世の中ラボ

【第87回】サルでもわかる「アイヌ文化」の入門書を探してみた

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年7月号より転載。

 唐突だが、急にアイヌ文化が気になりはじめたのである。
 ご多分に漏れず、キッカケは北海道を訪れたことだった。道内各地の博物館ではアイヌ関係の展示資料を見る機会が多いのだが、いまいち全体像がつかめない。しかし、釧路市内の博物館でふと目に入った年表に、私は釘付けになったのだった。
 学校では習う日本史の区分は、おおむねこんな感じである。
 縄文時代→弥生時代→古墳時代→飛鳥時代→奈良時代→平安時代→鎌倉時代→室町時代→安土桃山時代→江戸時代→明治時代
 だが、北海道の歴史は弥生時代以降がまるでちがう。時代区分をざっと列挙してみよう(カッコ内はいわゆる日本史)。
 縄文時代(縄文時代)→続縄文時代(弥生時代・古墳時代・飛鳥時代)→擦文時代(奈良時代・平安時代)→アイヌ文化時代(鎌倉時代・室町時代・安土桃山時代・江戸時代)→明治時代
 縄文には「続」があった! 「弥生」ではなく「擦文」があった? そんなの聞いてねえぞ、である(それとも私以外の人にはこんなの常識なのだろうか)。ともあれ、私たちが「日本史」として習った歴史は「本州・四国・九州の歴史」にすぎず、北海道の歴史は別物だったのだ(ついでにいえば沖縄の歴史もちがう)。知らず知らずのうちに刷り込まれていた単一民族史観、ないし大和朝廷史観。われながら、これは少々問題ではないか?

