日本人は闇をどう描いてきたか

第七回 九相図 ――死体の図像学

日本美術にはただ美しいだけでなく、怖さ、暗さ、不気味さを帯びた作品が数多くある。なぜ闇が描かれるのか、その先にある救い、そして笑いとは――作品に即して読みとく、闇からの日本美術入門。第七回は、死後の身体を描いた作品から。

二つの九相図

 九相図と呼ばれる死体の絵がある。
 鎌倉時代には、画巻の「九相図巻」(図1、九州国立博物館蔵)と、掛幅の「人道不浄相幅」(図2、聖衆来迎寺蔵「六道絵」の中の一幅)、二種の異なる作例が残されている。両者の図像はよく似ているものの、各々異なる制作背景を持つ。
 中世の日本では、死体の図像が重層的な意味を担いながら描き継がれ、近世へとつながる美術と文学の豊かな土壌を育んだ。ここでは、二つの九相図に込められた意味を、主に典拠となったテクストとの関係からひもといていく。

九相図とは何か

 仏教では、出家者が自分自身や他者の肉体に対する執着を断ち切るために、肉体の不浄のありさまを観想(かんそう、イメージトレーニング)する、不浄観(ふじょうかん)という修行があり、そのうち死体を九段階に分けて観じることを九相観(くそうかん)と呼ぶ。
 経典によって異同があるものの、中国の天台宗を確立した智顗(ちぎ)の説をまとめた『摩訶止観(まかしかん)』に拠ると、肉体が朽ちていく過程には、①脹相(ちょうそう、死後硬直しガスで膨張する)、②壊相(かいそう、日に曝されて皮肉が破れる)、③血塗相(けちずそう、皮膚の裂け目から血があふれる)、④膿爛相(のうらんそう、腐乱する)、⑤青瘀相(しょうおそう、ミイラ化する)、⑥噉相(たんそう、禽獣に食われる)、⑦散相(さんそう、四肢や五臓が散乱する)、⑧骨相(こっそう、骨となる)、⑨焼相(しょうそう、骨を焼く)の九段階があると説かれている。
 この説にもとづく図像が九相図であり、死体が腐乱し白骨となって朽ちていく様子を九つの場面に分けて描く。日本では中・近世を通じて描き継がれ、そのうち鎌倉時代に遡る古例が「九相図巻」(図1)である。

【図1】「九相図巻」噉相(九州国立博物館蔵)
画像出典:九相図資料集成―死体の美術と文学(2009年、岩田書院)

『摩訶止観』と九相図

 本作の図様は、おおむね前出の『摩訶止観(まかしかん)』の内容と一致する。例えば、ここに掲げた「噉相」について、同経では次のように詳述している。

 狐、狼、鴟(とび)、鷲が噉食する。粉々になった肉を、闘い競ってつかみ、裂き、引きちぎる。これを噉相という。

 若い女性の死体が、動物によって食いあらされ、皮、肉、内臓が散乱する。図像は、先に見た経文に忠実である一方で、経には記されていた狐や狼が、日常的に見られる犬や烏によって置き換えられている。加えて、解剖学的にも正確な内臓や肋骨の描写は、この絵が現実の観察をも踏まえていることをうかがわせる。
 この画巻は、九相観を実践する際に死体のイメージを補完する目的で制作された可能性が高い。九相観実践の事例として、十四世紀に活躍した禅僧の夢窓疎石(むそうそせき、一二七五~一三五一)が、自ら描いた九相図を壁に掛けて観想したことが伝えられている(『夢窓国師年譜』正応元年条)。

『往生要集』が説く人道不浄相

 中世日本で九相観が広く受容された要因のひとつに、源信の『往生要集』がある。
同書の大文第一「厭離穢土」には、人道を不浄・苦・無常の三つの位相で捉える考え方が示されており、この三相を深く理解し現世への執着を克服することなしには、極楽浄土往生を目指すことはできないと説く。特に人道不浄相については多くの紙数を割き、生きた身体の不浄に続いて、死体の穢れを以下のように記述する。

 いはんやまた命終の後は、塚の間に捐捨(えんしゃ)すれば、一二日乃至七日を経るに、その身膖(は)れ脹(ふく)れ、色は青瘀(しょうお)に変じて、臭く爛(ただ)れ、皮は穿(む)けて、膿血流れ出づ。鵰(くまたか)・鷲・鵄(とび)・梟・野干・狗等、種々の禽獣、摣(つか)み掣(ひ)いて食ひて噉(は)む、禽獣食ひ已りて、不浄潰れ爛(ただ)るれば無量種の虫蛆ありて、臭き処に雑(まじ)はり出づ。悪(にく)むべきこと、死せる狗よりも過ぎたり。乃至、白骨と成り已れば、支節分散(しせつぶんさん)し、手足・髑髏、おのおの異る処にあり。風吹き、日曝(さら)し、雨灌(そそ)ぎ、霜封(つつ)み、積むこと歳年あれば、色相変異し、遂に腐れ朽ち、砕末となりて塵土と相和す。

