ちくま新書

イメージと異なる、超進学校の濃密な六年間
『「超」進学校 開成・灘の卒業生――その教育は仕事に活きるか』

井上修さんは、 濱中淳子さんの『「超」進学校 開成・灘の卒業生』をどう読んだのか。PR誌「ちくま」より書評を公開します。

 二〇年以上、中学受験、そして中高一貫校を紹介する雑誌「進学レーダー」を編集している。取材を重ねていくうちに、仕事を超えた強い魅力を、私立中高一貫校に感じるようになった。特に、難関校と言われる男子校、女子校には、その魅力が濃厚に圧縮されている。具体的には、麻布、開成、武蔵、桜蔭、女子学院、雙葉、そして灘などだ。
 まずそこには強い魅力を持つ先生たちがいる。取材をしていても、「スゴイ。ずっと話を聞いていたい! 学問って面白いな」と感心する先生に出会う確率がとても高い。難関校の先生には共通した特徴がある。それは「ああやれ、こうやれ」と指示をするのではなく、生徒たちの能動的な動きを期待する。つまり、自立した学びを導くのだ。ゆえに、前述の私学では学校から与えられる補習や講習はほとんど存在しない。その代わり、授業の質は非常に高く、授業でわからなければ直接先生に聞きに行くという「自立心」を生徒たちは持っているし、常に要求される。そのため他校と比較しても、職員室が生徒たちでにぎやかなのが難関校の特徴の一つだ。最近では「生徒にとって居心地の良い職員室」を新校舎設計のときに意図する私学も多い。
 開成も何度も取材で訪問しているが、放課後の職員室はいつもラッシュアワーのようで生徒たちでいっぱいだ(中学と高校と職員室はふたつある)。一方灘は「学校が六つある」といわれるように、中一から高三まで各教科の担任が六年間通して受け持つ「担任持ち上がり制」。担当の先生とのつながりはとても濃く、能動的に先生に質問できる環境となっている。ゆえに、灘でも開成でも、生徒たちは結果として、「勉強」には積極的に関わろうとするし、その「面白さ」にも気がつく場合が多い。先生たちは生徒たちがそう思えるよう、とても努力をしている。
 ちなみに、難関校で色濃いのが、学校行事とクラブ活動の充実ぶりだ。たとえば開成、灘ともに、運動会や文化祭に向けて、生徒たちは全力投球をする。先輩たちから「一生懸命やれば、行事はとても楽しいものだ」と学ぶからだ。その伝統は両校ともに強く息づいている。学校側としては、行事やクラブで人間関係、そして人がつくりあげていく世の中の構造の基礎をしっかり学んで欲しいと願っている。たとえば、開成の運動会は縦割で、校内で八つのチームに分かれて競うが、その中で実に多くのことを学ぶのだ。このような行事でも生徒たちの「自立」「自治」が強く求められている。それゆえいっそう多くを学べるのだ。開成の運動会は、「運動会の決まりをつくる人=立法」「運動会を実行する人=行政」「運動会を見守る人=司法」で実行されていて、運動会でまさに三権分立や民主主義の構造を、もっと言うと、世の中の仕組みをも学べてしまうのだった。
 さらに、難関校の施設の大きな特徴として、図書館の充実ぶりがあげられる。進学校で図書館というと、「自習室」ととらえる向きもあるが、難関校の図書館は、もちろん自習室も提供するが、それよりももっと様々な本=知と出合い、自分の世界を広げて欲しいということを考えている。ゆえに、難関校の生徒たちはとてもよく本を読む。
 以上のようなことを、私は難関校の取材を通して実感してきた。
 本書を読んで驚いた。取材を通してみてきた魅力が、灘と開成の卒業生のアンケート調査・その分析によって立証されているではないか! 特に「第二章 リーダーとしての可能性」で両校の卒業生の特徴としてあげられている「学びが楽しい」「学校行事・クラブに対する積極性」「豊かな読書」は我が意を得たり、というところであった。
世間では未だに私立難関校というと、「勉強ばかりを生徒たちにやらせて大学実績に直結させている」というイメージを持つ方も少なくないと思うが、実態はまるで違うということが非常によくわかる貴重な一冊なのだ。

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