ちくま学芸文庫

戦時経済研究に大きな影響を与えた名著

『日本の経済統制――戦時・戦後の経験と教訓』(ちくま学芸文庫)解説

戦時中の経済統制とはどのようなものだったのか。またなにがそうさせていたのか。名著『昭和史』(東洋経済新報社)の著者がこの大きなテーマをコンパクトに分析したのが本書です。岡崎哲二氏が、この本の意義を説きます。

 今回復刻される本書は、1974年に中村隆英氏が「日経新書」の一冊として刊行したものである。一般読者および関連分野の研究者に広く読まれてきた本書が復刻され、さらに広い読者にアクセスしやすいものとなったことの意味は大きい。 

 本書の内容を知るには、平明に書かれている本書そのものを読むことが捷径であるが、まず本書の概要を簡単にまとめておきたい。本書は、次のように、ほぼ時系列に沿って配列された5つの章から構成されている。

 

 プロローグ 「統制」の経験 

 1 恐慌と統制

 2 日華事変と全面統制の開始

 3 太平洋戦争前夜の日本経済

 4 太平洋戦争下の統制 

 5 戦後の経済統制

 エピローグ 石油二法の問題点

 

 プロローグでは、本書における「統制」の意味が簡潔に定義されている。統制とは「市

場の価格機構に何らかの方法で干渉し、その機能を制限すること」とされ、市場機構の機

能を制限しない通常の経済政策とは区別される。著者はその意味での統制に、民間企業の

カルテル等による「自主統制」と国家による統制の両者を含めているが、本書の主な対象

は後者の国家統制である。

 続く第1章では、日中戦争開始以降に本格的な経済の国家統制が開始される背景が記述

される。背景として取り上げられているのは、大恐慌への対応としての民間のカルテル

(自主統制)、「満州国」で関東軍を中心に行われた経済統制の実験、市場経済・資本主義経済を批判する内外の経済思想、ヨーロッパにおける第一次世界大戦の経験に基づく国家総動員思想である。 

 第2章では日中戦争期に国家による経済統制が拡大し全面化する過程が描かれる。発端

として強調されているのは、二・二六事件後に成立した広田弘毅内閣が行った大規模な財

政支出(「馬場財政」)とそれによる国際収支の急速な悪化である。財政金融の引き締めが政治的に困難な中で、残された選択肢として大蔵省が個々の為替取引を管理するという形での経済統制が、日中戦争開始に先立って19371月から実施された。そして同年7月に日中戦争が勃発すると、臨時資金調整法(19379月)、輸出入品等臨時措置法(同)、国家総動員法(19384月)という一連の法律によって政府は経済活動に対する広範囲な統制権限を掌握し、経済統制が全面化していった。1938年からは戦時期を通じてもっとも重要な経済計画として機能する物資動員計画(物動)が企画院によって作成されるようになった。個々の物資について供給を見積もって、それを陸海軍需、生産力拡充、輸出、官需、一般民需等のさまざまな用途に配分する計画である。日中戦争期の物動は輸入のために使用できる外貨の金額を基本的な制約条件としており、この条件が窮屈になるたびに経済統制が拡大・強化されていった。

 第3章は日中戦争期における経済統制の拡大・強化の到達点を描いている。ヨーロッパ

における第二次世界大戦の勃発を引き金として、193910月に財の価格・賃金・地代等が全面的に凍結され、運転資金に対する統制や企業の配当統制も行われた。こうした全面的な統制を裏付ける経済思想として「経済新体制」が標榜され、財界等からの反発によって修正を受けながらも、194012月、第二次近衛文麿内閣の下で「経済新体制確立要綱」が閣議決定された。

 第4章は194112月の日米開戦に至る経緯と太平洋戦争期の経済統制について記述している。太平洋戦争は「輸送力の戦争」という印象的な言葉で表現される。開戦当初、アジアの広大な地域を占領した日本は円貨で物資の調達が可能になった。これは日中戦争期に経済運営を制約していた外貨に関する条件が解除されたことを意味したが、他方で太平洋戦争は物理的な物資の輸送可能量(船舶の民需用配分)という新たな制約条件を課した。そして戦局の進展にともないこの条件が悪化するにつれて、日本経済と国民生活は困難の度を増していった。この間、悪化する条件の下で軍需生産を維持するために、行政機構改革(企画院と商工省の一部を合併することによる軍需省の設置)、企業改革(軍需会社法の制定)、金融制度改革(日本銀行法の制定、全国金融統制会の設立、大規模な銀行合併)等が相次いで実施された。

