昨日、なに読んだ?

File15. 西川アサキ・選:本が読めない理由の本

デレク・パーフィット『理由と人格』(森村進訳、勁草書房)、ディヴィッド・J・チャーマーズ『意識する心』(林一訳、白陽社)、ブルース・ブエノ・デ・メスキータ&アラスター・スミス『独裁者のためのハンドブック』(四本健二他訳、亜紀書房)

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【 西川アサキ(哲学者)】→大崎清夏(詩人)→???

 すいません。最近、本読んでません。
 なんでか?
 本を読むと、新しい事実を知った気分、楽しい気分、切なさが共有された気分など、色々な気分が発生します。
 でも、自分は記憶力が悪いので、明日には忘れます。
 で、明日になると、全く同じ現実がやってきます。
 読書好きの方々は、そもそも現実と読書を結びつけるからいけないとおっしゃるかもしれません。正しいと思います。読書は読書、現実は現実。割り切って社内政治やSNS活動にいそしむのが大人というもの。
 しかし、自分は現実を変えることにしか興味がないと最近気づき、よって、できるだけ本を読みません。ノンフィクションでも、いやむしろノンフィクションの方が描かれた世界の外側に飛ばされたというか、その世界と俺全然関係持てないし、ていうかネタは吸収したからもう持たなくていいよね?という気分になる感じで、フィクションっぽいからです。
 何か知るたびに玉突き事故的に新しい事実を知ってはまた次の本へ。そんなことを繰り返す時間がもはや残されていない。最初に考えたテーマは「死ぬ前に読んでもいい本」だったんですが、一冊も思いつかず企画中止。朝のサラリーマンに突如勤務先と逆方向の列車に乗ってどっか行きませんかと依頼する『逆向き列車』という野心的番組が超低空飛行だったのと似た感じで、世の中ままなりません。
 以上の理由により、オススメの本はデレク・パーフィット『理由と人格』にさせていただきます。つい最近、スター企業家のイーロン・マスクは、迫りくる人工知能の脅威に対抗するため、人間と計算機を神経接続する社訓を持つベンチャーを設立しました。個人的にはゲノム編集したプリオン菌あたりを全ニューロンに増殖分散、必要なデータを個別収集させた後、硬化。ゲロと一緒に吐き出して、回収したデータで復元、というのが、生物の無駄に数だけある特徴を活かした作戦なのではと思っていますが、これはコピーで、接続とは少し違いますな。
 なんだか「人工知能vs人間」という話題は、「クリエイティブな仕事は人間、人工知能は奴隷」という役割分担が自然達成されるというシナリオへ世間的には落ち着いたのか、イーロン・マスクの試みはとても空気読んでない感じです。あんたバカァ? でも、彼は数年前に世界中の研究者へ助成金を与え、人工知能との共存方法について研究してもらうプロジェクトを立ち上げてました。僕はそれを講義のネタに使っていましたが、正直どれもイケてない。こんなんで共存できるわけないだろ、俺の考えた方法で申し込んでおけば良かったと深く後悔したほどです。で、結局神経接続。お察しください。
 ちなみに、ペンローズ、ホーキング、テグマーク、そしてイーロン・マスクと物理を学んだことある人は、シンギュラリティ話を聞いた瞬間人工知能に勝てない、と思うようです。クリエイティブな方々は謙虚なんでしょう。気狂いほど結局正しかった歴史をよく知っているからかも。
 神経接続。いいですね。攻殻機動隊です。攻殻機動隊の倫理観に深く共感しアメリカと喧嘩を始めた挙句、ロシアで古典文学を嗜む生活に至ったスノーデンも喜ぶはずです。
でも、神経接続は金持ち以外ユーザー契約審査通らない問題以外にも問題があります。人間部分が遅すぎるのです。古いパソコンに一部だけ高級パーツ載せてもパフォーマンス出ないみたいな。要するに人間というか、自分自身が邪魔になる日が来ます。
 その時、徐々に置き換える限界まで行くでしょうが、「限界」ってどうやって決めるんでしょう? 自我を守るATフィールドとかで囲われてるのかな?などと最近よく幻をみます、というかもはやそればっかです。
『理由と人格』は、そもそも「一つの人格」というもの自体が、色々な人々の共同体で、にも関わらず人格の中にいる人々は互いに思いやりを持っている、たとえば明日の自分を自分のことのように心配する今日の自分がいる。ゆえに共感に基づく倫理は可能なのだという心温まるロジックの本なのですが、火星に自分のコピーを送ってオリジナルは殺すとか、物理の試験中に違う解き方を試すために分裂し、その後融合してみるといった思考実験が出てきます。「限界」が決まった後、最後のパーツ(?)を置き換えるかどうかは、こうした思考実験と似た話になるでしょう。
 ちなみに、徐々に置き換えるバージョンの話は、チャーマーズ『意識する心』に出てきます。彼の英語論文を追うと、人工知能が奴隷になってくれない場合についての論考もWebにおいてあります。
 最近は日々そんなこんなと、善意とブロックチェーンについて無駄に考える日々ですが、正直能力の限界を超えているので、ごつい参考書か論文以外読む時間が全くありません。なので、人にオススメできる一般書は、善意がいかに無力化していくか教えてくれる『独裁者のためのハンドブック』(これは高校の教科書指定した方がいい)ぐらいで、あとはBorn in an Infinite Universe: a Cosmological Interpretation of Quantum Mechanics(『数学的な宇宙』を書いたテグマーク達の論文)みたいのばっかりです。
 善意とブロックチェーンについては正直誰か他の人に考えてもらいたいんですが、多くのプロは、中々論文の書けそうにない現実的な話(現実は専門分野に分かれていないし、面倒な条件を「とりあえず無視」することもできない)をやるモチベーションがあまりありません。ブロックチェーンと善意それぞれについては1GBくらい論文があると思います。
 なので、最近はロッシーニのオペラ『ランスへの旅』とか聴きながら、寝る前にちびちびピケティ『21世紀の資本』を読んでます。世界最大の権力であるタックスヘイブンと相続税に反対するピケティってキュートでほっこりしますよね。誰も本気と思ってないんでしょう。あ、最近二十年越しで『重力の虹』読み終わりました。『LAヴァイス』(映画版)もいいですよ。
 なんだか政治学、心の哲学、物理と異分野が並んでけしからん感じですが、自分の若い頃はこれが義務だったんですよ、そして今ではむしろ義務だと思っています。

関連書籍

こちらあみ子

デレク パーフィット

理由と人格―非人格性の倫理へ

勁草書房

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こちらあみ子

デイヴィッド・J. チャーマーズ

意識する心―脳と精神の根本理論を求めて

白揚社

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