アメリカ音楽の新しい地図

2.ブルーノ・マーズとポストコロニアル・ノスタルジア

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

 アメリカ文化を「白人対黒人」という二項対立で掌握する思考から(ヒスパニック、アジア系など)マイノリティーの複数性、さらにはポリカルチュラルなアイデンティティーを強調する歴史観へ──ポスト植民地主義の流入に対応するかのように音楽業界で台頭したブルーノ・マーズの楽曲は、ときにそれ自体がマイノリティーの分節化に寄与することがある。試みにデビュー曲〈ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー〉(2010)のケースを検討してみよう。
 ブルーノ・マーズはフィリップ・ローレンスとアリ・レヴィーンとともに結成したスミージングトンズ名義でB.o.B〈ナッシング・オン・ユー〉(2009)とトラヴィス・マッコイ〈ビリオネア〉(2010)を手がけ、この二曲が大ヒットしたことでシンガーとして脚光を浴びる。2010年7月に満を持してリリースされたデビュー曲〈ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー〉はいきなりビルボードの総合チャート1位を獲得し、年間チャートでも18位に入る異例のメガヒットとなった。
 実はこの曲は2011年11月23日に放映された『グリー』シーズン2の第8話「グリー式ハッピーウェディング」でフィーチャーされている。よく知られるように、『グリー』はオハイオ州の架空の高校ウィリアム・マッキンリー・ハイスクール──ちなみにこの高校名は米西戦争でアメリカを勝利に導いた第25代アメリカ大統領にちなんで名付けられている──の合唱部を舞台にし、そのクラブに集うアフリカ系、アジア系、ゲイ、障害者などさまざまなマイノリティーの生徒たちの奮闘を描く学園ドラマである。
 〈ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー〉はクラスメートのフィンとカートのそれぞれの母親と父親が再婚する結婚パーティーのシーンで演奏されるのだが、アメフト部に所属し、クラスの人気者でもあるフィン──彼を演じたコーリー・モンテースは2013年に31歳の若さで亡くなってしまった──がゲイでいじめられっ子のカートの手を取りフロアに誘い出し、「君はありのままでアメイジングだ」と高らかに歌いあげるシーンは、男女の恋愛関係を前提とする原曲の設定がセクシュアル・マイノリティーを力強く肯定する内容へと読み替えられる、すなわちブルーノの背負うマイノリティーの意味作用が書き換えられる点で、この曲の可能性を最大限に引き出す解釈だといえる。この半年後に大統領が全米に向けて同性婚支持を宣言した際、保守派の政治家サラ・ペイリンの娘ブリストルは「オバマは『グリー』の見過ぎだ」と批判することになるだろう。

『グリー』より〈ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー〉のカバー

現在へのノスタルジア
 では、ブルーノ・マーズの曲は何故これほどヒットするのだろうか。その音楽の特徴は絶妙な「懐かしさ」の感覚にある。それはエルヴィスという、「すでに懐かしい」アイコンのモノマネでデビューしたブルーノのキャリア全体にかかわるといえるが、その傾向は多くのミュージック・ビデオにもはっきりと現れている。そもそもデビュー曲〈ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー〉の映像で重要な役割を果たしているのが「懐かしい」メディアのカセットテープだし、〈ヤング・ガールズ〉(2013)のビデオには最初から最後までジュークボックスしか映されていない。〈君がいたあの頃に〉(2013)のミュージック・ビデオが字幕から画質に至るまであからさまにレトロなスタイルで撮影されているのは、もはや意図的な演出としか思えないだろう。
 ブルーノ・マーズの音楽活動を貫く「懐かしさ」の感覚は2013年5月にリリースされたシングル〈トレジャー〉にも明らかだ。ミラーボールが煌めくフロアのシーンで始まるミュージック・ビデオは途中から宇宙を思わせる空間を背景にミュージシャンが演奏を繰り広げるが、この映像自体がマイケル・ジャクソンの〈ロック・ウィズ・ユー〉(1979)やアース・ウィンド&ファイアーの〈レッツ・グルーヴ〉(1981)のミュージック・ビデオに酷似している点でノスタルジーを誘発する。そしてこの「(未来への)懐かしさ」は、容易にパスティーシュへと滑走しうる感覚だといえるだろう。

Bruno Mars “Treasure”
 
Michael Jackson “Rock with You”
 
