考える達人

第4回「ビジョンを実現するには、敵が必要だ」 岩佐文夫さん・後篇

岩佐文夫さんとの対談の後篇です。「遠い先のビジョンを考えるほど、利益も増える」--なぜなのでしょうか。

●先のことを考えるほど、目先の利益も増える

石川  少し話は変わりますが、僕が所属するアカデミアの世界では、大雑把に「学問体系をつくる」という志でやっている人、「新しい研究分野を切り拓く」という志でやっている人、単純に「エビデンス・知識を生む」という志でやっている人の3グループに分かれます。
 この構造をビジネスに当てはめると、「産業をつくる」「企業をつくる」「事業をつくる」と分けられるように思うんです。では、この3グループに必要な資質は何なのかと考えると、それぞれ「ビジョン」「ミッション」「パッション」ではないかと。
 でも、企業の経営者や幹部の人に会うと、ビジョンやミッションを描ける人が少ないように感じます。事業をつくることに関しては、みんな「売り上げ何パーセントアップ!」「何千億目指すぞ!」というパッションがあるんですけど、ミッションやビジョンをどうやって掲げればいいかで悩んでいる人がけっこういる。
 大勢の経営者に会っている岩佐さんは、経営者のミッションやビジョンをどういうふうに捉えていらっしゃるんでしょうか。
岩佐 事業の成長とともに、ミッションやパッションが明確になっていくというのもあるんでしょうか。僕の仕事は経営者に向けて情報発信することでしたが、僕自身は経営者ではなく、せいぜい事業の責任者でしかありません。だから、常に思考実験をしていました。たとえば自分がキリンビールの社長になった時、自分が思っている理想を貫けるかどうか。あるいは、自分だったらどういうマネジメントをするか。
 こういう思考実験をすると、自分のなかに疑問が湧いてくる。それを取材でぶつけるんですね。
 メディアの人間は現業をやっているわけではなく、事業の傍観者ではあるんだけど、それに甘んじていてはいけないという思いがありました。外から、企業批判をするのは簡単です。でも、「自分が社長だったらどうするか」と考えると、経営者がたとえビジョンをもって始めたとしても、目の前の競争や四半期決算、1~2年の市場経済の動向、地政学的な変化など、個々のプレッシャーに非常にナーバスになることもよくわかります。
 しかしこれまでの取材経験からいうと、逆説的ではありますが、遠い先のことを考えれば考えるほど、目先の利益は増えるのではないかと思っています。目先のことを考えてしまうと、利益は伸びない。たとえばある地点までボールを投げようと思ったとき、そこに着地するように投げるんじゃなくて、その先をめがけて投げたほうがいいわけです。
石川  初めからすごく遠くを見るほうがいいと?
岩佐  そうですね。僕は学生時代、サッカー部だったんですけど、下級生はグラウンドのライン引きをさせられるんですよ。その時に「目の前を見ないで、一番遠くを見ろ。そうするとまっすぐな線を引ける」と教えられました。経営にも同じことが言えるように感じます。

●出口治明さんのタテ・ヨコ思考

石川  印象に残っている経営者には、どんな人がいますか?
岩佐  まず思い浮かぶのは、ライフネット生命の出口治明さんですね。あの方は、地球の大統領のような発想を持っています。「地球がひとつの国家で、あなたがそのリーダーだったら今何をすべきですか?」と聞かれても、即座に答えられるでしょう。
石川  出口さんはなぜ、そこまで考えられるんですかね。
岩佐  出口さんはタテ・ヨコ思考で物事を見ることが重要だと力説しています。タテ思考は時間軸、つまり歴史ですね。ヨコ思考は、地理的に世界のさまざまな考え方を知ることです。出口さんは膨大な歴史書を読むと同時に、世界の1000都市以上を旅している。その圧倒的な読書量と経験にもとづいて、絶えず「自分だったらどうするか」ということを考えているので、シミュレーションが半端じゃない。自分がもしエジプトのこの町に生まれた少年だったら、どういう生き方をするだろうか。自分がナポレオンだったら、ああいう決断ができただろうか。そういう思考を積み重ねてきた人だと思います。
石川  いろんな時代のいろんな人の立場になって、物事を考える。つまり妄想してみるということですね。
岩佐  シミュレーションというのはたしかに妄想ですが、そうすると自分の人生がすごく豊かになる。出口さんはご自身の生きた経験はもちろんのこと、その他に旅行や読書から得た、2000、3000ぐらいの人間の生き方のサンプルが蓄積されているじゃないでしょうか。だから、その時々の状況に応じて、それらのサンプルの中から適切なものを選び、行動しているんでしょうね。
 だから僕程度が質問することは、すでに考えられていることなんですよね。出口さんに「ん?」と思わせるような質問をしたいと思って、ずっとインタビューしてきました。

