昨日、なに読んだ?

File11.関取花・選 :
「あの頃」に戻るための本
レイ・ブラッドベリ『ウは宇宙船のウ』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【関取花(歌手)】→【サンキュー・タツオ(芸人)】→???

  私はなぜか必ず、一年に一回、どうしようもなく心が腐ってしまう時期がある。立て続けに圧倒的な才能を目にしたり、小さな間違いを何度も繰り返してしまったりすると、あらゆる心のシャッターが、ものすごい勢いでガラガラと音を立てて降りて行ってしまうのである。そして、「どうせ私はそちら側の人間ではないのだ」と、六畳一間の部屋の中で一人、芸能ゴシップを肴に、好きでもない発泡酒を馬鹿みたいに飲みながら、むなしさをむなしさで埋めるのである。そんな夜を数週間、長い時は数ヶ月続けてしまう。そして少し前まで、私はまさにその最中にいた。しかし、決して絶望はしなかった。いつになるかはわからないが、この真っ暗闇の日々にはいずれ終わりが来ることを、そして一冊の本がいつだって私をそこから連れ出してくれることを、知っていたからである。

 先日、そのタイミングは突然やって来た。どうしようもない二日酔いの朝、冷蔵庫に水がないことに気づき、パジャマのままでコンビニへ向かっていると、腹が立つほど眩しい朝日に照らされた。普段はそれでも下を向いて歩いてしまうのだが、なんとなくその日は空を見上げたくなってしまった。それがなんだか悔しくて、はじめは、「なんだよ」と不貞腐れながら眺めていたのだが、次第に、なぜか胸が震えて、涙が溢れて来たのである。こんな自分でも、朝日で感動できる心はまだきちんと持ち合わせているという事実に、なんだか救われたのだ。胸の隅っこで消えかけていた星が、再び光り始めたような気がした。そして私はふと、そんな星たちで胸がいっぱいだった「あの頃」を思い出した。

 「あの頃」の私は、ただ美しいと思ったものや、かっこいいと思ったものに、すぐに夢中になることができた。あらゆるものに憧れ、何にでもなれると思っていた。一本の鉛筆と一枚の裏紙があれば、なんでも作り出すことができた。壁の模様や雲の形に、無限の可能性を見出すことができた。「あの頃」なんて野暮な言葉をまだ知らなかったあの頃、私の胸にはたしかに宇宙が広がっていた。(きっと、皆さんにもあるのではないだろうか。それは6歳かもしれないし、12歳かもしれないし、15歳かもしれないが、それぞれの「あの頃」が。)

 それなのに、いつからだろうか。言い訳や屁理屈で作った小さなシェルターの中に閉じこもるようになってしまったのは。眩しいものから目をそらすことでしか、自分を守れなくなってしまったのは。身体は大きくなったはずなのに、どうしてこんなにちっぽけなところでうじうじしているのだろうか。一刻も早く、ここを抜け出さなければ!

 そう思った私は、例年通り、一冊の本を手にとった。何回も繰り返し読んでいるせいで、表紙はもうヨレヨレで、折り曲げたページが多すぎて、無駄に分厚くなってしまっている。それでも、私の部屋の本棚の中で、圧倒的な光を放っているその本こそ、レイ・ブラッドベリ著『ウは宇宙船のウ』である。

 この本は、SF小説の短編集だが、一口に宇宙の物語と言っても、ここに描かれている物語は、私たちの心の中にある宇宙の物語であると、私は思う。その舞台が火星であろうと、太陽であろうと、相手が恐竜であろうと、自分の家族であろうと、忘れてはならないものは、大切にしなければいけないことは、いつだって自分の胸の中にあるということを思い出させてくれる。この本の一番はじめの「はしがき」の最後も、こんな言葉で締めくくられている。

  “星群はきみたちのものだ。ただ、きみたちが、それを理解する頭と、手と、心とを持っているならば、という条件付きではあるが。”

 宇宙は、星群は、いつだって目の前に、そして自分の胸の中にある。たまに見失っても、「あの頃」と変わらずに、いつだってそこにあるのだ。そんなことを、この本はあらためて気づかせてくれる。
 
 もしも、私と同じように真っ暗闇で彷徨っている人がいたら、是非一度読んでみてほしい。この本こそが宇宙船となって、きっとあなたを、再び宇宙へ連れ出してくれる。


 

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