考える達人

第1回 「とにかく、1機を落とせ」

長沼伸一郎さん・前編

予防医学研究者の石川善樹が、これからの時代を生き抜くためには何をどう考えることが必要かを、9人の賢人と会って話し合う。 必要な能力として、直観・論理・大局観、ジャンルをアカデミック・ビジネス・カルチャーに分け、それぞれの交わるところの達人に お話をうかがっていく連載。第1回目のゲストは、「直観×アカデミック」の賢者、長沼伸一郎さん。壮大なスケールの対談をお楽しみください。
 

長沼伸一郎(ながぬま・しんいちろう) 1961年東京生まれ。1979年早稲田高等学院卒業、1983年 早稲田大学理工学部応用物理学科(数理物理)卒業。1985年 同大学院中退。1987年、26歳で著書『物理数学の直観的方法』の出版によって、理系世界に一躍名を知られる。「パスファインダー物理学チーム」代表。著書に『経済数学の直観的方法ーマクロ経済学編』『経済数学の直観的方法ー確率・統計編』『物理数学の直観的方法』(すべて講談社ブルーバックス)等がある。

 

●考えることを考える

石川  この連載では、僕が勝手に「現代の9賢人」と仰ぎ見る方々に、「考えるとはどういうことか」をテーマに対談していこうと思っています。
 人は気軽に「よく考えろ」といいます。でも、言葉のレベル感でいうと、「考えろ」というのは、サッカーの監督だったら「お前ら、勝て」という指示みたいなもので、ほとんど中身がない。じゃあ、そもそも考えるって何だろうということを、9人の賢人にうかがいながら、考えていきたいというのが、この対談の趣旨です。
 そこで早速ですが、長沼先生は「考えるとは何か」をどういうふうに考えていらっしゃるでしょうか。
長沼  ゲーテの言葉で「巨匠は制限のうちにおいてのみ現れる」というものがあるんです。要するに、だだっ広いテーマを与えられても、ものを考えたり、生み出したりできるもんじゃないと。
 たとえば、シンセサイザーとヴァイオリンを比べたときに、出せる音色はシンセサイザーのほうがはるかに多いですよね。ところが、ヴァイオリンのように制約のある音しか出せない楽器を使わないと、やっぱり名曲というのは生まれない。
 だから、広すぎる問題を考えるときには、いったん、制約のあるところで考えてみて、そこで得られたものを拡大するのがいいと思います。
石川  確かにそうですね。私も含めてほとんどの人は、大きい問題があったときに、制約を思いつけない。
長沼  ええ。だから「考えろ」と命令する人は、制約を与えるべきなんですよ。「こういう制約のもとで、こういう問題を考えるにはどうすればいいか。おまえはそれを考えてこい」と。
石川  そのためには、まず、自分が漠然とした問題を考えようとしていることに気づくことですね。でも、そのことに気がつくのが、そもそも難しいんですよね。
長沼  漠然どころか、そもそも多くの人は、ものを考える必要を感じていないんじゃないか、という気がしますね。

●論文は最後に読め

石川  自分の中で疑問が浮かべば、学ぼうという気になるはずなんですよね。だから、自分を振り返っても、考えられてないときは、疑問が浮かばないし、問いが立ちません。
 考える力って、どうすれば身につくんですかね?!
長沼  考える力を伸ばすにはどうすればいいかということに関して、これまでで私が一番鋭いと思ったのは、ドイツ空軍の撃墜王だったメルダースという人の言葉なんですよ。若いパイロットが育つためにどうすればいいか。彼は、怖い目に遭うよりも先に、とにかく1機を落とすことだといいます。それができたパイロットは、そのあと、どんどん伸びていくんだそうです。
 逆に、最初の1機を落とす前に怖い思いをしてしまったパイロットは、飛行機に乗ることが怖くなって、ついに降りるしかなくなる。
 勉強についても同じことが言えます。つまり、比較的若い時期に、誰も思いついてないアイデアを考えたという体験があると、そのあとも、いい意味で呑んでかかることができるようになるので、自力で考えていくことが怖くなくなるんです。
 ところが、自分が考えていることを教師に話したものの、それはもうずっと昔に同じことを考えた人がいて、しかも、自分が完全に間違えているなんてことを指摘されると、もうその人は、萎縮してしまって自分で考えられない。考えようとする前に、図書館へ行って、先人の膨大な論文をあさっちゃうんですね。
 そのうちに、自分が何を考えていたのかもわからなくなって、膨大なリファレンスに1行つけ加えればいいかというところで妥協するようになる。だから、論文を読みすぎちゃった人は、大抵、いい仕事ができなくなります。
石川  やっぱりそうですか。僕は留学して真っ先に「論文は最後に読め」と言われたんです。とにかく自分でアイデアを考えろ。それは大体しょうもないことが多いけれども、自分で考えたものは、必ず先人との間にわずかな差があるからそれを膨らませろ、とよく言われたんですよね。
長沼  それが、とにかく1機落とすことなんですよね。