アイヌには歴史がない?
 というわけで、サルでもわかる北海道史とアイヌ文化の入門書を探したのだが、その過程で、アイヌがちょっとブームになっていることを知った。「週刊ヤングジャンプ」に連載中の野田サトル「ゴールデンカムイ」が二〇一六年のマンガ大賞を受賞したりして、マンガにからめたムック(『時空旅人別冊 今こそ知りたいアイヌ』三栄書房・二〇一六年)も出版されているのである。
 このムックもそうだけど、アイヌ入門書の多くは言語、衣食住、祭礼といった風習をテーマ別に紹介した本が多い。
 ロングセラーになっている『アイヌ文化の基礎知識』はその代表例だろう。「ことば」「ひとびとのあゆみ」「えものをとる」「よそおう」「たべる」「すまう」など全一一章で構成。中学生でもわかるアイヌ文化の総合的なガイドである。
 でもね、なんか物足りないのである。
〈狩猟採集民族であったアイヌの人々は、その生活の大部分を自然に頼っていました〉。〈アイヌの人々にとって、クマは主要な食料ではなく、また毛皮も道具の材料として使うことは少なかったようです。しかし、信仰の対象として、また、毛皮や胆嚢は交易品として、たいへん重要なものでした〉。
 はい、そうですか、という感じである。私はこんなことが知りたかったんだっけ? この種の民族学的な話題なら、たいがいの人がどこかで(多くは北海道で)見聞きしたことがあるはずだ。
 この本で重要なのはむしろ、次のような但し書きの部分である。
〈ところで、この本で語られるアイヌ文化は、ほとんどが明治時代以降の聞き取り調査にもとづき、おもに明治時代のころの人々の生活の様子を描いたものです〉。
 そう、私たちが「アイヌ文化」として知っている習俗は「明治時代の一時期」のものにすぎないのだ。時間軸を棚上げにして、あたかもそれが「普遍的なアイヌ文化」のように語られてきた、この不思議。この本にも歴史は出てくるが、最後は〈アイヌの人々に歴史がないのではありません。歴史として書かれなかっただけなのです。まだまだ、信頼度の高いアイヌ史の本はありません。アイヌ史の研究は始まったばかりなのです〉で逃げてしまう。
 まあ仕方がないか。二五年近く前の本だからね。
 では、比較的新しい『アイヌ民族の歴史』はどうだろう。続縄文時代、擦文時代から戦後までアイヌの歴史を記した、これはいちおう通史である。しかし、のっけから調子が狂う。主に日本側の文献史料に基づいているため、話は『日本書紀』に登場する「蝦夷」と阿倍比羅夫が北海道に赴いた北征(六五八年)の話からはじまるのだ。日本史でいえば飛鳥時代だけれども、アイヌ史ではこの頃はまだ「続縄文時代」なんだ。
 いかにも教科書然とした記述の仕方(山川出版社ですから)さえ我慢すれば、この本はけっこう勉強にはなった。
『日本書紀』に描かれた蝦夷は〈農耕を知らない狩猟民族で、住居をもたずに移動生活をしている未開・野蛮な存在である〉と本書はいう。〈このように、蝦夷は唐との関係でヤマト王権によって創られたイメージの中で、その後の歴史を強いられることになる〉。これは示唆的な一文だ。後の(偏向した?)アイヌに対するイメージは、この時代からすでにはじまっていたらしい。
 また、アイヌ史の端緒に関しても〈歴史的・文化的に「我々はアイヌだ」という自民族意識を持ち始めたのは、時期的には一三世紀前後〉であり、〈アイヌ史の始動は日本史でいうところの鎌倉時代の頃になるというのが本書の見解である〉と明言されている。日本が元に襲来されたのと同じころ、アイヌも元と戦っていたこと。一五世紀のアイヌはすでに本州との交易を行っていたが、和人の支配が北海道にまで及び、アイヌと和人の争いが絶えなかったこと。渡島半島に進出した和人との間で勃発したコシャマインの戦い(一四五七年)。不利な交易条件を強制した松前藩に対してアイヌが蜂起したシャクシャインの戦い(一六六九年)。
〈最初は自由に交易できたものが、和人側はアイヌとの交易を独占し利益をあげるために、いろいろな手段を使い、またしだいに交易の方法を制限していきました。そのたびごとに、自由を失っていくことになったアイヌ側は、戦いを挑んだのです〉と『アイヌ文化の基礎知識』は述べている。幕末に蝦夷地が松前藩から幕府の直轄地となり、明治を迎えた点についても、この本は手厳しい。
〈江戸幕府の政策は、あくまでも国防という観点からのもので、積極的にアイヌの人々やアイヌ文化を守ろうとの姿勢があったわけではありませんし、明治政府は以後もまた同様でした〉。
 それはそれで興味深くはあるのだが、通史って意外と単調。釧路の博物館でいったい私は何に興奮したんだっけ。

