アメリカ音楽の新しい地図

3.ヒップホップにおけるアフロ=アジア

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

 2016年2月25日に開催された第88回アカデミー賞授賞式は緊張感に包まれていた。前年に各賞のノミニーが発表された際、主要俳優部門の候補者がすべて白人であることが明らかになったのだ。しかもそれは二年連続のことであり、あまりに白人至上主義的なアカデミー賞の姿勢に対する抗議行動が「オスカー・ソー・ホワイト」のハッシュタグとともに顕在化した。スパイク・リーやジェイダ・ピンケット・スミス&ウィル・スミス夫妻は授賞式への欠席を宣言し、最優秀オリジナル・ソング賞にノミネートされたイギリス人ミュージシャン、アノーニも──彼女はトランスジェンダーとして知られている──同じカテゴリーの候補者のうち自分だけ招待されなかったとして式のボイコットをアナウンスした。
 授賞式当日、もっとも注目されたのは総合司会を務めるクリス・ロックのオープニング・モノローグである。アカデミー賞自体が人種差別的であると批判されるなか、アフリカ系アメリカ人コメディアンとして登壇し、白人に媚びることなくアカデミーに一定の批判を向けながら、同時に白人中心の聴衆の笑いを取らなければならないというジレンマに囚われたのだ。
 そして、クリス・ロックはこの難所を見事に乗り切ったといえるだろう。「ジェイダ・ピンケット・スミスがアカデミーをボイコットするのは俺がリアーナの下着をボイコットするようなものだ。そもそも呼ばれていない」などのパンチラインを繰り出しつつ、彼はアカデミー批判を随所に織り交ぜながら聴衆の笑いも獲得した。

クリス・ロックのオープニング・モノローグ

 だが、本稿でフォーカスしたいのはこのオープニング・モノローグではない。「オスカー・ソー・ホワイト」という批判が飛び交うなか、黒人コメディアンとして困難な状況を見事にくぐり抜けたかのようにみえたクリス・ロックだが、実は授賞式のある演出について批判されている。受賞者発表の合間に挟まれるスキットにおいて、ロックは投票の集計作業を担当するプライスウォーターハウスクーパース社の会計係を紹介するとして、三人のアジア系の子供を舞台に上げたのだ。いずれもタキシードを身にまとったアジア系の子供たち──女の子は眼鏡をかけ、男の子はブリーフケースを抱えていた──は、「数字に強く勤勉で従順なアジア系」というステレオタイプに基づく人種的なジョークであり、授賞式後にアジア系アメリカ人の論客から激しく非難されることになる。

オスカーでのアジア系ジョークで批判されるクリス・ロック(ニュース映像)

 もちろん、このスキットは構成作家らによって事前に準備されたものであり、クリス・ロックに責任を負わせるのは筋違いであるという指摘も頷ける。だが、ひとまずその点は触れないでおこう。それより、アカデミー賞の舞台でアフリカ系のコメディアンがアジア系のステレオタイプを弄んで笑いを取る──いったい、このことの何が問題なのだろうか。

関連書籍