アメリカ音楽の新しい地図

2.ブルーノ・マーズとポストコロニアル・ノスタルジア

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

 また、多文化主義の徹底はアイデンティティーをより多義的に、ハイブリッドに捉える風潮を後押しする。1990年代以降、黒人研究の領域で話題になった「ポスト・ソウル」と呼ばれる新しい世代の特質について確認してみよう。グレッグ・テイトやトレイ・エリス、さらにはネルソン・ジョージによって紹介されたアフリカ系アメリカ人の「ポスト・ソウル」世代──黒人研究者マーク・アンソニー・ニールは、それをワシントン大行進の1963年からアファーマティブ・アクションに対する違憲判決(カリフォルニア大学対バッキ)がでた1978年の間に生まれた世代と定義する──は、前世代とは明確に異なる価値観を有しているという(4)。公民権運動やブラック・ナショナリズムがひと段落したあとに成人した彼らは、世代として非政治的になっているだけでなく、ブラック・アイデンティティをより流動的かつ混淆的に捉えるようになったというのだ。その点で「ポスト・ソウル」の美学はアフリカ系アメリカ人によるポストモダニズムとも呼ばれるが、アイデンティティーをこのように認識する潮流は、最終的に多文化主義そのものの否定につながるだろう。
 21世紀に入り、アフリカ系とアジア系というマイノリティー同士の相互交渉の歴史に着目し、アフロ=アジアというフレームワークを提示したインド人知識人ヴィジャイ・プラシャドは、多文化主義そのものが本質主義に根ざしているとして、ひとりの人間に複数の文化的アイデンティティーを措定するポリカルチュラリズムという概念を提示した。人はそれぞれ複数のアイデンティティーによって構成されるのであり、文化的同一性の輪郭を切り取るより文化の複数性そのものを解析すべきであるという主張は、たしかに本稿の主役にも当てはまる思想である(5)
 ブルーノ・マーズは17歳のときにハワイからロサンゼルスに移り住み、2004年にモータウン・レコードと契約した。のちにウィル・アイ・アムの事務所とも交渉を重ねたようだが、この時期の音楽活動が実を結ばなかった理由のひとつに、レーベルが彼をラテン音楽のミュージシャンとして売り出そうとしたことが挙げられる。ブルーノの本名が(ラテン系であることを示す)ピーター・ジーン・ヘルナンデスであることから、レーベルは当時大ヒットを飛ばしていたエンリケ・イグレシアスの路線を狙ったのだろう(6)。結局ブルーノはこの要求を無視してポップスやブラック・ミュージックの領域で華々しく活躍することになるのだが、このときの彼の決断──ヒスパニック/ラティーノだからといってラテン音楽をする必要はない──そのものがマルチカルチュラリズムとポリカルチュラリズムの差異を決定的に表しているといえるだろう。
 しかも、この話には続きがある。人種的ステレオタイプを避けるためにはいっそのこと別の惑星を思わせる姓を付ければ良いとして、ブルーノは自らマーズ(火星)と名乗るようになるのだが、この逸話はその後のブルーノのキャリアを考える上で示唆に富んでいる。なぜなら、それがアイデンティティーを遊戯的かつパフォーマティヴに捉えるポリカルチュラルな意識を反映するだけでなく、のちに彼自身の音楽の主要な要素となるフューチャリズムを予感させるからである(ちなみにブルーノという名は、当時「人間発電所」と呼ばれて人気を博したプロレスラー、ブルーノ・サンマルチノに似ていることから二歳の頃に父親につけられたものである)(7)

 

(4) Mark Anthony Neal, Soul Babies: Black Popular Culture and the Post-soul Aesthetic (New York: Routledge, 2001), 3.
(5) Vijay Prashad, Everybody was Kung-Fu Fighting: Afro-Asian Connections and the Myth of Cultural Purity (Boston, Beacon Press, 2001), xi-xii.
(6) Chris Heath, “The Mars Expedition,” GQ, March 19, 2013, http://www.gq.com/story/bruno-mars-interview-gq-april-2013
(7) Heath, “The Mars Expedition.” GQ.

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