳しく、ことに菅官房長官、今井首席秘書官らの剛腕







『総理』
山口敬之、幻冬舎、2016年、1600円+税

 

著者は一九六六年生まれ。九〇年にTBSに入社し、二〇〇〇年から政治部。一六年に退社し、現在はフリージャーナリスト。安倍とは小泉政権の官房副長官時代に番記者として出会い、〈出会った当初からウマが合った〉。〇七年の安倍退陣をスクープしたことで注目されたが、安倍と麻生や菅との連絡係は務めるわ、演説原稿に口出しするわ。それを自慢げに語るのがバカバカしい。

『総理の誕生』
阿比留瑠比、文藝春秋、2016年、1400円+税

 

著者は一九六六年生まれ。九〇年に産経新聞社に入社し九八年から政治部。現在は同社論説委員兼政治部編集委員。九八年に新人議員だった安倍に密着して以来〈安倍という政治家を見続けてきた〉。安倍を「革命的政治家」とまで呼ぶヨイショ本だが、思想信条を同じくするだけあり、右翼扱いされてきた少数派のルサンチマンに言及しているのはさすが。中川昭一や橋下徹の逸話も興味深い。

PR誌「ちくま」5月号

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