荒内佑

第8回
何て小さな思考が

今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、<日常>とそこに流れる音楽の話を綴る初めての連載が「webちくま」にて大好評、公開中です。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。

 
 多くのミュージシャンがそうであるように人前で話す時も、普段の会話でも自然と凡庸なことは避けるようになってしまった。気の利いた質問と返答、フックのある言い回し、相手を唸らせる独自の視点。職業病なのか知らないが、こんな振る舞いは裏を返せば自分の感性が凡庸なのが分かっているからだ。気の合う友達と飲みに行ったら楽しいし、親や友達が死んだら悲しい、恋愛映画を観たらキュンとしちゃう。そこに自覚的な分、自分は少~しだけ利口かも知れない。平凡なバカは自分を特別だと思う。だけど誰としても愉しいのは季節の話だ。臆面もなくできる。出会ったばかりの友達や付き合いたての彼女と、どの季節が好きで、あるいは嫌いで、どんな所に魅力を感じるのか、散歩でもしながら教え合う。ぼくは5月が一番好きだ。


 こないだ一日中歩いた日があった。よく晴れていて長袖だと暑い日。5月にはそんな時がよくある。もう日も暮れ始めて疲れきっていたので、公園のベンチで仰向けに寝そべって休んだ。そのベンチは大木を取り囲むようにして円状の形をしている。こんなことするの久しぶりだ、ホームレスだと思われっかな、ちょっと芝居じみてるか、とか考えつつ視界に入った木の枝葉をなんとなく眺めていた。風が吹いて葉がざわめき、夕陽に照らされ金色に輝き……もし18世紀の詩人だったら、この光景をそれらしく伝えられるだろうがそんな語彙は持っていないし、そもそもこの木の名前すら知らない。それよりも寝そべって木を下から見ていると枝がフラクタル状になっているのがよく分かる。ちょっとしたゲームのように部分と全体の相似を探していく。小さい枝を見てから全体に視野を広げる、逆に木全体を見てから細部にフォーカスする。それを繰り返しているとこの木を司っている構造が次第に見えてくる。<木が有する幾何学性と詩性>とか書くとほんとに小賢しいバカに思えるが、正直言ってこの時ばかりは生まれて初めて木を見て感動したのだった。


 リチャード・パワーズの音楽小説『オルフェオ』(新潮社)にはスティーヴ・ライヒの「プロヴァーブ」の歌詞が度々引用される。こんな感じで。

  ――何て小さな思考が人生の全体を満たすのか/How small a thought it takes to fill a whole life!

 この小説の主人公は架空の老いた現代音楽作曲家で、その道を極めようとする余りバイオテロの容疑をかけられアメリカ中を逃亡する。少しネタバレになるが、この主人公は学生時代に付き合っていた同じく作曲家志望の彼女のことを晩年まで引きずっている。高飛車で才能に溢れる彼女に認められたい、それが主人公のモチベーションの一つになっている。逃避行の最中、立ち寄ったカフェでライヒがかかっている。そうして「プロヴァーブ」が引用される。
 インテリ臭くてイヤになるが木を眺めていたら21世紀の音楽家らしく、この一節がふと去来したのだった。したのだからしょうがない。小さな思考が人生の全体を満たすように、木々の細部に小さなルールが宿りそれが全体を形作っている、という単純なアナロジーだ。だが、風に揺れる木を見て人生に思いを馳せるのも悪くはないだろう。ベンチで仰向けになったまま凡庸なインテリバカはそれを素敵なことだと考える。


 だけど、それだけじゃない。どんなルールにも必ず例外があって、完全にフラクタルな木なんて存在しない。枝葉を見ればルールと例外が同時にある。木を貫通する小さな決まりとそこからはみ出る枝や葉。ぼくはルールも例外もどちらも好きだ。どちらか一方だけなのは趣味じゃない。人生に例外がなかったら、いま手元にある『オルフェオ』は407ページあるんだが、こんなに物語は長くなるだろうか。ルールしかない人生はつまらないし、あり得ないというのは言うまでもない。この2つをコスモスとカオスとか、構造と力とか言ったりしてそれらしい話にするのももまあ良いんだけど、ぼくは人生に思いを馳せた上に、それは音楽のようだ、と思ってしまったのだった。マクロ視点でもミクロ視点でも、音楽にもルールと例外がある。ミニマルだったら反復されるフレーズのズレがもたらす効果は、作曲家が完全にコントロールできるものではない。恥ずかしいついでにもう一度書くが、木は人生のようだし、音楽のようだ。素晴らしいと思う。


 それでもう最後なんだけど、面倒くさくなってきたので木の話はしない。今日は小田朋美の傑作『グッバイブルー』を聴いていた。特にステマでもないし金品は受け取っていないことを強調しておくが、中でも「あおい風」という曲がとても気に入っている。車窓の景色が移り変わるようにコロコロと繰り返す転調、5月の街をエレガントに歩き回るような歌。ここにルールと例外がある、とかもう野暮ったいだろう。今日もよく晴れているので早く外に出たい。

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