考える達人

第3回「失敗が増えるほど、社会は豊かになる」
岩佐文夫さん・前篇

予防医学研究者の石川善樹が、これからの時代を生き抜くためには何をどう考えることが必要かを、9人の賢人と会って話し合う。 必要な能力として、直観・論理・大局観、ジャンルをアカデミック・ビジネス・カルチャーに分け、それぞれの交わるところの達人に お話をうかがっていく連載。2人目のゲストは、「直観×ビジネス」の賢者、岩佐文夫さん。「売れた特集は2度とやらない」という、その真意はどこに? 。
(撮影 Aiko Suzuki) 

岩佐文夫(いわさ・ふみお) 1964年大阪府生まれ。1986年に自由学園最高学部を卒業し、同年、財団法人日本生産性本部入職(出版部勤務)。2000年ダイヤモンド社入社、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集部。2004年書籍編集局に異動し書籍編集者に。2012年より2017年4月まで、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集長を務める。               

               

●ポジションを取る

石川   今日は、岩佐さんから「直観」について話を聞きたいと思って、対談のお願いをしました。岩佐さんは、2017年3月まで5年間にわたって『ハーバード・ビジネス・レビュー』というマネジメント雑誌の編集長を務めてこられました。おそらく日本でいちばん経営者に取材しているんじゃないでしょうか。
 対談では、そういう方面からビジネスと直観の関係についてもお聞きしたいんですが、同時に、岩佐さん自身も、めちゃくちゃ鋭い直観を持っている。そこで岩佐さんの直観の磨き方についてもぜひお聞かせください。
岩佐   わかりました。僕自身は経営者ではないので、ビジネスについてどこまで語れるかは少し心もとないんですが、自分自身の直観については語れることがあると思います。
石川   まず単刀直入に聞きますが、ビジネスでは論理と直観とどちらが大事ですか。
岩佐   僕みたいに論理の力に長けていない人間が言うと怒られるかもしれないけど、ビジネスでは、論理的に積み上げた解だけで成功すると思えないんですよ。論理においては前提にないことを言ってはいけない。だから、論理を積み上げていったところで出てくる答えは一つなんです。
   でも、ビジネスというのは差別化ですよね。答えがひとつだったら、みんなそれをやれば成功することになるけど、それでは差別化ができない。だから、論理的に解が出る問題、データを見ればわかる問題について判断することは経営者の仕事ではない。その上で社長が判断すべきは、基本的に答えが出ない問題であり、それは直観で判断するしかないと思います。
石川  友達の話では、欧米の経営者は、自分の時間の7割ぐらいを次世代の育成に使うそうです。経営者の育成は経営者にしかできないという発想なんですが、具体的には、論理を外してあげる作業をしているのではないかと思うんです。出世の階段を昇っていく時には論理的なほうがいいんでしょうけど、経営者になったら一度それを外し、自分の直観を磨かなければならない。でも直観というのは経験に根ざすものですから、磨くために具体的にどうすればいいかというと、けっこう難しい。直観って、どうすれば磨くことができるんでしょうか。
岩佐  僕は意識的に、「ポジションを取る」ということをやっています。たとえばアンケートで「とても良かった」「良かった」「どちらとも言えない」「悪かった」「とても悪かった」という項目があったら、できるだけ両端に〇を付ける。人の企画を聞いた時も、できるだけ極端に〇×を付ける。週刊誌の企画にかんしても「これは売れる」「これは売れない」のどちらかで判断する。
 あとで結果を見た時、自分の判断が当たっていたかどうかがわかることが重要で、とにかくそういうことを繰り返す。なぜそう思ったかということについては、あとで考えればいい。とりあえず中途半端なポジションではなく、極端なポジションを取り、それをできるだけ口に出すようにしているんです。
石川  それはわかりやすいですね。直観で判断するいいトレーニングになりそうです。
岩佐  たとえば、隣の部署は「週刊ダイヤモンド」の編集部でした。それを横目で見て、「これは必ず売れる」と思ったら周りにそう言いふらすんですよ。そう言って売れなかったら、格好悪い。だからこそ言いふらす。
 もちろん、予想が当たるときと外れるときの両方があります。でも、当たっても外れても、その理由をあとから考えることで、自分の直感を鍛えられます。
 こう言うと語弊があるかもしれないけれど、ビジネスでは失敗が許されると思うんです。がんの治療で「このままでは死ぬかもしれない。果たしてどの治療を選択すればいいのか」という場合の意思決定とは違う。ビジネスでは大小、無数の意思決定があり、一つ一つは失敗が許されるものが多いのです。それらの意思決定の経験を重ねて、予想と結果の誤差が縮まっていけば、自分の直観を信じられるようになりますよね。

