『5まで数える』

収録短編「やつはアル・クシガイだ」全文ためし読み

松崎有理『5まで数える』刊行記念 特別全文ためし読み

松崎有理さんの新刊『5まで数える』の刊行を記念して、同書収録で「ちくま」連載時から評判が高くシリーズ化を希望する声も多い、疑似科学バスターズが活躍するネオ・ゾンビ小説「やつはアル・クシガイだ」を全文公開します。単行本『5まで数える』にはこの物語の前日譚「バスターズ・ライジング」が収録されていますので、バスターズにまた会いたいという方はぜひそちらもお読みください。


 ロクスタ師大復活と銘打った第一回の超能力公演はセントラルスタジアムで行われた。浄化局がひそかに後押しした事前の宣伝が順調だったためかチケットは完売で、リズの評によれば。
 「ブリトーズ対レッドトルティーヤーズのリーグ優勝決定戦を上回る人気。私見だけどね」
 だそうだ。リズ自身は万年最下位のイエローマカロニウエスタンズのファンである。ぼくは野球に興味はない。
 ぼくたちバスターズは招待者席で観覧した。スタジアムを前日から借り切ってドーム天井を閉じたうえで入念な仕込みが行われたのは知っていたけれど、じっさいのステージを目のあたりにするとその仕上がりのみごとさに驚嘆させられっぱなしだった。ロクスタ師はほんとに十年もブランクがあったのかと首をかしげてしまうくらいだ。
 オープニング。ロクスタ師が宗教指導者のような純白のローブをまとい、プラチナブロンドの長髪をスポットライトで輝かせつつステージに登場する。長身と透けるような白い肌と神秘的な緑色の瞳のためか女性ファン、いや信者が多い。観客たちからの歓声に両手をあげて応えたあと中央の椅子に座る。舞台袖から赤いドレスをまとったアシスタントがあらわれて、かたちのよい太ももを深いスリットから交互にのぞかせながらロクスタ師の椅子を回って鎖をぐるぐる巻きつける。客席から観客をひとり選んでステージに招き、その手で南京錠をかけてもらう。
 アシスタントが退場する。ドラムロールが鳴る。するとステージ上のロクスタ師は椅子ごと縛られたままゆっくり浮上する。さらに、息を飲んで見守る観客たちの頭上にまで飛翔していくのである。
 「もちろんワイヤを張りめぐらせている。だがけっして目につくことはない。照明の位置や客席からの視線を綿密に計算しているからな」となりの席でホークアイが解説してくれた。
 「ホークアイなら、同じ会場と設備でもっと派手なのを演じてくれるよ」ワイズマンがいう。「引退前の彼はいつだってロクスタの上をいっていた。もちろん純粋な奇術の力でね」
 だがホークアイはそんな賛辞にも無言である。
 ロクスタ師はステージ上に舞い降り、またたくまに南京錠と鎖をはずして自由になる。
 「やつの脱出技に種らしい種はない。何年にもおよぶ地道な訓練のたまものだ」ホークアイの解説はつづく。「もっとも、技術の習得にかんしてはすべての一流エンターティナーが同様の努力を重ねているが」
  いまのが念動力、と自称超能力者は告げる。観客は会場をゆるがすような歓声で賞賛の意を表現する。
 「あなたたちにもこの力は、ある」ロクスタ師は往年の決め台詞をいう。つまり観客を浮遊させようというのである。これも種は単純で、ステージにあげた客を得意のメンタリズムで催眠状態にしたあとこっそりワイヤをつけて体を吊るだけだ。成功のいちばんの秘訣はじつは人選である。だから選び出す前に、念動力の準備運動と称するものをみなにやらせる。
 「目を閉じて、両手を前に伸ばして。右手には辞書が載っていると想像してみなさい。分厚い、表紙の固い、重たい辞書が。いっぽう左手には風船が結ばれている。大きな、ヘリウムを詰めた、軽くてふわふわと浮く風船が」
  両手の高さに開きが出るほど暗示にかかりやすい。そんなひとをなるべく前列のほうから選ぶ。前列のチケットを買った人間はたいていこの種の超常現象の熱狂的な信奉者であり、奇跡が起こってほしいと心から願っている。それでもまんいち催眠状態にならなかったばあいは。
 「隠し持っていたクロロホルムを使う」とはホークアイだ。「バックアッププランを二重三重に用意しておくのが真のプロフェッショナルだ」
  ロクスタはニューシティを皮切りとして主要都市のスタジアムをめぐり、三度四度とこのような公演を行った。ネットワークのショートコメントはしだいに超能力の話題が増え、アル・クシガイ関連は減っていった。殺人事件もぴたりとおさまった。
 「トースト」ぼくらは事務所で五回目の公演を中継でながめながらシャンパンを開けた。「思惑どおりだ。この一週間で大衆の関心はすっかり超能力に移った」ワイズマンは泡の立つ金色の液体をひと息に干す。ホークアイは器用にピスタチオの殻を割る。ぼくは画面を調節して、ショートコメントのタイムラインを映像の下部に表示させた。いまやロクスタ師の話題一色だ。
 「さあ、どうぞ」画面のなかではロクスタが観客をひとりステージにあげていた。これから透視術を行う。ロクスタは自分の両手で目隠しをしてうしろを向き、その状態でステージ上の客にもうひとり客を選んでもらう。その客の容姿を、背を向けたままでいいあてるのである。種は笑いたくなるほどかんたんで、パームした小型の鏡を使うだけだ。それでもひとはあっさり信じてしまう。ロクスタ師には透視能力がある、と。信じさせる力とは、ホークアイの指摘するとおり彼の強烈なカリスマ性だ。
  ところが呼び出された観客は、定石どおり握手を求めて右手を伸ばすかわりにミリタリーふうのジャケットからなにかをつかみ出した。煉瓦ほどの大きさ。みおぼえがある、あれは。
 「ロクスタ師は、アル・クシガイだ」
  その若い男は手にした器械を高くかかげて叫んだ。高価ないんちき脳波測定器の針はゼロを指している。それ壊れてるよ、とか、あんたの脳波はどうして測定されないんだ、とか指摘するひとはだれもいない。
  予想外の展開にさすがの大物詐欺師も一瞬、対応に迷った。その隙をついて、若い男はジャケットの奥からさらになにかを抜いた。拳銃だ。
  ロクスタの眉間に銃弾が叩きこまれた。カリスマ的自称超能力者は長い髪をなびかせつつゆっくりうしろに倒れた。あとを追うように、額の傷口から血しぶきが空中に弧を描く。
  数秒置いて、スリットドレスのアシスタントが金切り声をあげた。会場はたちまちパニックとなり、つかみあいがはじまり、逃げようとするひとと拳を振るうひとで通路が埋まった。また銃声が響いた、すると画面がいきなり暗くなった。
  ぼくたちは声もあげずに画面をみつめていた。ショートコメントのタイムラインだけが刻々と流れていく。いわく、アル・クシガイ発生。同志たち、行動せよ。繰りかえす、アル・クシガイ発生。
 「まずいことになった」ワイズマンが立ちあがった。テーブルからグラスが落ちて床で砕けた。

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