絶叫委員会

【第102回】名付けの力

 三十数年前のこと。大学の体育の授業の後で、グラウンドから引き上げる時、足元に違和感を覚えた。あれ、なんか変だな、と思った瞬間、激痛が来た。私は地面に転がりながら絶叫した。
「足が、足がああああ!」
 驚いて、みんなが集まってきた。
「大丈夫?」
 でも、答える余裕もない。
「足、がああああ!」
一人が云った。
「攣ったんだね」
 へ、と思った。攣った? これ、未知の異変じゃなかったの? そのとたん、私は急に冷静になって、恥ずかしさに襲われた。足が攣っただけで、この世の終わりみたいに叫んでしまった。攣るとか腓返りとか、話に聞いたことはあったけど、実際に体験するのは初めてだったから、何か大変なことが起こったと思ったんだ。ふくらはぎはまだ攣っていた。でも、それが普通によくある現象だと理解しただけで、耐えられるようになってしまった。
 風邪の時の悪寒なども、そうだと思う。熱いのか寒いのかわからない独特の気持ち悪さ、もしもあの感覚に悪寒って名前がついてなかったら、とても不安になるだろう。それから、飛蚊症。目の中にほよほよしたゴミみたいなものが浮かんで見える、あれもそうだ。具体的な名前によって、それらは未知の異変から既知の現象になる。
 私の友人の女性は、夫婦喧嘩をした時、部屋の或る場所にマジックで×印を描いて、こう云ったらしい。
「私、ここで首を吊るから」
 凄いなあ、と思った。単に「死んでやる」とか「殺してやる」とかでは、そこまでの迫力は出ないだろう。夫婦喧嘩は犬も食わないという言葉もあるくらいだ。ところが、×印を描いたとたん、次元が変わる。話が急に現実味を帯びてくる。その行為によって、×の場所が他から差別化されたのだ。これも一種の名付け効果だろう。
 先日、房総方面に向かう特急電車に乗った時のこと。私は本を読もうとした。ところが、初めての電車だから読書灯の点け方がわからない。座席のどこにもスイッチらしきものがない。そうか、直接押すか回すかするタイプなんだ。そう思って、頭上のライトをぐいぐいやってみた。点かない。汗が出てきた。いつもなら諦めるところだ。でも、今日は頑張ってみよう、と思う。ここで粘れるかどうかに、これからの人生が懸かっているような、変な気持ちにとらわれていた。幸い車内はがらがらだ。恥ずかしくない。読書灯に未来を懸けてやる。走る電車の中で、中腰になったまま、爪が痛むほど弄くり回した。が、どうしても点けることができない。
 その時、パーサーの女性が巡ってきた。私はなるべく落ち着いた声で訊いた。
「読書灯はどうやって点けるのですか」
 パーサーは不思議そうに云った。
「こちらのお席には読書灯はございません」
 驚いて頭上を見ると、彼女は済まなそうに云った。
「送風口でございます」
 私は思い込んでいた。その位置にある丸いものは読書灯、と。つまり、勝手に名付けてしまったのだ。その時、私の運命は決まった。

(ほむら・ひろし 歌人)
 

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