●論理は失敗しないためのツールでしかない

石川  『ハーバード・ビジネス・レビュー』の企画で、周りからの反応はあまりよくなかったけれども、自分の直観で「これはいける!」と思って当たった企画に、どういうものがありますか?
岩佐  快感だったのは、2017年3月号「顧客は何にお金を払うのか」という特集ですね。このタイトルを出した時、「ものすごくふわふわしてるけど、何これ?」と言われたんですけど、結果的にはものすごく売れた。
 これはマーケティングの特集なんですよ。僕は、マーケティングというのはすごく重要だと思っているんですが、マーケティングという言葉を使うと売れない。だから、マーケティングという言葉を使わずに、マーケティングの重要性を提示したかったんです。
石川  ビール会社であれば「ビールという言葉を使わずに、うちの会社を説明せよ」と言われるようなものですね。
岩佐  その一方で、失敗した企画だってありますよ。直観を信じられない人は失敗しちゃいけないと思っているんでしょうけど、直観というのは失敗するんです。
 僕の言っている意思決定というのは、毎打席空振りを繰り返してもトータルで試合に出続ける状態をつくっていくことです。「お前は試合に出ちゃダメ」と言われたら仕方がないけど、そうでなければ、失敗だらけでもとにかく試合に出続ける。
石川  失敗しない奴は成功もしないから。
岩佐  その意味では、論理というのは失敗しないためのツールなんではないでしょうか。
石川  その定義は面白い!
岩佐  失敗を避けることがビジネスの本質だったら、あまり楽しくない。失敗はするんだけど、失敗を覚悟で何か面白いものを探す。それで「でも、失敗したら大変じゃん」と言われたら「みんな、もうちょっと冷静に考えようよ。ビジネスにおける失敗はそんなに大きいですか?」と。
 経営者の役割はむしろ、一つの意思決定の誤ちで会社が潰れるという状況をつくらないことですよね。雑誌が1号ぐらい売れなくても、会社は潰れない。さすがに5号連続ぐらいでどんどん下に行くと焦りますけど、直観が5回連続で外れるなんていうことはない。たいてい、どんだけ悪くても真面目にやっていれば5回に2回ぐらいは当たるんですよ。