●ビジョンには敵が必要

石川  人類の歴史の中で、これまでいろんな人がいろんな時代を生きてきた。とすると、ビジョンももう出尽くしているんでしょうか。
岩佐  いや、僕はもっとビジョンの競争があっていいんじゃないかと思っています。
 石川さんが「こういう社会がいいよね」と言い、僕も別のビジョンを語る。そうやって提示されたビジョンの中から、人々が最も魅力的に思えるものに投票するような仕組みがあるとおもしろいですよね。
 これまでの歴史でも、さまざまなビジョンが提示されてきました。でも、残っているビジョン、実現されたビジョンは、良くも悪くもやっぱり多くの人々に支持されてきたものだと思うんです。
石川  ビジョンの競争というのは面白いですね。最近、「ビジョンを一緒に考えてくれ」という企業からの依頼が多いから、ビジョンについてけっこう考えたんですよ。ビジョンとはそもそも何ぞや、と。
そこで、次のようなことを妄想してみました。僕は外界から隔離された、住人が30人ぐらいのアマゾンの村に住んでいる。そういう状況でビジョンを考えるだろうかって。
岩佐  すごくおもしろい妄想ですね。どういう結論になったんですか。
石川  たぶん、そういう状況では考えないだろうと思いました。でも、僕がアマゾンの村から都市に出向いたらどうなるか。その状況だったら、何かすがるものが欲しくなるかもしれない。
 その違いを考えると、一番のポイントは忠誠心だと思います。村にいた時には、忠誠を誓うものが一つしかないから、別にビジョンは必要ない。でも、都市では見知らぬ人と過ごすようになり、忠誠心が低下する。そこで人々はビジョンを求めたのではないか。そんな妄想をしていたら、今度は「最初の都市ってどこだろう」ということに興味が出てきました。
 調べてみると、紀元前6世紀、古代ペルシア(アケメネス朝ペルシア)で初めて都市国家ができた。そこで人々の忠誠心を集めるために、人類史上で最初に誕生したビジョンがゾロアスター教なんですよ。教祖がいて経典があり、教団というマネジメント体制がある。僕はそこで「ゾロアスター教が人類最初のビジョンだ」と思ったんですね。
 ゾロアスター教の経典には「光がいて闇がいて、最後は光が勝つ」と書かれていますが、人々の忠誠心を集めるためのビジョンを競争する時、重要なのは敵の存在です。つまり、光に対する闇ですね。
 たとえば、アップルは"Think different"というスローガンを掲げていますよね。この言葉を見ると、"Think different"していない人たちがたくさん思い浮かぶじゃないですか。それに対して、サントリーは「水と生きる」というスローガンを掲げていますが、これだと敵がよくわからないから、ビジョンとして弱くてポエムになってしまう。だから、ビジョンをつくるのがうまい人は、敵をつくるのがすごくうまいのではないかという仮説を立てているんですが。
岩佐  なるほど。結局、ビジョンというのは共感じゃないですか。でも、反対する人のいないものは、共感する人もいないんです。たとえば、多くの人に読まれる本をつくろうと思って、「平和はすばらしい」と訴えるだけでは、誰も反対しないけど、おそらく誰も買いません。あるテーマについて共感を得ようと思ったら、やはり敵の存在が必要ですね。