 ここに掲げた人道不浄相は、『摩訶止観』や『大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう)』に基づいて、その要点のみ分かりやすく解説した文章となっている。『往生要集』が貴族社会に普及していくと同時に、人道不浄相、つまり九相観に関する経説も広く知られるようになったはずである。先に見た「九相図巻」も、その制作の契機は同書を通じて九相観への関心が高まったことにあったと思われる。

伝空海作「九相詩」と無常観

 朽ちてゆく死体の図像が、中世にはもうひとつのテクストと結びつく。
 空海(七七四~八三五)作と仮託される「九相詩」は、空海の漢詩・碑銘・願文及び種々の逸文を集成した『続遍照発揮性霊集補闕抄』に採録されている。遅くとも、承暦三年(一〇七九)に、仁和寺の済暹(さいせん、一〇二五~一一一五)が同抄を編纂した際には、この漢詩が空海作として伝わっていたようである。
 詩文は、五言絶句を三連で一首として各相を詠み、①新死相(しんしそう)、②肪脹相(ぼうちょうそう)、③青瘀相(しょうおそう)、④方塵相(ほうじんそう)、⑤方乱相(ほうらんそう)、⑥璅骨猶連相(さこつなおつらなれるそう)、⑦白骨連相(はっこつれんそう)、⑧白骨離相(はっこつりそう)、⑨成灰相(じょうけそう)の九相とする。
 これは、九相観を踏まえた内容であるが、各相の文言や全体の順序において直接の典拠と見なせる経典は存在しない。また、四季の情景を読み込むことで、単なる肉体の不浄だけでなく、時のうつろう無常観を表出する点に特徴がある。
 例えば、②肪脹相の「蕭瑟(せうしつ)として秋の葉満つ、悲しびを含むで起つて四(よも)に望む、但屍一人あるを観る、裸衣にして松丘に臥せり」などの表現が含まれている。死体が腐乱して消滅する各相の展開と、詠みこまれた四季の順序に一貫した秩序があるわけではないが、草花のモチーフが時の移ろいを表し、無常観をかきたてる。
 そして、九相の変化を四季の推移になぞらえるという趣向が、中・近世日本で制作された数多くの九相図にも受け継がれていくこととなる。その典型的な例を、「六道絵」(聖衆来迎寺蔵)に含まれる「人道不浄相幅」に見ることができる。

人道不浄相――四季に彩られた死体

 【図2】「六道絵」人道不浄相幅(国宝、滋賀・聖衆来迎寺蔵)
画像出典:源信 地獄極楽への扉(2017年、奈良国立博物館)より

 「人道不浄相幅」画面右上の題辞には、『往生要集』「厭離穢土」から次の内容が抄出されているが、九相については「其身は膖脹し色は変じ皮を穿つ」と記すのみで、これを読んだだけでは各相の具体的な姿は分からない。当然ながら、描かれた図像は色紙形の文言とは一致せず、さらに『往生要集』の原文とも完全には一致しない。

  一方、先に見た「九相図巻」と本作の図像は、極めて近しい関係にある。鎌倉時代の九相図は、ある程度定型化していたものと思われ、この「人道不浄相幅」は、先行する何らかの九相図を参照して、その図像を『往生要集』に説く人道不浄相に援用したものであろう。
 画面上方からジグザグに下降するように各相を配置しており、「九相図巻」との図像の一致を手掛かりに、上から①新死相、②膖脹相、③壊相、④血塗相、⑤膿爛相、⑥青瘀相、⑦噉相、⑧散相、⑨骨相と判断できる。
 ただし、「九相図巻」と「人道不浄相幅」では、背景の有無という点で大きく異なっている。「人道不浄相幅」では、画面上部の新死相から下部の骨相に向かって春夏秋冬の草花が背景として描かれており、これは「九相図巻」との大きな違いである。
 伝空海作「九相詩」では、四季の推移と無常観を重ねて詠んでいる点に特徴があった。詩文に見られる春花、夏草、秋葉、落葉、同様のモチーフで「人道不浄相幅」の画中も埋め尽くされている。そして、各々の図像を伝空海作「九相図」と照合してみると、各相の順序を正確に踏襲しているわけではないものの、例えば「九相詩」における肪脹相「裸衣にして松丘に臥せり」の一節は、「人道不浄相幅」の③壊相で、裸の死体が松の生えた丘に横たわっている情景を想起させる。
 こうして見ると、本作には『往生要集』『摩訶止観』「九相詩」といった三種のテクストによって導き出される不浄と無常の図像が重なりあって同居しているのである。
 朽ちてゆく死体の図像が「九相詩」という新たなテクストを誘発し、これが再び九相図と出会うことで、多義的なよみときを可能とする「人道不浄相幅」へと結実する。
 イメージとテクストの綾織物として存在する、日本中世絵画の最も魅力的な一面が、この一枚の掛幅に浮かび上がってくる。

 なお、今回取り上げた二つの作品は、奈良国立博物館で開催中の「源信 地獄極楽への扉」展にて公開されている。「人道不浄相幅」は2017年8月6日まで。「九相図巻」は2017年8月8日から9月3日まで。

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