ちくま新書

あらためて「現代思想」とは何か?

「共同幻想」「大きな物語」「エクリチュール」といった現代思想の概念をわかったつもりになっていませんか? それらをきちんと理解するための1冊、6月刊『現代思想の名著30』の「はじめに」を公開いたします。

 二一世紀の一〇年代も後半になった現在、「現代思想」という言葉はかなり曖昧になっている。単に、最近流行している思想とか有力な思想という意味でしか受け止めていない
人も少なくないだろう。しかし一九八〇―九〇年代の日本では、「現代思想」にはかなりはっきりしたイメージがあった。[現代思想≒ポストモダン思想]という理解がかなり一般化していた。
「ポストモダン」というのは多義的な言葉だが、哲学史的な文脈に限定すると、デカルトに始まる、「自我」あるいは(自我を基盤とする)「主体」を中心に据えた近代哲学の枠組みを解体する、あるいは、それと別の枠組みを探究する、新しい思考の系譜、という意味になるだろう。大学などのアカデミックな制度の中で、狭義の「哲学」とされてきたものの限界を超えて、他分野の手法も取り入れながら、「自我」や「主体」に囚われない思考様式を獲得しようとしたのが、「ポストモダン思想」である。おおよその所、そう理解していいだろう。
  ただし、脱哲学の「新しい思考」と言っても、平板化されたマルクス主義のように、[近代哲学=観念論]と見なし、それに対抗すべく、あらゆる存在(者)や出来事を物質の運動に還元してしまおうとする二項対立的な思考とは一線を画する。二項対立思考とは、「精神/物質」「主体/客体」「理性/非理性(感情)」「文明/野蛮」「男性的なもの/女性的なもの……といった二項対立構造を前提にしたうえで、抑圧されている側の方に味方して、抑圧している側を打倒することを目指す思考である。本文中で随時述べていくように、「ポストモダン思想」と呼ばれる系譜に属する理論家たちは、そうした二項対立的な前提自体が近代哲学、あるいは、「近代」の根底にある近代的思考の産物であり、それに囚われている限り、本当の意味で、「近代」の呪縛から離脱することはできないことを示唆する。
 日本を含む西欧諸国で、典型的なポストモダン思想と目され、注目されたのは、一九五〇~六〇年代にフランスを中心に影響力を及ぼした構造主義、及び構造主義が前提している「構造」概念に残存している近代的な前提に疑問を呈したポスト構造主義である。構造主義は、狭義の「哲学」ではなく、文化人類学や精神分析、言語学、文芸批評などの方法論である。構造主義は、搦め手から哲学的な「主体」概念を攻めているので、従来の哲学に物足りない人にとっては新鮮に見えるが、哲学に加えて、精神分析、文化人類学、言語学、記号学、文芸批評の基礎知識のない人には、何が問題になっているのか分かりにくく難解である。そうした構造主義の戦略を前提に、その不徹底を批判するポスト構造主義はそれに何重にも輪をかけて難解である。
 日本で「現代思想」と呼ばれていたのは、構造主義/ポスト構造主義に加えて、これらと微妙な関係にあった「現象学+実存主義」系の思想である。フッサールやサルトルの思想は、「自我」や「主体」といった基本概念を否定していないが、その意味するところを根源まで突き詰めた結果、換骨奪胎しているようにも見える。ハイデガーは、構造主義とは異なったやり方であるが、「存在論」の復活という形で近代哲学の解体を試みている。ドゥルーズ、フーコー、デリダ等、ポスト構造主義――本人たちはこの名称を好んでいなかった――の代表的な論客たちはハイデガーの影響を強く受けている。
 もう少し広い意味での「現代思想」として、これらの理論を援用する形で、生産から消費へと軸を移し、人々の欲望やライフスタイルを多様化させることで成長を図るようになった、現代資本主義を分析する「ポストモダン」系の社会理論を、これに含めることもある。この領域では、広告、メディア、ポップ・アート、サブカルチャーなど、表象文化全般が分析・評価される。自らそれらの領域で活動する思想家もいた。大量消費社会を記号論的に読み解いたボードリヤールや、ポストモダン的な知の在り方を説いたリオタールのように、構造主義/ポスト構造主義と理論的に深い繋がりのある理論家が少なくない。専門的な哲学や文芸批評にあまり親しみのない人が、「現代思想」という言葉でイメージしていたのは、この領域だろう。
 九〇年代に入ると、非マルクス主義的左派の中から、「ポストモダン」系の思想の影響を受けて、脱近代的な方向での社会批判を試みる潮流が生まれてくる。ラディカル・フェミニズム、カルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアル・スタディーズなどである。これらまで含めて「現代思想」という言葉が使われるようになった。この領域では、「近代」において周縁的、あるいは、不可視の場所に押し込められ、価値を認められてこなかった他者たち、その文化の存在に焦点が当てられる。文化における「闘争」という側面が強くなるので、脱二項対立には必ずしも力点が置かれない。ただし、「人間」の「本質」に関する近代的な諸規定を脱構築するという最終目標自体は、構造主義/ポスト構造主義と共有されているように思われる。
 そこで、本書では「現代思想」を、Ⅰ現象学・実存主義Ⅱ構造主義Ⅲポスト構造主義Ⅳ表象文化面からの資本主義批判Ⅴ文化的他者論の五つのカテゴリーに便宜的に分けたうえで、それぞれのカテゴリーの名著五冊ずつ、及び、それらに対応すると思われるⅥ「日本の現代思想」の代表的著作五冊を選んで紹介することにした。全体で三十冊という制約に加えて、かなり便宜的にカテゴリー分けしていることもあって、現在でも広く読まれている著作、専門的に評価の高い著作、近年注目が高まっている理論家の著作で、このリストから漏れているものは多々あるが、随所で、「現代思想」に属する諸理論・理論家の相関関係を示しておいたので、各読者がこれをきっかけに関心の幅を広げて頂ければ幸いである。
 

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