ちくまプリマー新書

図書館は対話を待っている
成田康子『高校図書館デイズ 生徒と司書の本をめぐる語らい』 「はじめに」より

「ここって、仕事帰りのおじさんがふらっと寄っていきたくなるような居酒屋みたいなところですねー」六花さんは、部活動を終えて玄関へ向かう途中、図書館のドアを少し開けて顔をのぞかせます。閉館してから時間が経っているので、私のほかには誰もいません。遠慮がちにそっと足を進め、端までぐるっとひとまわりします。そして「さようなら~」と帰っていきます。

 図書館を訪れる生徒たちは、目的を持って、あるいはただ何となく、と思い思いに時間を過ごしていきます。自由に本を手に取り、座るところを決めます。座らなくたっていいし、極端なことを言うと、本を読まなくってもいい……それぞれのやり方があります。互いに尊重し合って、誰も邪魔しません。
 ここ札幌南高校(通称・南高あるいは札南)は小中学校のときから学習意欲が高く「熱心に勉強」し入学してきた生徒が多い、旧制中学校から続く北海道で最も歴史のある高校です。「高い識見と豊かな情操を養う、自由な気風」のなか、服装は自由、部活動は三つまで掛け持ちできます。ほとんどの生徒が大学進学を希望しています。その図書館は校門から生徒玄関に向かう途中、左手に見える建物の一階にあります。
 六花さんは、この南高図書館は「きらきらしているところ」だと言います。毎日の勉強や部活動で気ぜわしく感じられるとき、図書館という場所は「なんだかほっとする空間」なのだそうです。「人と自分を比べ過ぎて、自分が嫌いになる。自分のやりたいことを前面にアピールしている人に憧れるし、そうなりたいと思う。日々それに挑戦しては失敗し、自信を失くすけれどやっぱりやめられない、そういう高校生活」。そのようななかで「図書館は、これをしなさいと強制されることなく、自分だけの世界を持っていいし、たった一人でいられるからいい。でも、誰かと話したかったら、それはそれで話せる人が周りにいることに気づかされる」と言います。

 この本に登場する十三人の主人公は、図書局(新聞局・放送局に類する)員として活動する生徒、図書館活動に協力するサポーターの生徒、そして図書館を利用する生徒とさまざまで、仮名ですが実在する人たちです。執筆当時在校していた生徒も、卒業生もいます。それぞれの本の読み方、本との関わり方、本との思い出など、率直に、時には照れながら、懐かしそうに、しばしば熱く語られます。彼らから話を聴いたのは学校司書をしている私です。私は「司書の先生」としてところどころに出てきます。彼らとは日頃からあいさつを交わしたり、少しおしゃべりをしたりする間柄です。「お勧めの本、ありますか?」と声をかけられたり、本を返しながら「この本、すごく良かった!」と感想を伝えてくれたり、「これって、どういう意味だと思いますか?」と本の内容に関する疑問から話しこんだり、とそれらに応えていくうちに、本にまつわるいろいろな話に発展していきました。

 私は、いつの間にか彼らといっしょに、うれしくなったり喜んだりしています。思いがけない話を聞いたり、はらはらしながら見守ったり、じーんとしてしまったり、ときには、もうそれ以上話さないほうがいいんじゃないか、と辛くなることもあります。彼らは、本をとおして自分のことを語ります。高校一年生から三年生まで、部活動や塾・予備校に通うなど忙しい日々を送っています。それでも、本を読みたい、読むことが欠かせない人たちです。悩んだり苦しんだりすることと本を読むことが並行しているようなのです。「本にはたくさんのヒントが書かれている」「本を読むと落ち着く」「本っておもしろいから」……本のなかの言葉を頼りに前に進んでいます。本を読むのを楽しんでいます。答えを見つけるきっかけを本のなかに求めたり、社会のことや世界の動きへの疑問・関心を本のなかに探したりする人もいます。

 この本は、一人ひとりの話をもとに、私なりに解釈して書きとめました。その人らしさを伝えるために、本人が書いた文章を部分的に引用しているところもあります。

 さあ、目次を見て、好きなところから読み始めてください。
 それぞれの物語に耳を傾けてみましょう。