ちくま文庫

あなたの人生、パンクさせます

『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』解説

6月のちくま文庫新刊、ブレイディみかこさんの『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』に寄せられた栗原康さんによる解説「あなたの人生、パンクさせます」を公開します。

 さいきん、ある高校の入学式に出席した。それでひさびさにおもいだしたのだが、昔からお偉いさんの挨拶というのはマジでクソだったということだ。「みなさんは、日本国の礎(いしずえ)にならなくてはいけません。みなさんは車の部品とおなじなんです。ひとつでも欠けたら不良走行になってしまいますからね。みんなに迷惑をかけないように励んでください」。税金でもいっぱいはらえるようになればいいのだろうか。機械の部品みたいに、文句もいわず死ぬまではたらけばいいのだろうか。この国の未来のために、みんなのために。役にたたなきゃ不良部品だ、とりかえましょうと。そんなこといわれると、もういいたくなってしまう。オレたちに未来なんてない。人生なんてパンクさせてやれ。暴走したっていい、ぶっこわれたっていい、うごけなくなったっていい。そのときはじめて、車の部品なんかじゃない、このオレの人生がみえてくるんだ。パンクで上等、クソしてねやがれ。死力をつくして、ハネたいとおもう。くそったれの人生。

 そんなことをおもいながら、パッとあたまにうかんだのが、本書『花の命はノー・フューチャー』だ。もともと本書は、二〇〇五年に碧天舎から出版されたもので、ブレイディさんにとっては初の単行本になる。エッセイ集だ。今回のは、それに未収録エッセイとかきおろし原稿をくわえて文庫化したものだ。しかし、ちょっとまえの文章というのはいいもんで、ほんとうに三十代のころの荒々しい、そして繊細なブレイディさんの心がむきだしのまんまあらわれている。じゃあ、その心はというと一目瞭然である。パンクだ、セックス・ピストルズだ、ノーフューチャーだ。ブレイディさんは、一九九六年からおつれあいといっしょに、イギリスのブライトンに住んでいるのだが、ここがまたおもしろいところで、むちゃくちゃ雑多である。一般的には、イギリス屈指のリゾート地としてしられていて、観光客や金持ちがあつまってくるのだが、ゲイやレズビアンがたくさんいることでもしられていたり、ブレイディさんたちがいる丘の上には、貧乏人や野生の動物がたくさん住んでいる。いいところだ。本書は、そんなブライトンの日常をえがいている。

 たとえば、ブレイディさんはおとなりの少年と仲良くなっているのだが、イギリスは日本以上に階級格差がはげしくて、労働者階級出身だったら、その子もたいていは労働者になる。それこそ何代も何代もおなじことだ。そりゃそうで、家に財産なんてないわけだから、毎日、食いつなぐためにはたらいて、あとは酒をくらってねるだけだ。子どもを大学になんていれられない。いい仕事に就いてたくさんかせぐことが、いい未来だとよばれるならば、はじめからそんな未来はないのである。いくらあがいてもないもんはない。ノーフューチャーだ。でもじゃあ、その少年はかわいそうなのかというと、そうじゃない。ゼニがほしけりゃ、その場でつくれ。バイクにスマホ、やっぱり手がでる万引き野郎。窃盗だ。それを闇ルートで売りさばけばゼニもはいるし、そこならみんな、あるていどほしいものが安くゲットできるようになっている。貧乏人同士のたすけあいだ。しかも、そんな子にブレイディさんがセックス・ピストルズを紹介するから、またドハマりだ。朝からめざましがわりに、爆音でかけたりして、近所迷惑だったりはするのだが、きっと、その子はあたまをはげしくゆさぶり、ピョンピョンピョンピョン、ハネながら、自分がやっていることをはっきりと理解したにちがいない。未来なんていらない。国のために生きろとか、ゼニのために生きろとか、いちいちいちいち、うるせえんだよ。そんなもんにかかずらっているヒマがあったら、しれっと別の生きかたをしてしまえ。貧乏人なめんな。日常生活をパンクさせよう。そうだ、これが真の教育だ。

 それから、女性のはなしもおもしろくて、どうもイギリスでは三五歳以上の男性の、三分の一が子づれの女性とつきあっているらしい。これが日本だと、いまだに母親の貞操観念がつよくて、女は一人の男につくせ、そのぶん男がはたらくんだと、みんな家でも職場でもがんじがらめになっている。家族の未来のために、みんなのために。シングルマザーになっても、やっぱり恋愛をためらわされる。それにくらべて、イギリスのお母さんたちはたくましい。結婚していようといまいと、子どもがいようといまいと、好きになったら、倫理もクソもありゃしねえ。やっちまいな。きっと、そういうのをふつうにやっていくことで、ひとはほんとうの意味で自由になっていくんだとおもう。女だけじゃない、仕事でがんじがらめの男もだ。さて、字数がつきたので、そろそろ結論にしよう。本書の魅力はどこにあるのか。花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき。とどのつまりはクソなのだ。だったら、なんでもやってやれ。あなたの人生、パンクさせます。

 

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