アメリカ音楽の新しい地図

3.ヒップホップにおけるアフロ=アジア

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

ヒップホップとアジア系の表象
 本稿ではヒップホップという音楽ジャンルにおけるアフロ=アジア的な関係性、とりわけアフリカ系アメリカ人と日本人、あるいは日本文化の交流についてまとめたい。前回の記事でも触れたが、アメリカでは2000年代に入り、インド出身のマルクス主義批評家ヴィジェイ・プラシャドのEverybody was Kung-Fu Fighting: Afro-Asian Connections and the Myth of Cultural Purity (2001)を皮切りに、アフリカ系とアジア系の相互交渉がアカデミックな場で論じられるようになった。
 アフリカ系とアジア系というマイノリティー集団の関係が興味深いのは、とりわけアメリカ合衆国においてこの二つのグループが対照的なステレオタイプを構成してきたからだ。感情的で性的に淫らなアフリカ系と、勤勉でおとなしく性的に淡白なアジア系──プラシャドがいうように、前者は常にアメリカ社会の中で「望ましくない」グループの烙印を押される一方、後者は「モデル・マイノリティー」のイメージがメディアで報じられてきた(1)
 アメリカ研究者ロバート・G・リーは、数々の学術賞を受賞した著書『オリエンタルズ』において、いかにして冷戦期にアジア系がモデル・マイノリティーとして社会的に構築されたかを示したが、たとえば19世紀のミンストレル・ショウにおいてすでに黒人が文化の欠如を象徴していたように、同じ舞台で演じられた「ジョン・チャイナマン」というアジア系のキャラクターは過剰に文化的な人物として描かれていたという。そしてその過剰さは、永遠にアメリカ社会に同化し得ない「よそ者」としてのアジア系というイメージと深く結びついている(2)
 そもそもアメリカ文化の領域でこうしてアジア系のカルチャーが話題になるのは、1990年代以降の「アジア系の可視化」とも呼ばれる文脈が大きい。2010年の時点でアメリカ合衆国におけるアジア系の占める割合は4.8%に過ぎないが、2000年の3.6%を基準にすると43.3%の伸び率であり、この数字はヒスパニック/ラティーノを含むすべての人種・民族的カテゴリーの中でもっとも高い増加率である。そのことを裏書きするように、1990年代以降、ルーシー・リューなどアジア系の俳優の活躍が目立ち、テレビや映画の群像劇においてアジア系の役が割り当てられるようになったのは広く知られるところだろう。
 1970年代のニューヨーク市ブロンクス区で誕生したヒップホップと呼ばれる音楽ジャンルも例外ではない。このジャンルにおける「アジア系の可視化」の最近の事例として、韓国人ラッパー、Keith Apeの曲にKOHHとLootaという日本人ラッパーがフィーチャーされた〈It G Ma〉のマイナー・ヒットが挙げられる。2015年1月にYouTubeに公開された同曲のミュージック・ビデオは現在までに4300万回以上再生され、前年にアトランタのラッパー、OG Macoが放ったヴァイラル・ヒットにちなんでアジア版〈U Guessed It〉とも呼ばれている。アメリカの音楽メディアなどでも取り上げられ、アジアのヒップホップ史上、ひとつのエポックメイキングな事件として捉えられている(3)
 2016年2月にリリースされたリッチ・チガの〈Dat $tick〉も見逃せない。ピンクのポロシャツとリーボックのウェストポーチを身につけた中国系インドネシア人ラッパーが、豚の屠殺やマセラティについてラップするビデオはヴァイラル・ヒットとなり、ビルボード誌のBubbling Under R&B/Hip-Hop Singlesのチャートで4位まで上がったのだ。

Keith Ape - (It G Ma) (feat. JayAllDay, Loota, Okasian & Kohh) [Official Video]
 
Rich Chigga - Dat $tick (Official Video)

 このビデオを製作したのが88risingというメディアである。ベイエリア育ちで日系かつ韓国系でもあるショーン・ミヤシロは、アジア系のカルチャー、とりわけヒップホップを始めとする音楽文化をミレニアル層に向けてアピールする目的で88risingを設立したという。アジア版「ヴァイス」を目指すと宣言するミヤシロのインタビューを読むと、アメリカのヒップホップ・カルチャーにおける「アジア系の可視化」が予想以上に進んでいることにあらためて気付く(4)

 

(1)Vijay Prashad, Everybody was Kung-Fu Fighting: Afro-Asian Connections and the Myth of Cultural Purity. Boston, Beacon Press, 2001, x.
(2)Lee, Robert G., Orientals: Asian Americans in Popular Culture. Philadelphia: Temple University Press, 1999, 35-36. (貴堂嘉之訳『オリエンタルズ――大衆文化のなかのアジア系アメリカ人』岩波書店、2007年)。
(3)Thomas, Dexter, “ ‘It G Ma’ Made Asian Rap History (In Addition to Sounding Like OG Maco’s ‘U Guessed It’),” Noisey, Feb. 3, 2015, https://noisey.vice.com/en_ca/article/keith-ape-jayallday- loota-okasian-and-kohh-it-g-ma-korean-u-guessed-it.
(4)Shawn Setaro, “88Rising Bridges The Gap Between East And West” Forbes, Nov. 30, 2016, https://www.forbes.com/sites/shawnsetaro/2016/11/30/88rising-bridges-the-gap/#a8c4c7b31c1f; Katie Chow, “Inside 88rising, the Company Behind Rich Chigga and His Asian Rap Comrades,” Pitchfork, June 8, 2017, http://pitchfork.com/thepitch/1537-inside-88rising-the-company-behind-rich-chigga-and-his-asian-
rap-comrades/.

関連書籍