アメリカ音楽の新しい地図

1.テイラー・スウィフトとカントリー・ポップの政治学

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

*テイラー・スウィフトの「田舎らしさ」
 テイラー・スウィフトの音楽ジャンルをめぐる戦略を考察する上で、2012年8月3日にリリースされた〈私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない〉(以下、〈私たち〜〉)は重要である。四枚目のアルバム《レッド》に収録され、テイラー最大のヒットとなるこの曲はマックス・マーティンとシェルバックとのコラボレーションによって生まれたものである。いうまでもなく、スウェーデン出身のマックス・マーティンは現代ポップス・シーンにおける最大のヒットメーカーであり、ブリトニー・スピアーズ、ケイティ・ペリー、ケリー・クラークソン、ピンクなど彼が作曲に関わった楽曲はこれまでビルボード総合チャートで20回以上首位を獲得している(ちなみに、これはポール・マッカートニー、ジョン・レノンに続いて歴代三位の記録である)。

〈私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない〉"We Are Never Ever Getting Back Together"
 
 〈私たちは〜〉は、それまでカントリー・チャートでのみ1位を取得していたテイラーが初めて総合チャートを制覇した曲となっただけでなく、100位以内に24週間留まる空前の大ヒットとなった。
 実はこの曲には興味深い事実がある。公式にはリリースされていないものの、〈私たちは〜〉にはカントリー・ミックスが存在するのである(10)。 もちろん、テイラーのボーカルは変わらないが、よく聴くと楽曲のアレンジは相当異なっている。例えば、カントリー・ミックスのドラムは通常のバージョンに比べてスネアのロールなど生音が強調されているし、全体の編曲もシンセサイザーに代わってマンドリンやフィドル、それにスティール・ギターなどカントリー・ミュージック特有の楽器がフィーチャーされている。
 確たる証拠はないが、おそらく全米のカントリー・ミュージック専門のラジオ局ではこのミックスが放送されたのだろう。それはカントリー・ポップと呼ばれるジャンルで頂点を極めたテイラーが、「ポップス・チャート」に主戦場を移すためにマックス・マーティンと共同作業を始めながら、同時にカントリー・ファンをも繫ぎ止めるために作成したミックスだといえる。このミックスのリリース情報が大々的にはアナウンスされていないことも興味深い。つまり、リスナーは「同じ曲」を聴いていると思っているが、実際には「同じ曲」の別アレンジが、それぞれの地域の嗜好に基づいて届けられるのである。
 テイラー・スウィフトのこうしたマーケティング戦略は、実は国際的には初期の段階から採用されていた。たとえば二枚目のアルバム《フィアレス》の国内盤──彼女はこの作品で日本デビューを果たした──にはボーナス・トラックとして正規盤のトラック以外に7曲収録されているが、そのうち3曲はデビュー・アルバム《テイラー・スウィフト》からシングルカットされた曲の「インターナショナル・ミックス」である。
 試みにテイラーの三枚目のシングル、〈アワ・ソング〉の二つのバージョンを聞き比べてみよう。オリジナル版のイントロがフィドルとバンジョーで始まり、間奏ではドブロもフィーチャーされるのに対して、インターナショナル・ミックスではそうしたアコースティック楽器の音色は影を潜め、エレクトリック・ギターのポップなサウンドが前景化する。ファンの間で人気が高い〈ティアドロップス・オン・マイ・ギター〉や〈シュドゥヴ・セッド・ノー〉も同様に、インターナショナル・ミックスではオリジナルに収録されたバンジョー、マンドリン、フィドルなどの楽器がアレンジから外され、シンセサイザーなどよりエレクトリック/エレクトロニックなサウンドが強調されている。
 海外と国内で異なるバージョンをリリースする手法はシャナイア・トウェインも採用していたもので、それ自体が「カントリー・ポップ」というジャンルの両義性を示唆している。だからテイラー・スウィフトが2012年に〈私たちは〜〉で行ったのは、むしろこれまで海外向けに制作していたミックスを国内仕様にするという決断である。そのことでテイラーはアメリカ国内でポップスという、より広いフィールドのオーディエンスを相手にすることが可能になるが、元々の出自であるカントリー・ミュージック界のファンは置き去りにすることになる。〈私たちは~〉のカントリー・ミックスは、カントリー・ポップというジャンルが必然的に孕む矛盾――サウンド、地域性、そしてオーディエンスをめぐるマーケティングの困難――に対するセイフティ・ネットの役割を果たしていると思われる。

 