●自力で微分方程式を考えだした

石川  先生の場合、自分で考えることの原体験は何だったんですか。
長沼  高校2年のときに、微分方程式の体系を自分の頭で考えだしたことがいちばん大きいです。
石川  それはぜひお聞かせください。
長沼  実は高校1年のときに大病をして、1カ月くらい学校を休んだことがあったんです。病気が治っていざ学校に行くと、勉強が遅れていた分を、1週間ぐらいで取り戻さなければいけなくなりました。
 そこで物理の教科書を眺めると、なぜか目次を見ただけで、物理がどういうことをやろうとしているのかが大体わかったんですね。じゃあ、これを自力でやってみようと。とにかく学校の授業よりも先に、自分で物理を考えつくんだということで、授業と競争を始めたんですよ。
石川  すごい……。
長沼  それからはもう、ほかの授業は全部サボってました。天体の軌道の問題と、砲弾の弾道計算。この二つがやっぱり肝だなと思ったので、これを自分で何とかする道を見つけようと。だから授業時間中は先生に隠れて、ずっとその計算を机に鉛筆でびっしり書き込んでいった。それで、とうとう高校2年の夏に、微分方程式の概念まで自力でたどり着くことに一応成功したんです。
 この原体験がなければ、本を読んで論文を書く生活を送っていたかもしれません。とにかく高校生のとき、まったく本を読まないで、全部自分で考え出すという体験をしたことがいちばん大きかった。
石川  だから『経済数学の直観的方法』(講談社ブルーバックス)の微分方程式の説明が、あんなに面白く書けたんですね。
長沼  そうなんです。あれは、まさに私が高校生のときに苦労して考えついたことをそのまま文にしたから、読みやすいものになっているんです。
石川  本を読むと、長沼先生はつくづく直観の人だなと思ったんです。原点がどこにあるのかを発見するのが本当にうまい。そこから順番に歩んでいけば、正しさにたどり着くでしょう、と。その原点を直観的に見つけている気がするんですね。
長沼  それは戦略家の直観と似たところがあるんです。戦略家の仕事って、重心を発見することなんですよ。ここを攻めればいいじゃないかという一点を見つけ出したら、あとのことは参謀幕僚に任せてしまう。その重心を見つけて攻めるのが本当の名将なんですよね。
石川  その重心を発見するというのは、いつ頃から概念化されてきたものなんですか。
長沼  重心という言葉は、兵学書を読んで知りました。プロイセンの軍事学者クラウゼヴィッツが、『戦争論』のなかで「重心(=シュヴェアプンクト)」という言葉を理論化して、それ以後、戦略家たちはこの言葉を使うようになったんです。
石川 「重心はどこか」という問い方をするだけで、だいぶ発想が変わりますよね。
長沼  そうなんです。クラウゼヴィッツの場合、この戦争の重心は軍隊か、首都かという話がよく出てくるんです。要するに、首都を攻め落とすことがこの戦争を終わらすことになるのか。それとも、軍隊を撃破することが戦争を終えることになるのか。
 たとえば、ナポレオンはロシア軍を放ったまま首都のモスクワに入ってしまった。重心は軍隊にあったのに、首都に入ってしまったから重心を取り逃して、結局全体がガタガタになったみたいなことを言ってるんですよね。(後篇に続く)                

構成:斎藤哲也

次回は7月7日更新予定です

2017年6月16日更新

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石川 善樹(いしかわ よしき)

石川 善樹

1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。専門は予防医学、行動科学、機械創造学など。講演や雑誌、テレビへの出演も多数。著書に、『仕事はうかつに始めるな』『疲れない脳をつくる生活習慣』(共に、プレジデント社)、『友だちの数で寿命はきまるーー人との「つながり」が最高の健康法』『最後のダイエット』(共に、マガジンハウス)『ノーリバウンドダイエット』(法研社)などがある。

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