●迷ったら、やり過ぎるほうを選ぶ

石川  一度成功したら、それを繰り返したくなりませんか。
岩佐  僕は、売れた特集は二度とやらないと決めていました。普通の雑誌は売れる特集を持っていて、毎年この時期にはこれをやるというのが決まっているんですけど、僕は売れた特集は二度とやらない。それよりもむしろ売れ筋を見つけたいから、売れなかったらその特集をもう一度やる。
石川  直観で判断するときに、迷うことはありませんか?
岩佐  迷ったときは、やり過ぎるほうを選びます。失敗した場合、もっと舵を切っておけばよかったのか、手前で抑えていたほうがよかったのかわからないのは、次につながりにくいんです。迷ったら行き過ぎるほうを選ぶ。そうすると、次は手前に戻ればいいんです。次にやる時には、一歩手前に戻れば成功するんです。
石川  なるほど、そうやって世の中との距離感を調節するわけですね。
岩佐  だから僕のやり方って、人を傷つけちゃうんですよね。対人関係でも、極端なことを言って無意識のうちに試し、微調整していくというタイプなので。
 それで誤解もされるんだけど、経験を重ねていくうちに、「こういう人だったら、最初からこれでいいんだ」ということがわかる。そういう感覚は、普通の人よりも磨かれてるんじゃないかと思います。同僚とインタビューに行って「いきなりよくあんなことを聞けましたね」と言われることがあるんですけど、やり過ぎた失敗も含め過去のストックがあるから、そういうことができるんだろうと思います。
石川  ポジションを取るというのは、好きか嫌いかを言えることに近いように感じます。僕が大学生のころに、杉本彩さんがテレビで「どんな男と付き合いたいか」と聞かれて、次のように答えたんです。
 ご飯を食べに行って「これはおいしい」「これはおいしくない」と言うような男は最低で、「この料理が好き」「この料理は嫌い」と言えるような男と付き合いたい、と。僕はそれを聞いて衝撃を受けました。料理がおいしい、おいしくないというのはわかるんですけど、好きか嫌いかという問いに答えるのはすごく難しい。場合によって料理は全部好きなんだけど、その中で好きか嫌いかを判断しなければならない。
 これを聞いた時、好き嫌いを言うこともトレーニングだなと思ったんです。良し悪しというのは理屈なんですよね。「この本は、よかった」「この本は、いまいちだった」と言う人はけっこう多いんですけど、そこで好き嫌いについて言える人はあまりいない。
岩佐  それは至言ですね。好き・嫌いは、自分の知識ではなく、価値観をさらけ出すわけですからね。さらに加えるならば、好きと嫌いでは、嫌いのほうが言いやすくて、好きのほうが言いにくい。世の中、否定のほうがしやすいんですよ。
 たとえば本を読んで「たいしたことなかった」と言うと、自分はもっとレベルが高いと相手に思わせることができる。でも逆に「この本はすごく好き」と言った場合、「お前のレベルはその程度か」と思われるリスクもある。だから僕はあえて意識的に「好き」のほうを強調して、人と勝負しています。そのほうがリスクを取ることになりますから。

●勝ち続けるために失敗は不可欠

石川  ビジネスについて、進歩という観点で考えている人と、進化という観点で考えている人では違うように感じます。
 進歩というのはゴールがあり、そこに向かって一直線みたいな感じですよね。これは、目標から逆算して成果を積み上げるというイメージですが、岩佐さんの場合、進化という観点で考えていると思うんです。進化の本質は多様性にある。つまり多様なゴールがあるわけです。
岩佐  僕は、目的に対して最短距離で行くという発想ができなくて。むしろ3歩進んで2歩下がるみたいに試行錯誤していて、気づいたら上に行っている感じです。試行錯誤のプロセスを楽しみつつ、「本当はここを目指して試行錯誤してきたけど、実は本当に目指したかったのはこっちだった」みたいになったらすごく快感ですよね。進歩というのは、目指しているところもブレないのでわかりやすい。僕は「こっちを目指していこう」と思っても、うろちょろして、途中から「いや、あっちを目指そうかな」と思う。「半分登ったら、あっちの山のほうが楽しそうじゃん」みたいな(笑)。
石川  だから、失敗していいわけですね。
岩佐  そうです。いろいろな可能性をつぶしていき、成功した可能性で答えが見えるというのではなく、失敗の事例をいっぱいつくることが次の成功につながると思うんです。僕は編集長としての最後の半年間で、失敗の事例を増やそうと思って、いくつか極端なことをしました。やってはいけないことの学習が増えれば、次の編集長が楽になるだろうと思って。でも、それがけっこう当たったりするんですよね。
石川  『ハーバード・ビジネス・レビュー』でプロゲーマーの梅原大吾さんと対談しましたが、彼も同じことを言ってました。梅原さんは勝ち筋をすぐ捨てるんですね。そうすることが結果として勝ち続けることにつながる。今勝ちたい人が進歩を目指すのはいいんですけど、勝ち続けたい人は進化しなきゃいけない。そのためにどんどん勝ちパターンを捨てていく。
岩佐  失敗することは、一つの試合で勝つことじゃなくて、勝ち続けるために不可欠ということですよね。失敗のサンプルが増えれば増えるほど、社会は豊かになるわけだから。(後篇に続く)

構成:斎藤哲也