アイヌは交易の民だった
 思い返すと、くだんの年表に興奮したのは、そこに日本史の多様性、いわばパラレルワールドを見た気がしたからだった。勝手な思い込みではあるのだが、そんな勝手な興味に、わずかながら応えてくれたのは、瀬川拓郎『アイヌ学入門』だった。
 この本の第一の特徴は、アイヌ民族を「縄文人の末裔」ととらえていることである。〈世界中のどの民族とも異なるアイヌの特徴を一言であらわすとすれば、「日本列島の縄文人の特徴を色濃くとどめる人びと」ということになるでしょう〉と著者はいいきる。
 最新の遺伝子解析によれば〈弥生時代に朝鮮半島から渡来した人びとが縄文人と交雑して和人(本土人)になり、周縁の北海道と琉球には縄文人の特徴を色濃くもつ人びと、つまり琉球人とアイヌが残った〉のだと。〈かれらはその意味で、現在の日本列島における「本家」筋ともいえる人びとであり、北海道の先住民どころか日本列島の先住民ともいえるのです〉。
 縄文とアイヌの連続性については、同じ著者の『アイヌと縄文』(ちくま新書・二〇一六年)に詳しいが、〈重要なのは、アイヌ・琉球人・和人が、同じ縄文人を祖先にもちながら、それぞれがちがった歴史を歩んできた事実であり、たがいに異なる集団と認識してきた事実です。/(略)「民族」とは、このような歴史や文化の共有の意識にもとづくものなのです〉といわれると、一気に視界が広がるような気がしないだろうか。
 この本の第二の特徴は、アイヌのなかに縄文文化の伝統を認めながらも、彼らを「交易の民」と見ていることだ。
〈江戸時代後半になって北海道へ多く入りこむようになった和人は、エキゾチックなアイヌの習俗を文書やスケッチに記録しました。私たちがイメージするアイヌは、そこに記録された一八世紀以降の姿にほかなりません〉。しかし、彼らがアイヌ文化と呼ぶものは〈アイヌが交易民として生きるなかでつくりあげてきた、歴史的な姿にほかならなかったのです〉。
 この本が描き出す、たとえば一〇世紀のアイヌ民族の姿は、北海道のほか千島列島・カムチャツカ半島南端、サハリン南部、本州北端を含む広大な地域に住み、大陸のアムール川下流域も含む広大な交易圏を持つ「移動する民族」である。こうした民族移動を促したのは、九世紀以降に活発化した和人との交易だった。アイヌ側からはクマ、シカ、キツネ、ラッコなどの毛皮、サケ、オオワシの尾羽などが移出され、日本からの産物には、米、塩、酒、タバコ、綿布などのほか、鉄製の刀や高価な鎧兜までが含まれる。それは富と富の交換といったほうがいい。〈交易を通してみえてくる複雑なアイヌの姿は、かれらを歴史をもたない民、閉じた世界に安住する狩猟採集民、政治的統合もない低位レベルの社会などとみなす、あらゆる言説が誤りであることを示しているのです〉。
 アイヌというと、とかく私たちは「自然と共生する民」というステレオタイプな見方をしがちである。だが、それはしょせん「未開な民」の裏返しにすぎないともいえるのだ。「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が衆参両院で可決されたのは二〇〇八年。まだまだ謎が多いアイヌの歴史だけれども、それ以上に自分の無知を痛感した。コタンの店で買ったお土産だけがアイヌじゃないのだ。

【この記事で紹介された本】

『アイヌ文化の基礎知識』
アイヌ民族博物館監修、草風館、1993年、1600円+税

 

アイヌのイロハを知りたい人のための入門書。衣食住、狩猟や漁撈の方法、宗教観、死生観、村のしくみ、人の一生、歌と踊りにいたるまでをカタログ式に網羅。小中学生にもわかる平易な言葉で書かれている点は高ポイントだが、噛み砕きすぎたせいか、アイヌの全体がつかみにくいのが難。監修を担当したアイヌ民族博物館は、北海道白老町に位置する道内最大規模の博物館。

『アイヌ民族の歴史』
関口明・田端宏・桑原真人・瀧澤正編 山川出版社、2015年、1800円+税

縄文、続縄文、擦文……という北海道の歴史区分にしたがってアイヌ民族の歴史を説いた概説書。よくも悪くも「ザ・教科書」で、中高生から読めると豪語するわりには読みにくいのが難点だが、近代以降の記述に多くのページを割いており、「北海道旧土人保護法」や明治政府の同化政策から、戦後のアイヌ政策や差別問題までが俯瞰できる。詳細な年表や索引もついているのは便利。

『アイヌ学入門』
瀬川拓郎 講談社現代新書、2015年、840円+税

 

「自然と共生する未開の文化」という従来のアイヌのイメージを一新し、海洋をダイナミックに移動する「縄文の末裔」「交易の民」としてのアイヌを描く。易しい言葉で書かれているが、考古学的知見や文献の紹介が頻繁に出てくるため、やや整理不足で、初心者には辛い部分も。第三回古代歴史文化賞大賞受賞作。著者は一九五八年生まれの考古学者・アイヌ研究者、旭川市博物館館長。

PR誌「ちくま」7月号

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