 第5章では、戦後における経済統制の継続とその撤廃について記述される。物資の不足

と急速なインフレの下で経済を再建するため、1947年から「傾斜生産」が開始され、そのための手段として戦時期に用いられた物資動員計画、資金配分の統制、価格統制といった手法が再び使用された。これらの施策によってある程度生産が回復してきた1949年、連合軍総司令官経済顧問公使としてアメリカからジョセフ・ドッジが日本に派遣され、彼の指導の下で財政・金融の急速な引き締めが行われて、インフレの終息と経済統制の撤廃が実現した。本章では最後に、経済統制が日本経済にもたらした変化、「戦時統制の遺産」について述べている。その中には、戦時期に拡大した重化学工業、行政指導に象徴される政府と業界の結びつき、日銀による「窓口指導」、金融機関と企業の間の系列関係、食糧管理制度、企業別組合、年功賃金、終身雇用が含まれる。

 本書には、いくつかのすぐれた特徴がある。第一に経済統制の発端から戦後の統制解除

にいたるまでの全期間を通してバランスよく記述されている点である。この特徴は、日本

の経済統制の歴史に関する見通しをよくしているだけでなく、目的や環境によって形を変

えながらも経済統制が共通する論理やメカニズムを持つことを浮き彫りにすることに寄与

している。

 第二に、本書はそれが刊行された1970年代初めの最新の研究に基づいて書かれている。中村氏は当時、原朗氏等とともに日本の戦時経済研究の最先端を切り開きつつあった。

本書には、中村隆英・原朗編『現代史資料国家総動員1経済』(みすず書房、1970年)、中村隆英・原朗「経済新体制」(日本政治学会年報『「近衛新体制」の研究』所収、岩波書店、1973年)、原朗「日中戦争期の外貨決済」1-3(『経済学論集』(東京大

学経済学会)38(1-3)、1972年)、原朗「一九三〇年代の満州経済統制政策」(満

州史研究会編『日本帝国主義下の満州―「満州国」成立前後の経済研究―』所収、御茶の

水書房、1972年)等、当時、相次いで刊行された新しい研究成果が反映されている。

 第三に、「はしがき」で中村氏がふれているように、同氏は戦時期に東京の木綿問屋の

子息として経済統制を実体験している。おそらくはそのことを反映して、本書では市井の

人々から見た統制経済の姿を描くことに意が用いられている。統制と経済警察による統制

違反の取り締まりが商工業者に与えた困惑、食糧配給の実相等の記述は、本書をより生彩

あるものにしている。 

 第四に、エピローグにあるように、本書は第一次石油危機後の現実を背景として書かれ

ている。1973年、物不足とインフレの加速に対応して、石油需給適正化法と国民生活安定緊急措置法、いわゆる「石油二法」が制定された。本書にはこれらの法律の発動が、戦時期と同様の統制の拡張をもたらすことへの中村氏の懸念が込められている。

 そして最後に、本書は当時の研究の最先端を反映したものであると同時に、そのことに

よってそれ以後の戦時経済・経済統制に関する研究に大きな影響を与えてきた。1980年代後半以降、新しい資料の発見・公開もあって、多くの研究者が日本の戦時経済をさまざまな角度から研究してきた。その蓄積は膨大であり、ここで紹介することはできないが、上に要約したような本書の論点は、これらの研究に継承され、その基礎を与えている。

 本書刊行前後から今日に至る日本の戦時経済研究については、原朗『日本戦時経済研

究』(東京大学出版会、2013年)の「あとがき」および山崎志郎『太平洋戦争期の物資動員計画』(日本経済評論社、2016年)の「はしがき」が、すぐれた展望を与えているので参照していただきたい。

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