ちくま文庫

私の原点『おそ松くん』

赤塚不二夫『おそ松くん ベスト・セレクション』(ちくま文庫)の刊行記記念公開「30年後のおそ松くん」と共に、本書の解説を公開します。赤塚りえ子さんのみた『おそ松くん』秘話とは……。

赤塚不二夫の『おそ松くん』の連載がはじまったのは、父と母が結婚してからわずか半年後の昭和37年4月のこと。父、不二夫26歳、初代アシスタントの母、登茂子21歳の春でした。

新婚のふたりは二人三脚でマンガに情熱を傾けていましたが、そんなある日、父のもとへ少年誌「週刊 少年サンデー」から4回連載の仕事が舞い込みました。

「よし、4回連載ならハチャメチャやってやろう」と玉砕覚悟の父と、「面白ければもっと連載が続くに違いない」とチャンスの芽を感じ取った母。当時はまだ「ギャグマンガ」という言葉もなく、「おもしろマンガ」や「ユーモアマンガ」といわれる牧歌的なマンガが中心だった「少年サンデー」に殴りこみをかけよう、という勢いです。

父は、このチャンスに大好きでよく見ていた洋画のスラップスティック(ドタバタ喜劇)の手法を取り入れることにしました。六つ子が主人公という奇想天外なアイデアも『一ダースなら安くなる』(ウォルター・ラング監督)という12人の子どもがいる一家を描いた映画からヒントを得たということですが、12人ではコマに入りきらないので、半ダースの6人になりました。

ちなみに、主人公が六つ子というアイデアは、当初、六つ子の見分けがつかないということで編集者からよい反応を得られなかったようです。それでも、「六つ子は、見分けがつかなくいいんです!」と説得した父。

記念すべき第一話「空巣びっくり六つ子がでたよ」は、六つ子の家に双子の泥棒が入るというハチャメチャな設定で、読者の度肝を抜きました。これまでにない軽快なテンポと「六つ子の見分けがつかない」という設定自体がエッジの効いたギャグとなっており、読者の人気を得た『おそ松くん』は、母のもくろみ通り7年以上の長期連載となりました。

こうして誕生した『おそ松くん』をいま改めて読み返してみると、そのひとコマひとコマから若き日の父の情熱がビリビリと伝わってきます。

娘である私にとっては、その後の『天才バカボン』や『レッツラゴン』とはまた違った「赤塚不二夫」が感じられる作品であると同時に、父といっしょに暮らした幼い頃の「アカツカ家」が思い出される特別な作品でもあります。

私が生まれた昭和40年には、父は『おそ松くん』のヒットによってすでに人気マンガ家のひとりに数えられるようになっていました。この頃から父は仕事も遊びも多忙を極めており、家に帰ってこないことも多かったと記憶していますが、「アカツカ家」にはおもしろい日常があふれていました。

ある夜のこと、数日ぶりに帰宅した父が持って帰ったのは、大量のトノサマガエル。たくさんのトノサマガエルが玄関ホールでいっせいにピョンピョン飛び跳ねている光景は、衝撃的であり、それだけで大笑いできるものでした。

ところが翌日目を覚ますと昨日のトノサマガエルの姿はなく、テーブルのお皿の上にビロ~ンと仰向けになった焼きガエルが一匹乗っかっていました。そのマンガのキャラクターのようなビジュアルは鮮烈で、今でも脳裏に焼きついています。

また、私が生まれる数年前には、世間を騒がせる誘拐事件があったようで、私が誘拐されるのではないかと、父も母もたいへん心配していました。知らない人に声をかけられてもついて行かないよう私に教えるため、まず父は、当時はまだ珍しかったオープンリールのテープレコーダーを床の上にドンと置きました。そして、興味津々で父の横にいる同じ年のいとこのミキちゃんと私に向かって、今から録音するお芝居の設定を説明しました。

そして、父はおもむろにテープレコーダーのスイッチを入れて、「キーコ、キーコ、キーコ、キーコ……」と、まず公園のブランコが揺れる音をくりかえしたあと、知らないおじさんの役になって、「ねえ、キミたち。アメあげるから、おいでよ」と、言います。

すると、公園で遊んでいる女の子役の私とミキちゃんは、「いらなーーーーい!!」と口をそろえて叫びます。

それをうまくいくまで何度か繰り返し録音して聴きかえしたりしました。

知らない人にはついて行ってはいけないということを学ぶと同時に、とても楽しかったことを憶えています。

こんな風に、父の描く『おそ松くん』のマンガの世界と、私の暮らす「アカツカ家」の現実世界とは、たいへん近くにあったのです。

2016年は、父の生誕80周年という記念の年ということで、たくさんのあたらしい企画に挑戦する機会をいただきました。出版はもとより、演劇、アニメ映画、ドキュメンタリー映画、「バカ田大学」の開講、ライブ、アート展などなど。そのなかでもアニメ『おそ松さん』には、予想を超える大きな反響がありました。

当初「おとなになった六つ子を主人公に」と聞いたときには、一瞬戸惑いもありました。でも、もともと父はアニメを自分の作品と切り離して考えていましたし、とにかく面白いものが好きな父はきっと喜ぶのではないだろうかと思いました。

アニメ『おそ松さん』の中の六つ子は、とくに若い女性に人気があるようで、ヒーロー然としていない彼らに癒しを感じているのかもしれませんし、ダメダメな彼らに母性本能を刺激されているのかもしれません。

赤塚不二夫には「バカはまじめにやりなさい」「常識を意図的にぶっ壊す」という徹底したアティチュードがあるので、そこさえブレなければ、どのようなカタチになっても、赤塚スピリットを受け取ってもらえるのではないかと考えています。

アニメ『おそ松さん』だけでなく、いろいろなモノやコトが入り口になって、こうして赤塚不二夫のマンガを手に取っていただけることが、私にとって一番うれしいです。

そして、みなさんに読んでいただけることで、父が作品の中で永遠に生き続けているのを実感しています。

赤塚不二夫が描いた「30年後のおそ松くん」はこちら

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