アメリカ音楽の新しい地図

2.ブルーノ・マーズとポストコロニアル・ノスタルジア

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

植民地のエルヴィス・プレスリー
 ブルーノ・マーズのことを正確に理解するには、1898年の米西戦争にまで遡る必要がある。
 1890年に国勢調査局が宣言した「フロンティアの消滅」に前後するようにアメリカは積極的に海外進出を始めるが、宗主国スペインに対してたびたび反乱を起こしたキューバに加担する形でアメリカが介入し、勝利を収めた米西戦争は、モンロー・ドクトリンを掲げるアメリカの矛盾を浮き彫りにした。合衆国はヨーロッパの問題に干渉しないという孤立主義が、実際にはヨーロッパ列強の南北アメリカ大陸への進出を防ぐための口実であることが明らかになったのだ。この戦争の結果、アメリカは旧スペイン領のプエルトリコを保護国としてカリブ海への影響力を強めただけでなく、太平洋ではフィリピンとグアムをも領有することになった。
 さらに19世紀半ば以降、アメリカは捕鯨基地として、また西海岸の安全保障のためにハワイに圧力をかけ続けてきたが、1893年に王朝を廃止させたのちに正式にハワイを併合する。こうして世紀転換期のアメリカは積極的に海外進出を繰り返し、国内でもその帝国主義的な振る舞いに関して議論が沸き起こる。マーク・トウェインは母国の植民地主義に反対する立場から「戦争の祈り」という短編を執筆することになるだろう。
 ブルックリン出身のプエルトリコ系ユダヤ人の父親とフィリピン出身の母親を持ち、ハワイで生まれ育ったブルーノ・マーズは、その意味で19世紀末のアメリカ帝国主義、とりわけその植民地主義の痕跡を文字通り体現する存在だといえるのだ。
 こうした視点から見ると、ブルーノ・マーズが幼少期にエルヴィス・プレスリーのモノマネで(impersonator) 知られていたという事実は興味深い。音楽家の家族に生まれ、2歳の頃から故郷ワイキキのステージに立っていたと豪語するブルーノは、4歳の時点で「リトル・エルヴィス」という芸名で週5日の興行に携わり、地元ホノルルの雑誌『ミッドウィーク』誌の表紙を飾っている(1)。その姿はカメオ出演した映画『ハネムーン・イン・ベガス』(1992)でニコラス・ケイジ、ジェームズ・カーン、サラ・ジェシカ・パーカーらとともに今でも確認することができるが、世紀転換期のアメリカの被植民者の血を引くブルーノのキャリアが、エルヴィス・プレスリーという宗主国のアイコンのモノマネで始まることの意義をあらためて考察してみよう。

『ハネムーン・イン・ベガス』のリトル・エルヴィス出演シーン
 

 ポスト植民地主義の思想家ホミ・バーバは、いまや古典として知られる「擬態と人間について──植民地言説のアンビヴァレンス」という論文において、植民地的擬態(mimicry)という概念を展開した。植民地には必然的に宗主国の文化や習慣が広まるが、そうした支配の象徴として現地に生み出される「擬態人間」──それは、ある19世紀の書物に「血と肌の色においてインド人でありながら、趣味、意見、道徳、および知性においてはイギリス人であるような人々の集団」と記されている──には、隷属の意味だけでなく体制への撹乱機能が備わっているという(2)。植民地的従属主体は、その「ほとんど同一だが完全には同一ではない」という性質、すなわちその模倣の不完全さゆえに支配者の権威とイノセンスを磨損し、「潜在的また戦略的に、秩序を脅かす抗告でありうる」のだ。「黒い膚は人種差別主義者の視線のもとで裂け、(…)差異を知らない無傷の白い身体という他者恐怖の神話が暴き出される」というバーバの議論は、エルヴィスを真似る擬態人間としてブルーノ・マーズを解釈することを可能にする(3)
 アメリカ合衆国では主として1980年代から90年代以降、エドワード・サイード、ガヤトリ・スピヴァク、そしてホミ・バーバなどによってポスト植民地主義思想が導入されたが、まさにその同じ時期に、前世紀末のアメリカ植民地主義の末裔ともいえるシンガーが台頭するのは特筆に値する。とりわけ1990年代のアメリカはヒスパニック人口の増加が話題になるなど、それまで「白人」対「黒人」と常に二項対立的な歴史観で捉えられてきた文化史に代わって、多文化主義的な思想が浸透した時期でもある。ヒスパニックかつアジア系をルーツとするブルーノ・マーズが、エルヴィス・プレスリーというカルチュラル・アイコンを模倣する──それは宗主国の文化に取り入ると同時にその権威を剥奪する行為に他ならないが、そうした彼の擬態的なアティテュードこそが、アメリカのエンタテインメント業界においてポスト植民地主義的かつ多文化主義的な磁場を形成し、その中で自らのスターダムを築き上げることに成功したといえるのだ。

 

(1) Clover Hope, “Bruno Mars On Songwriting, Singing As A Tot, Working With Ne-Yo,” Vibe, October 4, 2010, http://www.vibe.com/2010/10/bruno-mars-songwriting-singing-tot-working-ne-yo/
(2) Homi K. Bhabha, The Location of Culture (London: Routledge, 1994), 122. ホミ・K・バーバ(本橋哲也、正木恒夫、外岡尚美、阪元留美訳)『文化の場所──ポストコロニアリズムの位相』法政大学出版局、2005年、151頁。
(3) バーバ『文化の場所』、158頁。

 

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