ちくま新書

いい汗を爽快にかく方法とは?

高機能な汗のキーワードは「暑熱順化」

ちくま新書6月刊『汗はすごい――体温、ストレス、生体のバランス戦略』の「はじめに」を公開します。最新の脳科学の成果からさまざまな疾患による影響まで、人類が獲得したすばらしい能力「汗」のすべてを、発汗生理学の権威が解き明かします。

 汗にどのようなイメージを持っているだろうか。鬱陶(うっとう)しいのを連想する人は多いだろう。猛暑の日、とめどもなく流れる汗は耐え難い不快な感覚をもたらす。できることなら汗を止めてしまいたい衝動にかられるだろう。一方、気持ちのいい汗をかくという表現があるように、適度な運動や入浴後などででる汗に爽快感を感じることも多い。汗とは一体何者であろうか。
 汗は大部分が水分である。この水分が蒸発すると身体が冷える。汗の冷却効果は絶大で、汗は人体のオーバーヒートを防ぐための大切な役割を担っている。汗が止まってしまうとすぐ体温は上昇し、熱中症に直結するといえば汗の重要性を理解できるだろう。
 汗は、皮膚にある、目に見えない無数の小さな汗腺でつくられ、その表面に開く小さな穴から外に排出される。蒸発する汗はたいてい見えないが、冬に激しい運動で大量に汗をかくと、全身の皮膚から超音波式加湿器かスチームのように、水蒸気が立ち上っている。
 汗腺の種類には二種類ある。形は小さいが能力の高いエクリン汗腺と、大型であるが能力はそれほど高くないアポクリン汗腺である。ふつうわれわれの目に見える汗はエクリン汗腺がだしたものである。このエクリン汗腺は人体において高度に進化した汗腺であり、これは全身の皮膚に分布している。そのうち手のひら・足のうらをのぞいたほぼ全身の汗腺が、冷却の役割をはたしている。手のひら・足のうらの汗腺は滑り止めの役割をはたしている。
 このように役割ははっきりしているが、汗はいつ、どこに、どのようにでるのかなどの詳細な現象を調べてみると不思議なことが多い。
「汗はなぜ塩辛いのか」「汗が多いとべとつくのはなぜか」「汗をかく部位と、かかない部位があるのはなぜか」「汗は身体を冷やす目的なのにストレスで額に汗がでるのはなぜか」「汗は身体を冷やすのが目的なのに平温ででる冷や汗は何のためか」「熱帯地方に生まれ育った人の汗が少ないというのはほんとうか」「暑くなくともわきの下はいつも汗をかいているのはなぜか」「激辛食品をたべると汗をかくのはなぜか」「汗は人しかかかないとはほんとうか」など、疑問に思っておられる方も多いのでないだろうか。
 本書は、このような疑問を念頭に、汗のしくみをできるだけわかりやすく、しかもその全体像を網羅的に解説したものである。
 本書では、まず汗はいつ、どこで、なぜ、どのようにしてでるかなどの一般的な事項について紹介する。つぎに、体温調節について解説して汗はどのように調節されているかについて説明する。本書ではとくに重要な脳(体温調節中枢)の機能に重点をおいた。汗のしくみにおける脳の知識というのは新しい研究成果によるもので、これまでの類書ではあまり述べられていなかった。脳の知識があれば汗の不思議な現象はかなり解明されるはずである。
 本書のもうひとつの特徴は、最近とくに問題となっている熱中症を視野にいれたことである。
  身体を暑さに慣れさせれば汗の機能が向上するという事実があり、それによって熱中症に対する耐性が高まる。暑さに慣れるとはどういうことか、慣れたらどうなるか、どうすれば慣れるかなどについて解説し、さらに熱中症という疾患についても簡単にまとめた。暑さに対する慣れという現象を暑熱順化というが、一般的にはこの現象はほとんど知られていない。熱中症発症の危機が高まった時代には新たに必要な知識と考えた。
 さらに本書では、汗の病気をまとめた。汗の病気はまれなものであるとみなされてきたが、最近の詳細な調査により想像以上に多いことが明らかになった。汗がでない異常(無汗症)では熱中症の恐れが高まるし、ですぎる異常(多汗症)では日常生活が苦痛になることもあり、いずれも生活の質(QOL)を著しく損なう。とくに後者は若年者に多いので社会的な問題にもなる。
 汗は鬱陶しいが熱中症を防ぐ大事な手段だとすれば、上手に付き合っていきたいと考える人もあるだろう。また汗の本質を知りたいという知識欲に燃える人もいるだろう。異常な汗が気になる人もあるだろう。ここでは広く汗のしくみの基本的知識を知っていただきたいと考えて筆を執った。
 

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