荒内佑

第十回
サマー・ナーヴス

今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、<日常>とそこに流れる音楽の話を綴る初めての連載が「webちくま」にて大好評、公開中です。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。


 昨日まで箱根にいた。提出すべき曲の締切はとうに過ぎ去り、この原稿も明日までに書かねばならん、というのに。もちろん温泉宿に籠って原稿を執筆し、風呂を浴びたら浴衣に着替え、晩酌では女将の耳元で風流な囁きをし、籠絡し、その一夜をしたためるのじゃワシわ、といった明治大正昭和の文豪スタイルではなくて、まぁ不可抗力的に旅行に行くことになった。実際は、温泉に浸かり、ロープウェーに乗って写真、冷やしたぬきをすすり、うんウマい、出汁が死んだばあちゃんのやつにそっくりだわ、と想いを馳せ、芦ノ湖のフェリーでウトウトしていたのである。バブルの大学生か、と突っ込まれそうだが宿は山奥のコテージだった。ホラー映画によく出て来るアレ。遊び疲れて宿に着いたのは夜中だった。周りの宿泊客も寝静まった頃、残念ながらジェイソンもブギーマンも現れることはなかったが、コテージのテラスに置かれた椅子に座って考える。テーマ、原稿のテーマどうしよう……夏……でいいか。たまにはベタなのもいいだろう。それで夏の思い出なんかあったっけ……。あれこれ記憶を辿ってみて、最初に行き着いたのは24,5歳の頃のことだった。最近雑誌のインタビューで散々この頃のことを話したせいだ。しかし、全く良い感じの思い出でも、ましてや旅の話でもない。


 当時、東京の西荻窪という街に住んでいた。分かる人はほぼいないだろうけど、荻窪駅と西荻窪駅の中間、生協の近く、善福寺川沿いにあるアパートの3階。昔のことなんで別に今更って感じだが、彼女と一緒に住んでいて、僕は遅刻が多過ぎて天職だと思っていた映画館のバイトを春先でクビになり終日プラプラしていた。金はないけど時間はあるってやつで、書きながらいま気付いてしまったが、半年くらい、若干ヒモだったとも言える。どんな生活をしていたかと言うと、朝かろうじて起きて彼女が仕事に出るのを見送り、二度寝して昼過ぎに再び起きてテレ東でやっているB級映画を見ながら夕飯の残りか、ペヤングの超大盛りを食べる。気が向いたら楽器を触り曲をつくる。たまにスタジオに練習に行く。改めて振り返ると、あまりに世間のバンドマン像を地で行ってて、現在原稿を書いている僕は苦痛で顔が事故直後のビートたけしのようだが、まぁそういう時期があった。いや、むしろ、今時こんなステレオタイプのやついるだろうか。いるかも知れないが、今の自分が知っている20代のミュージシャンと当時の自分を比べてはいけない。彼等彼女等は素晴らしい。演奏もうまい。考えがはっきりしている。金も音楽でちゃんと稼ぐ。もしくは仕事と両立させている。


 夏になってもバイトを見つけようとしない僕を見かねてか、彼女は僕に料理研究家ケンタロウのレシピを伝授した。肉じゃがとパクチーサラダ。暑いし金もないのでとにかく家にいるのだ。旅行なんてとんでもない。そして後にも先にもあれほど真面目に料理に取り組んだことはない。この流れで書くと冗談のようだが、ケンタロウは天才だ。ぼくのようなズブの素人でさえ、レシピ通りに作っても、多少間違っても、物凄く旨くできる。いうなればバカラックのスコアを誰が演奏してもその素晴らしさが失われないのに似ている、と考えながら出来上がった料理をタッパに詰めていく夕方。角部屋だったので、西日がこれでもかと射している。だらしなくて、まとまらない自分の頭の中が料理の手順を経ることで少しずつ整理されていく感覚。僅かながら生活がまともに回り始める予感。もう少しすると彼女が帰ってくる。この時の自分が何を考えていたのかはっきりと思い出せないんだけど、幼稚過ぎるあまちゃんは、さすがにこのままじゃヤバいかもと感じたかも知れない。


 再びコテージのテラス。夏とはいえ山の中なので、少し肌寒くなって来た。ケンタロウは天才だけど、ほんとに大した話じゃないわ、これわざわざ世間サマに読んでもらいたい? NO。書くのは止めとこうよ、と思い到ったはずだが、なぜだか書いてしまった。繰り返すが今の20代のミュージシャンは泣けてくるほど洗練されている。イヤミではなくて本当に凄い。いや、オマエ、さっきからおっさんぶってるけど実際そこまで歳じゃないし、世代で括るなよ、と言われればそうなんだけど、やはりちょっと隔たりを感じてしまうのである。若い子達はいつ楽器の練習をしているの。どうしてそんなに服のこと知ってるの。それを買う金はどこから来るの。なんでそこまで音楽詳しいの……まぁネットよね、SNSよね、それは分かる。ただ、自分の夏の思い出はクソ地味な上にありきたりで貧乏臭くてやってらんないけど、シンプルに言って愛おしく……え? 昔は良かったって話? いやいやいや、夏、といったらこの時の状況が浮かぶので、自分にとっては小さな転機だったのかも知れないって話。

 

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