筑摩選書

責任者は何を語るか

天皇の戦争責任、国民の責任もあるにはちがいない。しかし、いちばん重要なのは軍事エリートたちの責任問題ではないのか――。強烈な問題意識と、資料の厳密な読み込みで書かれる7月刊行の筑摩選書『帝国軍人の弁明 エリート軍人の自伝・回想録を読む』から、「まえがき」を掲載します。

 昭和の戦争(満州事変、日中戦争、そして太平洋戦争)の軍事的責任、政治的責任はどのような形になるのだろうか。一九四五年八月十五日(国際法的には九月二日になるのだが)のあと、こうした責任を戦後社会が具体的に問うたことはない。このことは五十年、百年という単位でみたら日本社会は奇妙な価値観をもっていたのだなと受け止められることになろう。
 この国はその種の責任は問わないとの見方がされるに違いない。
 私はそのような見方をされることに不快感をもっている。なぜ日本国民は自らの手で、あるいは自らの視点で、責任を問うことをしなかったのか。その問いに対する答えは、実はきわめて簡単なのである。さしあたり三点を挙げておこう。第一は、東京裁判(極東国際軍事裁判)が行われたこと。第二はこうした責任論は昭和天皇に及ぶと考えていたこと。そして第三は戦後すぐに東久邇首相が訴えた「一億総ざんげ」がなんとはなしに受けいれられたこと。この三点によって、軍人たちの責任を問うことにためらいがあったといっていい。
 しかしこれらの三点は、実はさしたる根拠にならないと私は考えている。第一点、私は東京裁判の否定論者ではない。戦勝国が軍事裁判を行うのは当然である。だからといってこれは日本国民の意識を反映しているわけではない。にもかかわらず、これをもって責任論の結着とするのには、安易な「戦争処理」の思惑があるとされても仕方がない。第二点は、戦争の責任を論じるのは、昭和天皇の責任を問うことであり、それは国民感情としてできることではないとの判断があった。このことについて言うと、昭和天皇に戦争の責任があるとは思うが、しかし軍事上の大権を持つ天皇に対して、陸海軍の指導者は、正確な情報を伝えていないだけでなく、あまりにも無責任な情報を伝えていた。意図的に虚偽の報告を行っていた。天皇の権限を空洞化していたのである。そのことのほうがはるかに罪は重く、その責任は改めて問われるべきである。
 そして第三点である。戦争の終結後に東久邇内閣は今次の大戦の責任は挙げて国民すべてにあるとし、「一億総ざんげ」論を主張した。私は国民に責任があるのは間違いないと思っている。しかし総ざんげするには、それぞれの責任については軽重があり、一律に同程度というのはまったくの誤りだと思う。軍事上の最高責任者と一庶民の間には天と地ほどの開きがあるはずだ。それを見ずして一億総ざんげ論に与するのは無責任ではないか、と私には思えるのである。
 こうした点を理解したうえで、私たちは改めて軍事上の責任者たちはどのような思いをもって、戦争指導を行ったのか、なによりもまず誰が彼らに国民をまるで弾丸の一発の如くに扱って、死を強要することを許したのか。これまでの日本の歴史の先達に対して、将来の児孫に対して、どのような申し開きをするのか、そんな点を考えておかなければならない。そうした検証を次代の者が行わないことはそれ自体が罪であると私は考えている。
 本書はその延長線上にある私なりの考え方のもとで編まれた書である。
 ここでとりあげた十人の高級軍人の回想録や手記はそうした軍事上の責任について考えるときの資料の一部である。ここにはむしろ良心的といえる軍人の回想録を含んでもいる。実際は、首相兼陸相だった東條英機や参謀総長の杉山元、さらには東京裁判でA級戦犯容疑者に指定された軍人たちなど、その責任があまりにも重い者を加えて検証しなければならないのだが、残念なことにこうした軍人たちは大体が回想録の類を残していない。東條など巣鴨プリズンに収容されていた間に、本来なら回想録を残すべきであった。
 しかし、彼らはひたすら法廷での弁明にのみ終始し、歴史に対しての責任を果たしていない。もし東條が歴史に生きるにふさわしい軍人なら、法廷弁明よりも回想録を残すことに専念したであろう。そうした力倆をもたなかったところにこの時代の指導者には限界があり、その点を私たちは批判しなければならない。
 本書を通じて、軍事上の責任が問われるべき軍人の回想録や手記と必ずしもそうではない軍人との回想録の類を見分ける目を持ってほしいと思う。このことを意識してほしいと思う。
 なお、本書では、陸軍の高級軍人に絞って採りあげ、その体質を問うことにした。なかには陸軍の主流派に抗した将校もいた。海軍についていえば、陸軍と共通点もあれば相違点もある。いや陸軍よりも巧妙に将官たちは責任逃れをしているともいえる。海軍の高級軍人たちが何を書き残したか、それもまたいずれ検証されなければと思う。

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