●自分からいちばん離れている人を大事にする

石川  僕自身、いままで敵という発想をしたことがなかったんですよ。むしろポエム的で、「みんな仲良くしよう」みたいな考えが強くて。
岩佐  石川さんは包容力がすごい分、それが悩みになってきているんですね。
石川  たとえば僕は、人類を賢くしたい、人類の知性を上げたいと思っています。でも、それはビジョンではなく、ポエムなんですよね。やはり敵を明確につくらないと、人を惹きつけることはできない。ビジョンが魅力的でないと、ムーヴメントになっていかない。いつまでも「石川さんは面白い」と言われるだけではダメだなと考えるようになってきました。
 それ以来、ビジョンのことが頭から離れなくなって、ゾロアスター教もすごいけど旧ソ連というかマルクスもすごいと。資本主義に対して、共産主義をバーンと掲げたわけですから。あのビジョンは熱狂を生んだのはよくわかります。
 そのソ連を終わらせるきっかけをつくったゴルバチョフもすごいですよね。ゴルバチョフは自分の国を愛する一方で、世界のことも考えていた。それでいろいろと考えた結果、「この国はおしまい」ということになったわけですよ(笑)。あれはすごい決断だったし、彼はとんでもないリーダーだった。
岩佐  世界のために自分の国がやばくなるかもしれないけど、平気でその決断ができるということですよね。
 それに関連する話をすると、僕は「他人」をどう捉えるかという考え方のレベルで、敵がいるんです。
 ふつう、自分にとって一番近い他人は家族で、それに職場の仲間や友達が続く。地域、日本、世界と円心上に範囲を広げていくとどんどん自分とは縁遠くなっていくわけですよね。でも、そういう遠くにいる人をこそ他人と思える人になりたい。僕は小学校の時からずっとそう思っていました。「他人を大事にしなさい」と言われた時、自分の周りの近くにいる人ではなく、一番離れた人を大事にしたいと。自分の身内を大事にするというのは、自己的だと思ったんです。
石川  そういう考え方が芽生えたのはどうしてですか。
岩佐  僕は小学校の時、大阪の寝屋川市という非常に庶民的な地域で暮らしていました。あそこは大阪の郊外で、いろんな人が住んでいました。ある時、仲の良かった友達が急に転校になったんです。
 理由を先生に聞いたら「お父さんがトラックの運転手さんで、急にいなくなっちゃった」と。僕の父親は金融機関に勤めていて、社宅に住んでいたんですが、同じ友達なのに、どうしてこうも家庭環境が違うんだろうと疑問に感じました。
 僕はその後東京の私立の中学に入り、そこから大学まで行きました。でも、寝屋川の同級生はほとんどは公立中学に行った。そういう違いから「自分だけ違うレールを歩むというのは果たしていいんだろうか」と、また疑問に感じたんですよ。自分はたまたま、そういう教育に熱心で経済的にも可能な家に生まれただけですから。
石川  そういう疑問をずっと持ち続けてきたんですか?
岩佐  ええ。いまだって、自分はたまたま編集者をやっているだけです。だから、編集者だから得られるような特権にはとても疑問がありました。華やかなパーティーに呼ばれるとか、お歳暮をもらうとか。
それはたまたま、自分がそういう仕事に就いているから得られたものであって、自分の力で勝ち取ったものではないわけだし。「役得」として得ているものは、ある意味、仕事のプロセスとしてプラスになるものであって、個人としての生活が潤うものではないものです。
石川 そもそもこの時代に日本に生まれたこと自体、すごく恵まれていると思うんですけど。
岩佐  おっしゃるとおりです。僕に言わせれば、この時代に日本に生まれたらみんなラッキーなんですよ。教育も受けることができ、仕事もあり、社会にはセーフティネットもある。そういう環境に育った人は、その上のチャレンジができるはずなんですよね。

構成:斎藤哲也