上田麻由子

第7回・まぼろしのオーケストラ

『ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」“勝者と敗者”』

もれなく愛おしい瞬間

 本作は休憩2回をはさみ、約3時間と長丁場の公演であり、観終わると、ものすごい疲労感に襲われる(もちろん心地よい疲労ではあるのだが)。それは時間が長いせいだけではない。すさまじい「圧」で3時間ずっと殴られ続けるような密度があるせいで、たとえば、うっかり「マチソワ」(2公演連続観劇)などしてしまうと終盤の居酒屋「おかえり」のシーンで、肩を落とす烏野の面々に涙を誘われつつ、あまりの空腹につい「生ビールとかつおのタタキひとつ!」と注文したくなってしまうほどだ(一幕での烏養コーチの「一口目のビールの旨さ」という比喩がここにきて効いてくるのかもしれない)。

 きっと、その「圧」の正体は、まず原作漫画のネームの強さがあり、それを客席に向かってぶん投げる役者たちや演出の気合いであり、同じ空気を吸って同じ場にいるからこそ生まれる熱であり、そのすべてが絡み合って観客をいやおうなしに試合へと巻き込んでいく風、いや嵐なのだろう。「攻めて、攻めて、攻め抜いた演劇」という、千秋楽の挨拶で役者自身から出てきた言葉どおり、どの瞬間を切り取っても、すべてのディテールに趣向が凝らされ、また物語的にも意味がある。

 できることならば、そのディテールをひとつひとつ取り上げて、いかに素晴らしいか丁寧に説明したいほどだ――直裁的に話されるからこそ胸を打つ田中の強さ、「かげやまトビウオ」のバカバカしくもはじける笑顔の眩しさ、文字どおり「一線を越え」つつ敗れ去る山口のせつなさ、ぎょっとするほど激しいスライディングの迫力、公演を重ねるごとに洗練されていくグルーヴ感、TDCホールという新しい会場の「幅めいっぱい」使った光と音、プロジェクションマッピング……。約3時間は決して短くはないにもかかわらず、どの瞬間も、もれなく目と耳、心を奪うのである。

逆風を味方につける意思

 オープニング直後、因縁のライバル・音駒高校の孤爪研磨が誘う、幻想的なシーンは舞台オリジナルである。彼がいう、試合のなかで吹いている「風」とは、ある意味、個人の力ではどうしようもできない、だからこそ立ち向かうべき運命のようなものだろう。このハイステでは、これまで運命のひとつの象徴として、舞台奥から手前に傾いた八百屋舞台の中心で回転舞台が廻っていて(「ハイキューくん」と呼ばれており、前作で引退かと思いきや本作から二代目が登場している)、たとえば本作でも自分を見失いかけた影山が菅原と交代させられるとき、そのお盆にバンッと両手をついて覚悟を問う主人公・日向翔陽は、文字どおり運命への異議申し立てを行っている。

 第一幕の最後、日向は「そうだ影山、思い出した。俺、夢を見てたんだ」と語る。この言葉は「過去に(研磨のでてくる)夢を見た」ことを指すと同時に「いま、このとき」が「夢」であることを思い出した、というふうにも受けとれる。「小さな巨人」に憧れ、バレーボール部に入り、中学時代は一瞬で終わってしまった試合に何度も出て、コートに立ち続けている「いま、このとき」は、たしかに彼にとって「夢」そのものだとも言えるだろう。

 そして、この「夢」という言葉はまた、「ハイステ」を通して2・5次元というジャンルに対してわたしたちが見ている「夢」のことをも思い出させる。過去の台詞だけでなく、これまで「ハイステ」が作り上げてきたシーンまでが、時に笑いへと変換しつつサンプリングされていく本作を観ていると、日向の言葉は、常に2・5次元の「頂の景色」を見せ続けてきたハイステ自身の、パイオニアとしての決意をも指しているように思える。初演の衝撃から、公演ごとに更新される「頂」、その高さにゾクゾクしつつ、ふと見下したときあまりの高さに足がすくむ。こんなに高い所に来てどうする? これから先、他の何にも満足できなくなるのでは? たとえばいつか、まさに今回の青城戦の最後で、翼をつけた日向がイカロスさながら真っ逆さまに落ちていったように、ドラマチックな幕切れを迎えてしまうのでは? 

 日向の言葉は「逆風を味方につけろって。影山、風に乗るぞ」と続く。おそらく超えようとしていたのはおのれ自身の「夢」の大きさであり、これまで実績を残したからこそ、それを凌駕するのはいっそうつらく、苦しい戦いになるのだろう(たとえば現在開催中の『ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」展』に足を運んでみれば、初代お盆の上に残された傷の多さ、激しさに心打たれるだろう)。しかし本作で、キャラクターたちの心に他でもない過去の自分自身の声が反響して、それに勝とう、越えようとしたとき、いっそう強くなっていくのと同様に、絶え間なく過去へと押し戻そうとする「風」を味方につけるからこそ、そこに新しいものが生まれる。この集大成“勝者と敗者”で「ハイステ」という作品の猛進に一区切りついたようなムードがあるとはいえ、できることなら音楽が空気を震わせ、言葉が心を震わせる瞬間を、これからも間近で体験していたい。

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