 繰り返すが、〈私たちは〜〉によってテイラーはアメリカのエンタテインメント業界において桁違いの成功を収めることになった。この曲がテイラーの「元カレ」である俳優のジェイク・ジレンホールとの関係を歌ったものだということはファンの間ではよく知られるが、「あなたは私の音楽よりよっぽどカッコいいインディー・ミュージックを聴きながら自分の世界に閉じこもっていたわよね」というあまりに有名なラインは、この曲とカントリー・ミュージックとの関係を考えると興味深い。つまり、テイラーはここでポップス/インディー・ミュージックという対立項を提示し、自身が体現するポップスに対してジェイクが象徴するインディー・ミュージックの「趣味の良さ」を自虐的に持ち上げるわけだが──そしていうまでもなく、その「ポップス」の圧倒的な華やかさとパワーによって彼女は文字通り音楽業界に君臨することになるのだが──、テイラーがこの対立項に身を置くことで、カントリー・ミュージックという彼女の出自が隠蔽されるのだ。それは彼女がポップスというフィールドに挑戦する上で非常に効果的なイメージ操作だったといえるだろう。
 また、この点をテイラー・スウィフトのミュージック・ビデオで検証する際に重要かつ予言的に見えるのは、映画の主題歌やライブ盤を除けば〈私たちは〜〉のひとつ前のシングルにあたる〈アワーズ〉(2011年11月)である。

〈アワーズ〉"Ours"
 〈アワーズ〉のビデオは、オフィスに出勤するテイラーがビルのエレベーターに乗り込むシーンで始まるが、テイラーのMVを見慣れていればいるほどこの場面の異質さが際立つだろう。テイラーのミュージック・ビデオ史上、「オフィス」や「働く女性」といった都市的な記号が現れるのはこのビデオが最初だし、エレベーターの同乗者としてアフリカ系やアジア系の人物が描かれるのもほぼ初めてである。テイラーは〈アワーズ〉以前にオリジナル・アルバムから15枚のシングルをリリースしているが、それらのビデオにマイノリティーはほとんど登場しない。また撮影場所についても、デビュー曲〈ティム・マグロー〉や〈マイン〉、〈バック・トゥ・ディセンバー〉など自然の風景をバックにしたものや〈ティアドロップス・オン・マイ・ギター〉、〈ユー・ビロング・ウィズ・ミー〉、それに〈ストーリー・オブ・アス〉など郊外の学校や図書館を舞台にしたものが多く、はっきりと「都市」の記号が描かれるビデオは〈アワーズ〉が初めてだったのだ。
 〈アワーズ〉は困難な状況における二人の恋愛関係を歌った曲だが、ビデオに現れる「都市の記号」がネガティヴなコノテーションで用いられていることを確認しよう。故障したコピー機や不真面目な同僚など、「働く女性」を演じるテイラーはストレスフルな労働環境に身を置いており、そうした苦難はビデオの最後に描かれる空港での恋人との再会──彼は軍人で海外任務から帰国したところである──によってようやく報われる。つまり、リベラルな価値観を体現する「都市」自体が主人公にとっての「困難な状況」であり、それが「軍人」という保守的な記号によって救済されるのだ。
 とはいえ、この時点でテイラー・スウィフトの作品世界に都市的な風景が可視化されていることの意義はいくら強調してもしすぎることはない。盟友ネイサン・チャップマンがプロデュースした〈アワーズ〉のアレンジは、音楽的には通常のカントリー・ポップのジャンルを逸脱するものではない。だがそのミュージック・ビデオにおいて、否定的な文脈ではあるとはいえ、都市やマイノリティーなどのリベラルな記号が導入されているという事実は、〈私たちは〜〉におけるマックス・マーティン&シェルバックとのコラボレーションを映像的に予見しているといえるのだ。
 このような視点でテイラーのディスコグラフィーをミュージック・ビデオとともに辿り直してみると、ひとつの興味深い点に気づく。デビュー曲の〈ティム・マグロー〉以来、基本的には田園風景や郊外の学校などを舞台にしたビデオが多いのだが、2009年8月にリリースされた〈フィフティーン〉以降、そうした保守的な記号の虚構性を強調する映像が増えるのだ。〈フィフティーン〉のビデオでテイラーは自然の中でアコースティック・ギターを弾いているが、背景がヴィジュアル・エフェクトで描写されることで、その自然こそがファンタジーであることが印象付けられる。また、2011年3月リリースの〈ミーン〉に至ってその傾向はさらに強まるといえるだろう。映像にはバンジョーを演奏するテイラーを始め、マンドリンやフィドルなどカントリー・ミュージックの伝統的な楽器が描かれているものの、それはあくまでも舞台上のことであり、その芝居がかった演劇性こそが強調されるのだ。音楽的に〈ミーン〉はむしろ伝統回帰的な側面が強い曲だが、付随するミュージック・ビデオでその虚構性が暴かれることによって楽曲の「保守性」が中和されるといえるだろう。
〈フィフティーン〉”Fifteen"
 
〈ミーン〉"Mean"
 

(10) Grady Smith, “Taylor Swift's new single ‘We Are Never Ever Getting Back Together’,” Entertainment Weekly, Aug. 14, 2012, http://ew.com/article/2012/08/14/taylor-swift-we-are-never-ever-getting-back-together-red/

音源は2017年3月5日現在、ここで聞くことができる。https://www.youtube.com/watch?v=0v6mkRRhEm0 (accessed 2017/3/5)