確認ライダーが行く

第23回 片付け本の確認

 飲んだ帰り道。
 もう少しさまよっていたくて、深夜、TSUTAYA書店に吸い込まれるように入って行く。
 こういう夜は写真がいっぱいある本をながめたい。
 美容や料理の本をぱらぱらとめくり、やらないであろうメイクや、つくらないであろうオシャレな料理のレシピに視線を落とす。
 しかし、一番見たいのはその先の棚にあった。
 片付け本のコーナーである。
 ここ最近、かなりのスペースを陣取っているこのコーナー。部屋の整理整頓の仕方。収納法。「持たない暮らし」系の書籍の数々。
 大好きだ、見るのが。
 このコーナーがなかったとき、ここにはどんな本が並んでいたのだろう?
 とにかく充実のコーナーである。
 ものを持たない暮らしの人々の部屋の写真をゆっくりと確認する。
「ないなぁ」
 と、思う。
「もっとなくせるのではないかな」
 とも思う。
「がんばって、もっともっとものを減らして欲しい」
 とまで思っている自分がいて、それはなぜなのだろう?
 そう自問するのである。
 他人の家がすっきりと片付いているのを見て、気持ちがいいと思う不思議な気持ち。
 別にわたしの部屋がしっちゃかめっちゃかというわけでもなく、わりあい片付いているのだけれど、「もののない家」とは言えぬほどにはものがある。ガバッと減らしたいとも思うけれど、それは今ではない「いつか」だった。
 わたしはその種の本をめくるとき、一体、なにを楽しんでいるのか。
 ある夜、考えてみたのである。
 はたと思った。
 映画を見ている感覚に近いのではあるまいか。
 片付けの本は映画のワンシーンのようなもの。
 わたしはきれいに片付いた写真のお宅に、映画を見ているときのように入り込み、
「服が少ないと、やっぱり見やすいわぁ」
 と、クローゼットを見て喜び、
「食器ってこれだけあればいいのよねぇ」
 と、台所に立っている。すっかりその部屋の住人になりきっているのである。
 毎日毎日、わたしは、わたしでしかない。
 自分のしでかしたことは、自分で背負うしかなく、他の誰とも入れ替われない。しばし、その荷を降ろし、片付け本の中のな~んもない部屋で、
「な~んもないなぁ」
 ほっこりしたくなる夜もある。
 そういえば、人とたくさん会った日ほど、別れてからひとり映画に寄って帰ることも多い。いったん、別世界で休んでいきたい気持ちとでも言おうか。
 そう思って、隣りで片付け本を立ち読みしている女の子を盗み見してみれば、彼女もまた、隣りにいながら、隣りにはいないのかもしれない。

 
 

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