ちくま新書

フィレンツェの石

この世に無数に存在する石の中には、目を引く美しい模様を持つ石が多くあり、またそこには様々な物語があります。 6月刊『奇妙で美しい 石の世界』(ちくま新書)の中の一篇「フィレンツェの石」を公開いたします。 (※写真は、実際の本とはトリミング・配置が違っており、こちらでは省かれているものもあります)

 だが、私がここで紹介したい「フィレンツェの石」は大理石ではない。フィレンツェをふくむトスカナ地方には、大理石のように変成作用を受けていない石灰岩も豊富にある。その中に非常にユニークな模様をもつ一群があり、「フィレンツェの石」と呼ばれてきたのだ。

 石灰岩は海洋生物由来なので、当然、貝の化石など、生物の形がはっきりと残っているものも多い。太古の海に埋もれた動物の形が石の中に残り、それが土地の隆起によって高い山の中から出てくる──今は学校で誰もが習うことだが、かつてはアルプスやヒマラヤで採れる石の中に貝や魚の姿が入っていることは、なかなか説明のつかないことだった。化石は「魚や貝の絵が入っている不思議な石」として、人の顔のような形が見える石、文字のような形が見える石などとごっちゃに議論されることも少なくなかったのだ。そうした「絵の石」の中でも、最も変わり種といえるのが、「フィレンツェの石」の中でも特に有名な石パエジナだ。

 トスカーナ地方の北アペニン山麓などで採れる石灰岩の中には、まるで自然の景観を写しとったかのような、あるいは砂漠にうち捨てられた都市の廃虚を描いたかのような模様をもつものがある。岩山が連なり、空に雲が浮き、青い海があり、地面にはまばらに木々さえも生えている。パエジナ・ストーン(風景の石)、または廃墟大理石と呼ばれるこれらの石は、ルネサンス期に、魚や貝の姿が入った石とならんで、大きな謎を秘めた石として注目された。

パエジナ・ストーン。

 

 
パエジナ・ストーン(2点とも)。ユタ州のモニュメント・バレーの景観を彷彿とさせる模様。縞模様はリーゼガング現象によるもので、それが堆積物が岩石になる続成作用のプロセスのなかで、細かくズレることで独特な形を作り出している。

 

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