Earth Wind & Fire “Let’s Groove”
 

 新作《24Kマジック》( 2016)ではその傾向がますます強まっており、多くのメディアが「ノスタルジー」という言葉とともにアルバムを肯定的に評価した。《24Kマジック》にはファンクやニュー・ジャック・スイングなど、1980年代から90年代の黒人音楽を参照した曲が多いのだが、ビルボード誌のウェブサイトのように〈24kマジック〉=ザップ&ロジャー、〈チャンキー〉=カメオ、〈パーマ〉=ジェームズ・ブラウン、〈ザッツ・ホワイト・アイ・ライク〉=ジョデシなど、ひとつひとつの曲の「元ネタ」をご丁寧に解説するサイトも現れた(8)
 だがいうまでもなく、ブルーノ・マーズ自身は黒人の記憶を有していない(インタビューを読むかぎり、彼はアフリカ系ではない)。つまり、ここで誘発される「懐かしさ」は、かつて一度も経験したことがない喪失であり、対象を伴わない不在の過去をめぐる郷愁だといえる。それはフレデリック・ジェイムソンのいう「現在へのノスタルジア」──すでに過ぎ去ったものとして現在を提示する手法──とみなすことができるだろう(9)。ここで重要なのは、ブルーノ・マーズが「黒人性」というオーセンティシティーを有しないからこそ、その不在の指示対象を通してマイノリティーの多文化、ポリカルチャー化が進む点である。一般的に「黒人音楽」とみなされるマイケル・ジャクソンやアース・ウインド&ファイアーの「黒人性」が、ブルーノ・マーズの「懐かしい」演奏を通して──その現在の「歴史化」という作業を通して──ヒスパニック/ラティーノやアジア系の過去へと分節化されるのだ。
 ブルーノ・マーズがメジャー・デビューする以前、1990年代半ばの時点ですでに「フィリピン人がアメリカのポピュラー音楽に示す不気味なまでの親近感」について論じた文化人類学者アルジュン・アパデュライがいうように、「アメリカのノスタルジアは、フィリピン人の欲望へと食い入ることによって、過去の紛うことなき再現として表象されている」。そして、その「記憶のないノスタルジア」を解き明かすと「アメリカによるフィリピンへの宣教活動と政治的強奪という物語が剥き出しになってくる」のであり、「その結果の一つが、擬似的アメリカ人という民族の創出」である(10)
 ここでアパデュライのいう「擬似的アメリカ人 make-believe Americans」をバーバの「擬態人間」と接続することはさほど難しくないだろう。植民地主義の結果として生み出される「擬似的アメリカ人=擬態人間」は、それが本来的に持つ撹乱機能を通して宗主国の権威を剥奪し、マイノリティーの分節化とアイデンティティーの流動化を促進する。アメリカ帝国主義の遺産を受け継ぐブルーノ・マーズは、マルチカルチュラリズムとポリカルチュラリズムが浸透する時代に、その植民地的擬態を通してアメリカ文化の正史そのものを書き換えるのだ。


(8) Jim Fusilli, “‘24K Magic’ by Bruno Mars Review: A Soundtrack for ’80s and ’90s Pop Nostalgia, ” The Wall Street Journal, Nov. 18, 2016, https://www.wsj.com/articles/24k-magic-by-bruno-mars-review-a-soundtrack-for-80s-and-90s-pop-nostalgia-opinion-1479509741?mg=prod/accounts-wsj; Brent Bradley, “Bruno Mars’ ‘24K Magic’ is Timeless, Nostalgic Gold,” DJ Booth, Nov. 18, 2016, http://djbooth.net/news/entry/2016-11-18-bruno-mars-24k
-magic; Andrew Unterberger, “Bruno Mars' '24K Magic': A Track-by-Track Guide,” Billboard, Nov. 19,2016, http://www.billboard.com/articles/columns/pop/7581423/bruno-mars-24k-magic-artists-influences-riyl
(9) 
Fredric Jameson, Postmodanism: Or,The Cultural Logic of Late Capitalism.(Durham: Duke University Press, 1991), 279-296.

(10) Arjun, Appadurai, Modernity at Large: Cultural Dimensions of Globalization (Minneapolis, University of Minnesota Press, 1996), 29-30.アルジュン・アパデュライ(門田健一訳)『さまよえる近代——グローバル化の文化研究』平凡社、2004年、62-63頁。

 

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